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白い霧の向こう ― 茶馬道の小さな殺意 ―  作者: 鬼丸 千


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第24話 巍山の茶豪

 巍山ウェイシャン

 茶馬道を動脈にして栄える茶の都。

 多民族が富を求めて集まる茶文化の古城だ。


 巍山ウェイシャンの城壁には、東西南北に四つの門が開いている。南門の堂々たる黒瓦の楼閣をくぐった芳寧ファンニンは、乃柯里ノカリ村とはまるで違う様相に圧倒された。


 まっすぐに伸びる石畳の道が、目の前にある。


 馬車が三台並んでも、余裕のある道幅だ。

 白く輝く石畳は、大理石のような冷たさを帯びている。


 灰色の瓦屋根が幾重にも重なっていた。

 波のように遠くまで続いている。

 通りの両側にあるのは、石造りの店と木造の家屋だ。色とりどりの看板や暖簾が風に揺れ、軒先には乾燥させた薬草や茶葉の束が吊るしてある。


 なにより、人の多いこと。


 笑い声や怒声が入り混じり、言葉の断片しか聞き取れない。木魚を叩く音や念仏を唱える声も聞こえてくる。寺が近くにあるようだ。丘から見えていた美しい三つの塔は、きっと寺院のものだろう。


 陸峰ルフォンは、馬のくつわを芳寧ファンニンに握らせ、彼女の後ろを歩いていた。馬と歩けば、通行人はよける。物珍しそうに見まわしてばかりの芳寧ファンニンが何かにつまずいても、馬が支えになって転ぶことはない。賢い馬は、心得たとばかり迷いなく人波をかき分けながら、巍山ウェイシャンの中核へと進んでいった。


 茶餅を山と抱えた行商人。

 楽器を品定めしている楽師たち。

 美しく着飾った娘たちが、露店で紅を選んでいる。

 背中にこぶのある大きな動物が、膝を折って座っている。

 曲芸している猿もいる。

 なんとも好奇心を誘う街だが、まずは──


ジャン家に行かないと」


 芳寧ファンニンが、陸峰ルフォンをふり返った。


「場所はわかる?」


 陸峰ルフォンは、前方をあごで指した。


「案内がいる」


 見れば、大通りを行く人波の中に数台の馬車がある。

 どれも精巧な装飾が施された高級馬車で、毛並みのよい馬が引いていた。それぞれの馬車に、従者が二名はついている。彼らの身なりからして、車中の人はかなり身分が高そうだ。


 ふり返れば、後方にも馬車が続いていた。

 その後方にも列をなしている。

 これは──。


 人波の中から、断片的な声が耳に届いた。


ジャン家の婿選抜会だよ」

「十五年ぶりだってさ」

「縁談が決まれば、おひねりが出るらしい」


 巍山ウェイシャンを牛耳るというジャン家の財力とは、どれほどのものなのだろう。いくら茶豪とはいえ、街中におひねりを配るとは──。


 人波の向こうで、豪奢な馬車が列をなして進んでいく。

 まるで戦場へ向かう兵の行軍のようだ。


 皇宮への献茶を任されるほどの茶豪──ジャン家。

 華やかさの裏には、欲望の渦がある。乃柯里ノカリ村で亡くなった二人の茶商の子息は、その犠牲者だったのか。


 ジャン家へ向かう足が、急に重くなったように芳寧ファンニンは感じた。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 まるで、城門だ。

 芳寧ファンニンは唖然として、人の背丈の三倍はある石壁を見上げた。


 重厚な花崗岩で組まれた門柱。

 灰白の石肌には、雲紋の彫りが浮かんでいる。


 厚い木扉に打ち込まれた黄金の金具。

 広い門前には、二体の石獅子が睨みを利かせていた。


 門扉の上に『ジャン府』と刻まれた扁額へんがくが掛かっていなければ、山村育ちの芳寧ファンニンには、とても人の住まいとは思えなかっただろう。


 府の前には、すでに七台の馬車が停まっていた。輿もある。上品な身なりの若者が、十数人ほど集まって言葉を交わしていた。


 門前には、橙色の衣服をまとったジャン府の使用人たちが待機しており、訪問者の名前を確認しては、何やら記帳している。

 受付けを済ませた子息たちは、重厚な木扉の奥へと案内されていった。


 ジャン家の婿選抜会とは、果たしてどういうものなのか──。


ヤン家が来ているか、聞いてくる」


 そう言って、陸峰ルフォンが門前へと歩いていく。

 芳寧ファンニンは馬のくつわを手に、通りの端へとよけた。

 

 少し離れて見てみると、ジャン府がいかに大きいかわかった。

 壁の高さは、ざっと一丈半(約4.5m)。東西に長く延びている。

 剣をさした警備の者が二人ずつ、ぐるりを警戒している。


 敷地の中から、風にのって濃い茶葉の香りが漂ってきた。

 これだけの規模だ。小さな茶畑があってもおかしくないだろう。

 

 腰の曲がった一人の書生が、ジャン府の正門脇の便門びんもんから出てきた。儒生の布帽を目深にかぶり、淡い色の長衣をまとい、小脇に木簡と筆箱を抱えている。今の今まで書斎にいたようないでたちだ。


 馬車と若君であふれた通りを見渡したその書生は、芳寧ファンニンに視線を止めた。しばらく見つめ、ねらいを定めたように近づいてくる。見覚えのある歩き方──。

 

 あっという間に書生は目の前に現れた。

 いきなり、手首をつかまれる。


「……父さん?!」


 目深にかぶった布帽の下にあるのは、間違いなく、克己クジの小さな目だった。なんと口ひげまでつけている!


「来なさい」


 怒ったような声で言うと、克己クジ芳寧ファンニンを引っ張った。馬まで引きずりながら、正門向かいの路地につれていこうとする。


「待って、どういうこと?!」


 克己クジが答えるより先に、黒衣の影が飛んできた。

 陸峰ルフォンだった。

 芳寧ファンニンをつかんでいる克己クジの手首をひねりあげ、首に腕をかけて圧迫しながら、押し殺した声で言った。


「彼女を放せ」


 慌てた芳寧ファンニンが、陸峰ルフォンの腕をつかむ。


「やめて、父さんよ!」


 克己クジの口ひげが、ぽろりと落ちた。


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