8話 ちゃんと凄い人
「にへへ、クロっちまだ怒ってんの〜?」
時刻は昼過ぎ。僕とアリシャさんは迷宮都市ウィズダムで、冒険者達に愛されている大衆食堂【タソガレ】に来ている。
午前中は昨日の続きで、オーラの操作をしていたのでかなりお腹が空いている。
目の前にはスープやら肉料理やら、サラダにパンとズラリと並べられている。
そしてこのくそ酔っ払いは、真昼間だと言うのに酒をガバガバ飲んでいる最中だ。
「そりゃ怒りますよ。何ですか昨日のアレは……」
「えぇ? だってぇ、クロっち逃げるかなぁーって」
気持ち良さそうに酔っているアリシャさん。呂律もかなり怪しくなってきている。
因みにアレ、と言うのは昨日の修行で僕が意識を失った後の出来事だ。
迷宮病の事もあり、アリシャさん宅に運んで寝かせてくれたまではいい。非の打ち所がないくらい完璧な対応と言える。
問題は、僕が深夜に目覚めた時に発覚。
外出禁止のせいか、僕の手足を縛られていた。おまけに身体まで。
特にこの身体の縛り方に悪意が滲み出ており、俗に言う亀甲縛りと言うやつだ。
同じベッドでアリシャさんは隣で寝ていて、僕は亀甲縛り。ご丁寧に背中の方で右手と左脚、左手と右脚を縛るという蛮行。
半分エビ反り状態。
考えて見てほしい。この状態で一体誰が休めるというのだろうか。
隣のアリシャさんはほとんど下着みたいな格好で、更に寝相が悪いから、抱き着かれるわ蹴っ飛ばされるわ。
本当に酷い目にあった。それで怒るなと言われても土台無理な話だ。
決して興奮して寝れなかったとかじゃない……本当だ。
「というか、そんなベロベロになってて大丈夫なんですか。今の方がよっぽど逃げ出せそうですけど」
「え? 全然大丈夫だよ。私、オーラで治癒出来るから、酔いなんか一瞬で治せるもん」
ケロッとした表情でとんでもない事を言い放った。よく見れば、先程まで赤かった顔もすっかり肌色に戻っている。
オーラの使い方を間違えているのは確かだ。
この人それが出来るから昼間から呑んだくれてたな。
「多分それ、実は結構高等テクニックとかいう落ちですよね」
とてもじゃないが初心者のオーラ操作でどうこうできるとは思えない。
「ふふ、正解! この後はオーラの応用に触れようと思ってさ。実演も兼ねてここに来たんだ。どう? 少しは機嫌治りそう?」
ニヤリと笑ってこちらを見てくるけど、僕は知ってますよ。あなたが無類の酒好きだと言うことを。
迷宮病と一緒に依存性も治していくべきだと、言いたいところだが、残念な事にものすごく楽しみにしている自分がいた。
食事代に免じて口車にのせられるのも、悪くないかもしれない。
◆
昨日と同じ裏庭で午後の修行再開だ。
「さて、愛弟子よ! 今日はオーラの応用の時間だ。君にはまだまだ早いけど、先に見て、いつか成長した時の為にイメージしておくのもいいと思ってね。あと流石に身体きついでしょ?」
「はい、昨日のがまだ響いてて……午前中だけでもしんどかったです」
なのでリフレッシュや休息も兼ねているのは非常に有難い。
さっきの治癒もそうだが、強化系と魔法系の両刀使いのアリシャさんは一体どのようにオーラを扱うのか、ずっと気になっていた。
「よく見ててね。まずはシンプルに強化系から……ほい」
何でもないようにする彼女の全身を、白いオーラが蒸気のように纏わりつく。同時に圧倒的な存在感を放つ。
僕のと違い、はっきりと目に見える。濃密で強く、そして恐ろしい力。昨日僕がしこたま殴ってようやく皮が削れた木も、今のアリシャさんなら粉砕出来るのではないだろうか。
僕のチンケなオーラとは比較にならない。これがBランク冒険者の実力なのか。
「次行くよ?」
あまりの差に言葉を失っている僕に、アリシャさんは不敵な笑みを浮かべる。
スタスタと大木へと歩き、右の中指にオーラを集中させる。
親指をストッパー代わりに、中指を抑えつけている。まぁつまり、デコピンってやつだ。
「ていっ」
気の抜けた掛け声と共に、デコピンを放つと――
「えぇ……」
メリメリと木の割れる音が響き、大木はくの字に折れてしまった。一体その中指にどれだけの力を込めればそんな芸当が出来るのだろう。
というか、僕の全力の拳よりデコピンが強いって何だか色々とおかしい気がする。
「ま、こんなもんだね。オーラ操作を極めればこういう風に一点集中して威力を上げれるの。だからクロっちはまずオーラ操作を念入りやっていこ!」
「は、はい」
とは言ったもののレベルが違いすぎて、同じオーラだとは思えない。
それに、アリシャさんはただ集めただけじゃない。そこに至るまでのラグがほとんど無かったんじゃないかな。
僕みたいに、一つ一つ動作を確かめてやっている感じは全くない。彼女からしたらオーラ操作なんて呼吸と一緒なんだ。無意識で出来て当たり前。
こんな化け物じみたアリシャさんを既に超えてるラインハルト君は、本当に天才なんだな。
「大丈夫、クロっちもすぐ出来るようになるよ。君は飲み込みが早いし、なにより頑張り屋さんだから。自信もって!」
「はい、ありがとうございます。それと質問なんですけど、強化系って身体ならどこでも強化出来るんですか?」
僕はまだ指一本にオーラを集中させる程の技術はない。それでも何となく、強化出来たらいいなって部分はある。
「そうだね。今は指だったけど、爪とか髪とか眼だってその対象になるよ!」
「眼も出来るんですか!?」
爪や髪も意外だったけど、眼は驚いた。それはつまり、人体の臓器すら強化する事が可能だって事だ。
厳密にはわからないけど、もしかしたらあの部分も強化の対象になるのかな。
もし、この仮定があっていたとするなら、あるいはラインハルト君さえも――
いや、飛躍し過ぎだ。それにまだ操作もおぼつかない僕には、その域は遠い。
頭に入れるだけ入れて、アリシャさんの言うようにまずは操作技術を重点的に練習しよう。
「ふふ、何か思いついたのかな。それじゃあついでに魔法系も披露しようか」
強化系はシンプルでイメージしやすいけど、魔法系ってどんな感じなのかな。
「さて、おいでウーちゃん」
そう呼びかけると、アリシャさんの足元にちょこんと小さな兎が現れた。
水で構築されているのらしく、半透明の兎だった。
ウーちゃんはぴょこぴょこと彼女の周りを跳ね、なんだか嬉しそうにしている。
「あれ? でも召喚は特殊系じゃ……」
「ううん、これは魔法系の応用だよ。この子は生き物じゃなくて、私のオーラの一部なの」
どういう事だろう。ウーちゃんはどうみても召喚されたようにしか思えない。
「あはは、ごめんね。少し意地悪をしちゃった。これは魔法系でも結構難しい技術でね、いわばオーラの体外ストックみたいな感じなんだよね〜」
「ストック?」
「うん、普通の魔法系オーラの使い方はこんな感じ」
そう言って彼女は人差し指から、ピュピュっと水を発射させる。僕のイメージしていた魔法系はズバリこんな感じだ。
アリシャさんは「これをね」と付け足し、
「放出から滞留するように操作すると、ウーちゃんみたいに疑似生物を創り出せるのだ!」
言っていること自体は何となく理解できる。
攻撃としてただ放出するんじゃなくて、それを形取りその場に留まらせる。その後に動かす、か。
ただこれは、口で言う程簡単じゃないはず。
さっきのデコピンなんかとは難易度が違いすぎる。
「もしかして、ウーちゃんは任意のタイミングで攻撃魔法的なのを使えるんですか?」
放出から滞留が出来るなら、滞留から放出だって出来るんじゃないだろうか。
そんな疑問をぶつけてみると、アリシャさんは驚いたように少し目を見開いた。
「よく気がついたね。ほら、この通りだよ」
パチンと指を鳴らすと、ウーちゃんはピョンと大きく跳ねる。それと同時に水の弾幕が放たれた。
これは凄い。一体一でも実質二対一のように立ち回りが出来る。後はどこまで遠隔操作が可能なのか。
どの道、強化系の僕には成しえない技術ではあるけど、オーラの奥深さを垣間見た気がする。
「アリシャさん、僕にもっとオーラを教えてください」
気が付けば自然に頭を下げている自分がいた。
「ふふ、それじゃあビシビシいこう!」




