4話 初陣
「これが迷宮……なんかジメジメしてて暗い所だね」
「うん、お前みたいだな……冗談だよ。顔怖ぇよ」
今、僕とエリックは迷宮の入口にいる。中は思っていたよりも暗く、ヒンヤリとした空気が流れている。早朝という事もあり、他の冒険者はまだ来ていない。
「ねぇ、エリックは何層まで行ったことあるの?」
「あ? 俺のパーティは最高で十四層だな。安心しろよ、一層なんて俺一人でも楽勝だから」
余裕たっぷりに言うエリックだが、それでも周囲への警戒は怠っていない。
迷宮は一から十の上層、十一から二十の中層、二十一から三十の下層、そしてそれ以降の深層に分けられている。冒険者のほとんどは下層に辿り着くことなく引退する。
因みにラインハルト君は当たり前のように下層に到達している。
彼に追いつくには、僕もその領域に行くしかない。出来る限り早く、それこそ最速で駆け上がっていかないと。
ここからがようやく、スタートラインなんだと思うと自然と拳に力が入る。
ふと、エリックを見ると浮かない顔……と言うより、何か言いたげな顔をしていた。
僕とエリックの間で口にすると気まづい事なんてあるかな。
「どうしたの?」
「え、あ、あー……なんでもねーよ」
誤魔化すの下手すぎるでしょ。
「女の子の大丈夫みたいに、ここでスルーすると不貞腐れるやつ? エリックってそんな女々しかったけな。でもよくよく思い返してみると、女々しいと言うか、図体デカイくせに器は結構小さいよね。ほらだってこの前も――」
「いいすぎだろぉ……」
はっとした。いつの間にか口に出してしまっていたみたいだ。しょんぼり顔でいじけてしまった。エリックは気が強いのか弱いかよくわからないな。
「あ……ごめん。口に出すつもりはなかったんだ。迷宮のせいで興奮してるのかな。で、結局なに? 何か言いたいことあるなら言えばいいのに」
するとエリックは視線を泳がせ、わざとらしく頭を掻きながら、
「なんだ、その……今まで悪かった」
突然頭を下げるエリック。でも彼は一体何に対して謝っているのだろう。謝罪を受けるような事をされた覚えはないのだけど。
「えっ、何が?」
「何がって、憂さ晴らしでボコボコにしてたろ。てかお前さ、俺の事嫌いなのによく俺が監督役で了承したな」
「なんだ、そんな事か。僕、別にエリックの事嫌いじゃないよ」
「あんだけやられてたら普通嫌うだろ……怖ぁ」
「だってさ、エリックが憂さ晴らしする時って、大抵ラインハルト君が活躍したり、同期とかが自分より目立った時じゃん。器ちっさいなーって思ってはいるけど嫌いじゃないよ。親近感って言うのかな? それに、ちゃんと僕にも木刀渡してくれてたよね。あれのおかげで少しは剣を使えるんだ」
あれ、僕変なこと言ったかな。またエリックがしょげちゃった。
「言い過ぎだろぉ。さっきの今で言い過ぎだろぉ……はぁ、なんか気にしてた俺の方が馬鹿らしくなってきたわ。行こうぜ」
立ち直るの早いなこの人。情緒不安定なのかもしれない。
スタスタと歩き始める彼の後を追い、僕らは1層の探索を始めた。
今日の目的は大きく3つ。
一つ目は僕の扱い易い武器を見つける事。ヴォルフガングさんのオススメは、片手剣か双剣。
小柄で力がない僕は速度重視で手数勝負がベターらしい。
二つ目はモンスターの討伐。最初はエリックの補助付きだけど、なれたら一人で倒せって言ってた。
そして三つ目、オーラの覚醒。これについてはおまけ程度。迷宮は不思議な場所で、漂う魔力が身体に吸収され、訓練次第ではオーラを操ることができる。
身体能力をあげたり、魔法に変換したりと使い方は様々。
そして深く潜れば潜る程、質のいい魔力が吸収されオーラもそれに比例し、強く、大きくなる。
そしてこれは噂程度の話なんだけど、迷宮で死地を乗り越えると、オーラの質も量も段違いに増すとかなんとか。
僕としては出来るだけ早く、オーラを覚醒させたい。どういう風に使うかはあまり考えていないけど、少しでも早く強くなりたいから。
そうじゃないと、馬鹿みたいな速度で成長する彼との差は縮まらない。
そんな事を考えているとエリックがピタリと立ち止まる。
「クロノ、そろそろモンスターが出る頃だ。一瞬も油断すんなよ? 今日は俺がいるけど、迷宮はいつ何が起こるかわかんねーからな」
「わかった。ありがとうエリック」
さっきまでの緩んだ雰囲気は微塵もない。エリックの実力ならば、なんて事のない階層でも彼に油断はない。
それはきっと正しい事で、彼も先輩からそれを学んだのだろう。
それから少し進むと、奥の方から何か物音が聞こえてくる。
同時にエリックは僕を引き寄せ、岩場の影に身を潜め、
「あれが見えるか?」
そっと顔を覗かせると、緑色の肌をしたゴブリンが一匹。小さくてやせ細ってる。手にはこん棒らしき物を持っているけれど、あれに負けるとはあまり思えない。
あ、これが油断ってやつか。気を付けないと。
「うん」
「ありゃはぐれゴブリンだな。普通のやつらは三匹くらいで行動してる。俺が注意を引くから、やれそうなら後ろからぶった斬れ。なに、一歩踏み出す勇気さえありゃ、後はどうにでもなる! てか、どうにかしてやる!」
頼もし過ぎる言葉を残してエリックは「こっちだマヌケ!」と声を上げる。
ゴブリンはそれに気が付くと早々に飛びかかって行く。
エリックはそれを難なく躱し、逆側に位置取った。おかげでエリックと僕でゴブリンを挟む形になっま。
相手は僕に気が付いていない。動きもそこまで早くないから、これはきっと絶好のチャンスってやつだ。
でも、僕に出来るだろうか。相手の命を情け容赦なく、奪えるだろうか。
双剣を持つ両手が小刻みに震える。怖くはない。武者震いでもない。単純に緊張しているだけ。
ふと、エリックと視線が交差する。彼は頷く。お前なら出来ると、そう言われた気がした。
一歩踏み出す勇気、か。うん、そうだよね。それに今逃げたら、次はもっと大きな勇気が必要になる。
「よし!」
エリックの言う通りだ。一歩踏み出したら後は身体が勝手に走り出してくれた。もう戻れない。
無防備な緑の背中目掛けて走り、飛びかかるように跳ねる。同時に足音でゴブリンが振り向く。
この時、赤く小さな目と僕の視線は、確かに交わった。
「う、うわああああ!」
不格好に跳躍しながら両腕を上げ、突き立てるように双剣を振り下ろす。右は顔に、左は後頭部に突き刺さる。次の瞬間、大量の鮮血が噴き出し、僕を赤く染め上げる。
まるでゴブリンの悪あがきみたいに、僕は生臭い赤色を全身で受けた。
嫌な感触だ。刃が皮膚と肉を貫き、骨に当たり、それを更に貫くのがわかる。
これが手応えってやつなのかな。
「や、やった……?」
「ああ! 見ろ、一撃だ」
倒れるゴブリンはピクリとも動かず、今は血溜まりを広げる肉塊に成り果てていた。
「クロノ、魔石の回収忘れんなよ?」
「あ、うん!」
倒れたゴブリンは、数秒もしないうちに魔石を残し、黒い霧となり消えてしまった。この現象は不思議だけど、迷宮のシステムはほとんど未解明。気にするだけ時間の無駄だ。
サイズは極小でも、魔石は魔石。これを換金することで冒険者は金銭を得る。
たまに消える時に身体の一部が残ることがあるらしく、それはドロップと呼ばれている。今の僕にはあまり関係ないけどね。
魔石は他にも使い道はあるけど、こんなサイズでは集めて売るくらいしか出来ないかな。
エリックはそれを見ると褒めるでも貶すでもなく、真面目な顔つきで、
「命を奪う感覚、忘れんなよ。んでもって、いつどんな時でも気を緩めんな。それは、今もってことだ」
言われて気がつき、急いで周囲を見回す。とりあえずモンスターの姿は無さそうだ。
「うん、ありがとう。じゃあギルドに戻ろうか」
オーラについてはよくわからないけど、とりあえずモンスターは倒せたし、初陣の目的は達成した。この後はギルドに戻って報告すれば終わり。
なんだか、慣れない事をしたせいか少し疲れたな。
「どうしたの?」
エリックが怪訝そうな顔をしている。なんだろう、凄く嫌な予感がする。
「どうって……こんな早く帰る訳ないだろ? まだまだ潜るぜ?」
結局その日は、夕方まで迷宮に篭もりっぱなしだった。何度か死にかけたけど、エリックはギリギリの所で助けてくれた。
もう少し余裕を持って欲しい所だが、どうやら成長するには死にかけるのが一番との事。
これはヴォルフガングさんの教えで、ウチのギルドが人員不足の理由が何となくわかった気がした。
家に帰ると僕はすぐにベッドにダイブ。今日程ベッドの偉大さを痛感する事もないだろう。
天井を見上げると、見慣れているはずなのに何処か新鮮さを感じる。
「へへ、少しは強くなれたかな。明日もまた迷宮に行こう」
どうやら、迷宮の熱はまだ僕を支配しているみたいだ。




