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雑用係の下克上~百年に一人の逸材……をぶん殴る為に冒険者になりましたけど、何か?~  作者: 吉良千尋


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3/10

3話 しっかり狂ってるぜ


 流石Aランク冒険者、身のこなしがエリックとは雲泥の差だ。

 僕はヴォルフガングさんから双剣を借りてはいるけど、攻撃が当たる気配がない。かすりさえしない。


「あなた、さっきから遊んでるの? 真面目にやりなさいよグズ」


 この人は悪態をつかないと死んでしまう病気なのだろうか。

 でもこんな美少女から言われると――何故だろうか、新世界への扉が開きそうになる。


「うわっ」


 危ない、首がもげる所だった。顔面目掛けての上段蹴り。

 多分手加減してくれているのだけど、それでも避けるのが手一杯。カウンターなんてそんな余裕はない。


 しかも避ける度に白いおぱんがチラリズムしてくるせいで、集中が削がれる。

 くそ、中々厄介だぞこの毒舌痴女。


「チッ。気色悪い」


 そんな考えが伝わったのか、彼女は露骨に顔を歪ませた後、姿が一瞬ブレる。

 直後、既に眼前に迫っており細い脚が僕の腹部目掛けて放たれている。


 これはやば――


「がはっ!」


 咄嗟に腕を、と思ったがその瞬間には衝撃。肺の空気が強制的に排出され、胃液が逆流してくる。


 痛いとかそんな次元じゃない。


「う゛っ、ええぇぇ」


 呼吸。まずは呼吸をしないと。

 でも胃液と吐瀉物のせいで上手く呼吸が出来ない。

 勝てないのなんて分かってる。それはヴォルフガングさんだって、ネリアさんだってそうだ。


 攻撃も当てられず弄ばれて、挙句にこのザマだ。こんなんでラインハルト君に一発なんて……


 そもそもなんで僕はこんな事をしてるんだ。痛いし苦しいし、無様なだけじゃないか。


「……終わりかしら」


 蹴った本人が一番わかっているのはず。僕が反応できない速度で、立ち上がれない威力で蹴ったんだ。


 でも違う。僕は反応できてたんだ。身体がそれに追いつかなかっただけで、ちゃんと見えてた。パンツの色だってバッチリ。


「俺に大口叩いてそれで終わりかクロノ。ま、そんなもんだよな」


 明らさまに落胆したような声。ヴォルフガングさんだって僕が弱い事を知っているはずだ。

 それなのにAランクのネリアさんなんて、無理に決まってる。


 もういいや、なんか馬鹿馬鹿しい。こんな辛くて苦しいなら雑用係で十分じゃないか。


「がふっ……も、もう――」


 ――死人と一緒じゃん。


 ああくそ、なんで今チラつくんだよラインハルト。君みたいな天才が僕の何を理解できるって言うのさ。


 僕の事を覚えてもなかった癖に。


 ムカつく。心の底から嫌いだ。


 殴られ蹴られ、ゲロ吐いたってこんな胸糞悪い気分にはならない。

 そうだ、僕はあの天才ラインハルト・スターダストをぶん殴るって決めたんだ。


 こんな所で挫けてる場合じゃない。死んでも殴る。死ぬ前に殴る。殴ってから死ぬ。


「ま、まだまだ」


 喋る度に口が痛い。かなり切れてるんだろう。血を吐き出しても、まだ鉄の味がする。


 なんとか立ち上がれたが、さっきのダメージが全然抜けない。本当に立つのもやっとなくらいだ。

 身体は鉛のように重く、腹部に関しては常に殴られてるような鈍痛が続く。


「おい冗談だろ、それ以上はやめとけ。ネリア、お前はもう下がって――」


「チッ……うざったい雑魚ね。死にたいならお望み通り、そうしてあげるわ」


「――やめろネリア!!」


 頭はクラクラして、身体はボロボロなのに、不思議といつも以上に良く視える。全てがスローモーションだ。

 ネリアさんが一歩。いや、もう三歩か。速すぎるな。般若みたいな顔してるし。はは、剣まで抜いてる。


 ヴォルフガングさんが止めに入ろうとしてるけど、間に合いそうにない。


 ん? 止める? ……これ、もしかして本気で殺そうとしてない?


 彼女の突き出した切っ先は、僕の体のど真ん中に定めされている。


 これは避けれない。

 あー……さっき死んでも殴ってやるって決めたばっかりなのにな。


 ……そうか。避けれなくても防げなくても、出来る事があるじゃないか。

 どうせ死ぬなら、この際仕方ない。ネリアさんに一発入れてそれで我慢しよう。


 あいつと同じAランク冒険者、これである意味条件達成。


「はは、勝ち逃げだ」


 そうして僕は、迫る切っ先に向かって飛び込んだ。



 ◆



「おい、本当に殺すつもりだったんじゃないだろうな」


 クロノを治療した後、悪びれもしないネリアに問い詰める。

 俺も煽るような事をクロノに言ったが、まさかあんな行動に出るとは思わなかった。


 雑用係に志願してくる変人で、大人しい奴だと思っていた。負けん気というか執念というか、その類が彼の中にあるとは思っていなかった。

 それはきっとネリアも同じだろう。


「ふん、そんな訳ないでしょう? 殺す価値もないわ」


 この顔は……死んでもいいやくらいには思ってた顔だな。こいつ、俺よりも凶暴なんじゃないか?


「ならいいが……しかし、お前に一発入れるとはな。腕が訛ったか? 銀閃ネリア・ジャガーノート」


 銀閃とはネリアの二つ名だ。二つ名は一定以上の功績を持つ冒険者に送られる。一流の証みたいなもんだ。


「黙りさないクソゴリラ。それより、あの子……」


 いつもなら拳が飛んでくるのに珍しい。だがやはり、こいつもわかってたか。クロノの才能に。


「ああ、あいつは中々良い眼を持ってるようだ」


 加減していたとはいえ、ずぶの素人がネリアの動きを目で捉えるなんて芸当はまず無理。

 速度に関していえば、ネリアはSランクにも匹敵する。

 身体が追いついていないが、ほとんど防御しようと反応出来ていた。並の人間のする事じゃあない。


「気味が悪いわあの子」


 ネリアは先程の最後を思い返し、クロノのとった行動に引いている。確かにあれは驚いた。


 クロノは最後、自ら剣に刺さり行った。


 ネリアが急所を外すとわかったからか? いや、あの時は本当に殺しかねない勢いだった。

 それでもクロノは突っ込んでいった。恐らく、そこが唯一の勝機と見たから。


 瀕死になりながら、ネリアの顔面に剣を突き立てるなんざ、まともじゃない。


 まぁ、ネリアにあの程度で傷がつくわけもないが。


「くくく、あの状況を作り上げ、お前に一撃入れるとは意外性抜群じゃねぇか。 しっかり狂ってるぜあいつ」


「……何一人でニヤついてるのよ気持ち悪い」



 ◆


「ここは……物置部屋? 随分汚いなあ。ベッドもなんか薄汚いし、こんな部屋ギルドにあったっけ?」


 目が覚めると知らない部屋にいた。

 一応、ベッドに寝かせてくれているみたいだけど、もう少し清潔感のある場所が良かった、と思うのは傲慢だろうか。


「というか僕生きてたんだ。うわ、傷がない」


 あの時、剣は確かに僕の腹部を貫いた。焼けるような激痛、冷たい剣の感触、大量に血が出る感覚。あれは夢や幻ではない。確かに僕は貫かれた。


 となれば考えられるのは治癒士による治療か、高級なポーションのどちらか。

 どちらにせよかなり高額になるはずだ。とても僕の給料で払えるような額じゃない。


「……請求されるのかなぁ」


 起きて早々に嫌な汗がたらり。

 そんな事を考えているとノックも無しに部屋のドアが開く。


「よう、起きたかクロノ。腹を貫かれたあとの気分はどうだ?」


 ニヤついた顔でそう言ってきたのはヴォルフガングさんだ。その巨体の後ろに、ちょこんとエリックの姿。


「……おかげさまで思ったより悪くないですよ。あの、なんでエリックまで?」


「家に帰ってきちゃ悪いかよ!!」


「家? あ、ここエリックの家だったの? ありがとう、寝かせてくれて」


 物置きかと思ってたのは秘密にしておこう。

 ヴォルフガングさんは人の家だと言うのに、乱暴に物をどかすと許可もなく腰を下ろした。


 その際、埃が舞うと汚物でも見るような目でエリックを睨む。


「掃除しろ。殺すぞ」


「あぎゃ!」


 鈍い音が響くと同時に、エリックの首が少しめり込んだのはきっと気のせいじゃない。


 俺の家なのに、と言いたげなしょんぼりした顔でエリックはすごすごと片付けを始めた。

 なんだか彼の扱いが雑すぎて可哀想に思えてくる。


「さて、色々話はあるが……まず、お前が一番気になってるであろう、試験の合否から発表するとしようか」


 僕なりに精一杯戦ってみたけど、結局手も足も出なかった。評価出来るような所はないはず。悔しいけど……


「合格だ」


「え? でも僕、ネリアさんにぼろ負けしたんですよ」


「馬鹿かお前、勝てる訳ねーだろ! あいつはAランクだぞ」


 ガハハと笑うヴォルフガングさんだが、勝たなくていいなら最初から言って欲しかった。でも確かに勝てる訳ない。不可能だ。


 そうか、合格出来たんだ。僕は冒険者になれたんだ。良かった、あの時諦めないで。


「くくく、お前みたいに諦めの悪い狂った奴は冒険者に向いてるんだ」


「……それ、ほとんど悪口じゃないですか?」


「細かい事はいいんだよ。ま、これから頼むぜ冒険者クロノ!」


 そう言ってゴツイ右手を差し出してくる。ギルドマスターらしい一面を初めてみた気がする。

 恐る恐る握手に応じると、ヴォルフガングさんは笑ってくれた。


Eランクだけど、今日から僕は冒険者だ!


「よ、よろしくお願いします」


「じゃ、明日、お前とエリックでダンジョン行くから準備しとけよ?」


「あ、あし――は?」


 もしかしたら、僕は入るギルドを間違えたのかもしれない。





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