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雑用係の下克上~百年に一人の逸材……をぶん殴る為に冒険者になりましたけど、何か?~  作者: 吉良千尋


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26話 階層主の脅威


「こいつ、よくも……あああぁぁぁ!!」


 許さない。こいつだけは僕がぶち殺す。

 エリックは馬鹿だけど良い奴だったんだ。僕の初めての友達だったんだ。


 刺し違えても、この手で――


 アムさんが何か叫んでるけど、内容がまるで入ってこない。

 いいんだ、今は。僕はこいつを許せそうにない。ごめんねアムさん。これからこいつを殺す事だけに集中するよ。


「血魔纏装――八つ裂きにしてやる」


 跳躍。狙いはどこでもいい。近い場所から斬り刻む。


 脚、腕、腹、高速移動をしながら両腕を振るう。皮膚を裂く感触も、肉を断つ感覚もどうでもいい。

 斬って斬って斬って、こいつが動かなくなるまで、ただ繰り返すだけ。


「……こんなんじゃ駄目だ」


 激情に支配された僕の脳は、全力ですら許してはくれない。

 もっと速く、もっと強く。もっと深く、こいつを斬れって叫んでる。


 肉体の負荷なんか知らない。鼓動を更に強く、速くさせ、血流の速度を上げればいい。血中のオーラを最大限に引きあげればそれで済む事だ。


 刃――オーラブレードに足りる分だけオーラを残し、あとは全て体内で循環させる。


「――ごふっ」


 体温が急上昇し、臓器が耐えれずに吐血した。


 それがどうした?


 エリックの仇を討てるなら、そんなのは小事だ。


 今僕が欲しいのは、こいつを八つ裂きに出来る力だ。もっと、もっと力が必要なんだ。


 そうして最大限、いや、限界を超えるまで無理やりオーラを注ぎ込んだ。

 通常の纏装とは比較にならない力を感じると共に、動いてもいないのに全身が激痛を襲う。


 副作用も半端じゃ無さそうだ。それこそ、僕のちっぽけな命で足りるかどうか。その時はその時か。


「お前だけは絶対に許さない。後悔しながら死ねよ」




 ◆



 クロノは暴走して私の声なんて聴こえてやしない。

 さっきの光線でエリックが死んだって勘違いしてるみたい。


 クロノの角度からじゃ見えなかったかもしれないけど、私にはちゃんと見えた。

 光線が被弾する直前、エリックは自分自身に向かって火の魔法を使った。


 かなりオーラを込めたのか、腹部に当てた魔法で彼の身体はくの字に曲がり吹っ飛んだ。

 気を失っちゃってるけど、そのおかげであの光線から逃れられた。


 ただ、


「これはポーションだけじゃ無理ね……それなりのヒーラーに見てもわらないと……」


 エリックの腹は酷い有様だった。皮膚は爛れ、肉は焼け焦げてしまっている。臓器まで火が通っているのかは分からないけれど、瀕死には変わりない。

 時間をかければ死んでしまう可能性だってある。


 これほどの威力で撃たなければ回避が間に合わなかったんだろう。あの光線が直撃すれば死は確実。一か八かに賭けたんだ。


 エリックが賭けに勝ったはいいけど、状況は最悪。


「クロノの様子もおかしいし、どうしたらいいのよ……!」


 激昂したクロノは全身が赤黒いオーラに包まれている。身体には変な紋様みたいのが浮かび上がっていて、脈を打っているようにも見える。


 あれが凄まじい力だと言うのは見ればすぐわかるけど、同時に良くない力だと言うのも伝わってくる。


 私なんかじゃ彼を止めることは出来ない。それどころか、影を追うことすら怪しい。速すぎるんだ。

 アトラスの右脚から切り裂かれたと思うと、ほとんど同時に左脚も切り裂かれている。


 血の飛沫は止まることなく、巨人の至る所で起こっていた。


 私の援護は寧ろ邪魔になりかねない。悔しいし歯がゆいけれど、今は結末を見守る事しか……


「がふっ……いってぇ」


 エリックは目を覚ますと腹部の激痛のせいなのか顔を歪めた。無理もない。ポーションを飲ませたとはいえ、効力の範囲外。


「エリック!」


「くそ、こんな所で寝てる場合じゃ――ぐっ」


 エリックはアトラスとクロノを見るなり、大怪我をしているのにも関わらず立ち上がろうとする。しかし、それが容易に出来るほどこの怪我は甘くない。


 致命傷というに相応しいレベルのそれだ。


「無理しないで。いま無理したらあなた本当に」


 最後まで言わなかったんじゃない。言えなかった。エリックが言葉を遮るように、私の肩を掴んだから。

 それはとても弱々しく、掴んだと言うより、触れたに近い。力なんてほとんど入らないんだ。


 それでも彼の目は死んでいない。強い意志を宿し、真っ直ぐに私を見ている。


「アム、く……クロノに孤独な戦いをさせちゃいけねぇんだ。あ、あいつは化け物みたいに強いが、頼り切りでいい訳ねぇ……」


「孤独な戦い……」


 そうだ。目に追えないほどの高速戦闘、階層主をも圧倒する力。でもクロノはひとりぼっちだ。

 あの恐ろしく、死を具現化したような巨人に小さな身体一つで戦ってるんだ。


 双剣の一撫でが大剣のような傷口を生む。


 アトラスの咆哮をまじかでくらい続けたせいか、耳から血が垂れている。


 迫り来る壁のような掌を掻い潜り、指を切断。攻撃と回避を同時に行う。

 次の瞬間には肘、肩から血が吹き出す。


 圧倒的。だけど、クロノは今一人ぼっちなんだ。


「私に今できる事……」


 何かあるはずなんだ。私だって冒険者だ! 冒険者は守られる存在であっちゃいけない。探さなきゃ、彼を孤独から救う手立てを。


 私にアトラスをどうこうする力なんてない。でも、援護する事は絶対にできるはずだ。今まで積み上げた来た物は無駄なんかじゃない。無駄になんかしない。


 探せ、よく見ろ。赤の軌跡からクロノの意思を読み取るんだ。次に何処に向かうか、どう仕留めたいのか。


 集中しろ。感覚を研ぎ澄ませ。


 脚や腰、腹、腕、胸。至る所に傷がある一方でアトラスの顔はまだ無傷。クロノは上に行きたがっているように見える。


 でも出来ないんだ。あれ程の速度で、あれ程の力があってもアトラスの咆哮を超近距離でくらえないから。


 クロノは決して一人で肩以上にはいけない。これは絶対だ。それなら、私の矢が邪魔になる事はないはず。


 今まではクロノが速すぎて、射った矢が動きを阻害するかもと思って何も出来なかった。でもクロノが行けない場所、つまりは首から上ならその心配はない。


「ただ矢を射るだけじゃダメ。クロノが最大限、力を発揮できる場所にいる時。絶好のタイミングじゃないと……」


 チャンスは一度きり。下手に外せばアトラスのヘイトは私達に向く。そうなればエリックはもう避けれないし、私一人で逃げるなんてできない。


 だから、絶対に外せない。この一矢に全てを込めるんだ。今ある、ありったけのオーラを!


 注ぎ込みオーラを増やせば増やすほど、比例して弓と矢は巨大化していく。ただデカイだけじゃだめ。あの巨人を貫くにはより鋭く、そして回転を与える。


 ギュルギュルと音を立て巨大化した矢の先端が回転し始める。


「くっ……これは……」


 脳が焼き切れる程負荷がかかっちゃう。媒体である弓の強化に、具現化した矢。それに独立した先端に、さらに高速の回転を加える。とてもじゃないけど、簡単にできるような事じゃない。


 目や耳からドロリと血が垂れるのを感じる。キンキンと響くように頭が痛い。


「でも!! やらなくちゃ!! クロノは必死に戦ってるんだ。私だって――」


 弓を構えブツブツ独り言を漏らす私の肩にエリックが触れる。痙攣を起こしているのか微かに震えている。


「お、俺だってやられっぱなしじゃ……いられねぇ。ごほっ……お……達で、あいつを……助けンだ」


 エリックの手から彼のオーラが伝わってくる。それは私の肩から腕へ、そして矢にまで届く。

 それは螺旋状の炎に変わり、矢に纏われた。


 不思議と熱は感じない。ただ凄まじい濃度のオーラなのは伝わってくる。


 これなら、あのデカブツだって!


「エリック……死んだらただじゃおかないわよ」


「はは、馬鹿言え……あいつを助けるまで、死ねね……よ」


 クロノの軌跡を予測しながら、アトラスがクロノにつられて下を向いた瞬間だけを狙うんだ。


 その時が、お前の最期だ巨人アトラス。


 そして数秒の後、その瞬間はやってきた。

 アトラスの胸が裂け、黒い影が上へと向かう。同時にアトラスは下向き、口を広げる。


 待っていたのはこの時。エリックも分かってるんだ。肩に触れる手がピクリと動く。


 そして私は限界まで引いていた右手を解放。


 放たれた飛矢は疾風の如く速度で空気を引き裂き、一直線にアトラスの顔面へと飛んでいく。


「「ぶち抜けえええぇぇぇ――!!」」


 エリックと私の声が重なる。これは正真正銘、二人の最強の一撃だ。


 クロノ、受け取って。

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