25話 巨人アトラス
「あれがアトラス……」
扉を開けた先には巨人の名に相応しい相手が待ち構えていた。
「デカすぎだろぉ」
「わ、私たちあれと戦うの?」
僕含め3人ともアトラスを見上げ、想定以上の巨体にビビり散らかした。
でかいと言うのは知ってたけど、まさか限界まで見上げるほどだとは思わなかった。
多分、ギルドの建物の数倍はあるんじゃないだろうか。
オーガやミノタウロスの比じゃない。アトラスと比べれば今まで戦ってきたモンスターは赤子同然のサイズだ。
青白い肌に隆起した筋肉、額から伸びる角、武器の類こそ持っていないがこの巨躯がその役割を果たすはずだ。
巨人というより、巨大な鬼のように感じる。
多くの冒険者達がレイド戦を挑むのも納得だ。
しかし、このサイズのモンスター相手に僕らの攻撃は通るのかな。
僕は双剣で通常の剣よりもサイズが小さい。例え深く突き刺してもアトラスからしたら蚊に刺されたくらいなんじゃないだろうか。
エリックにしろアムさんにしろ、それは大きく変わらないはず。
でも、なんとかアトラスを倒してしまえばそれで終わりだ。過酷な環境で長時間耐え、まともに寝ることさえ出来ずに迷宮を彷徨うよりはマシだ。
なんて思っていると、アトラスが僕らに気が付きジッと凝視している。
「あ、こっち見てるよ」
「見てるな」
「お、おいおいいきなりかよ!」
アトラスは羽虫でも潰すかのようにその巨大な腕を横薙ぎに振るう。
「はは、壁が迫ってるみたいだね」
比喩ではなく、本当にそんな感じ。腕がデカすぎて左右や前後に移動したとて避けるのは不可能。
となると、残されているのは上しかない。
「言ってる場合か!」
僕らはタイミングを合わせ跳躍する事で避けれたが、通常攻撃が広範囲攻撃なのは中々ズルいと思う。
ただ、やっぱり遅い。無理に攻めなければ避けれない程じゃない気がする。
「私は後方支援に回るわ。二人に合わせるけど、期待しないでね!」
「よし、俺とクロノで斬り刻むぞ!」
「うん、やれるだけやってみよう」
アムさんはそこから更に位置を下げ、エリックは左へ、僕は右は走る。
アトラスの動きは鈍く、伸びた腕を掻い潜り足元にいくのはさほど難しいことじゃなかった。
刃を突き立てると斬れ味のお陰ですんなり入るが、効いているかと言われればそれは違う。
人間で例えるなら針が刺さったくらいかな?
アンドレイさんの武器のお陰で分厚い皮膚は裂けるけど、リーチが足りなさすぎる。
直後、僕が切りつけた場所にアムさんの矢が刺さるもダメージとしては微々たるもの。
オーラの矢と言えど圧倒的にサイズが足りないのか。
「オーラの矢か……」
僕は刃に纏わせることで斬れ味を上げている。アムさんはオーラそのものを飛ばしているので、魔法に近い技術だ。
僕とは根本的に使い方が異なる。
アトラスの足踏みを回避し、大木のような脚の上を駆けながらふとアリシャさんとの修行を思い出した。
確か、オーラを凝縮させれば剣がない時にも剣を使えるとかなんとか。多分、アムさんがこなしている技術の事なのだろう。
オーラ操作にも少し自信があるし、僕にも出来るかな?
刃だけじゃなく、剣そのものにオーラを纏わせる。普通に纏わせるだけじゃ駄目だ。より多く、より濃密に。
「これを更に――」
出来ることには出来た。でもまだ駄目だ。無駄が多すぎる。
剣全体を覆うんじゃなくて、刃を伸ばすイメージ。
こんな時にぶっつけ本番で何をしてるんだろうとは思うけど、これをちゃんと出来ればダメージは通常の比じゃないはず。
剣の周りに凝縮させたオーラの形状変化。刃先を伸ばして鋭く。いい感じだ。
やっぱり操作技術を重点的に鍛えておいて正解だったかもしれない。
難しい操作ではあるけど、なんとか形にはなった。何もしていない状態の倍近いリーチ。斬れ味は元がずば抜けて高いから、攻撃力は相当なはずだ。
アトラスの大腿部を駆け上がりながら、剣を突き刺す。
さっきよりもかなり深いのがわかる手応えと、アトラスが呻き声を上げる。
そのまま切り裂きながら駆け抜ける。走る度にどす黒い血飛沫が舞っていく。
上から迫る馬鹿でかい掌を避け、一度距離をとる。
アムさんは僕とエリックが斬り裂いた傷口に向かって矢を放っていた。
まだ戦闘を始めてから僕らは被弾していない。下手したら一撃で天国行きなんて事もありえるから、被弾する訳にはいかない。
ただ、どうも腑に落ちない。
「本当にこの程度なのかな。とてもレイド戦を挑まなきゃならない程とは思えないんだけど」
確かにアトラスの攻撃力と耐久力は驚異的だ。でも言ってしまえばそれだけ。デカイだけで動きがトロいから避けるのは容易い。
攻撃が通らない程の硬さもないし、これなら時間をかければ簡単に倒せてしまうだろう。
ヒットアンドアウェイを徹底するだけで倒せるような相手に、他の冒険者が苦戦するとも思えない。
第六感とでも言うべきか。この嫌な予感はきっと間違っていない。
それでも僕らは前に進むしかないんだ。避けて斬って焼いて貫いて、そうして目の前の敵を殺すしか生存する術はない。
エリックも僕も、それからしばらくの間、ヒットアンドアウェイを徹底して一方的に傷をつけていった。
全体的なダメージは決して大きいものではないけれど、無視できるほどでもないはず。アトラスの青白い肌は半分程血で赤く染っている。
疲労はあるし、ずっと集中しているのもしんどい。でも、もし嫌な予感とやらが外れていてアトラスがただの体力オバケなだけなら、勝算はある。
そう思っていた。アトラスが天に向かって咆哮するまでは。
「グオオオオオオ――――」
その咆哮は耳を劈き、大気を揺らす。反射的に耳を塞ぐもあまり効果はない。
ビリビリと肌を刺すような声は、怒号のようで溜め込んだ怒りに反応するように、アトラスの角の先端が赤く光り始める。
ヤバい。何が? わからない。ただ、あれはヤバい。
直感的にそう思っても、馬鹿みたいな声のせいで身体が言うことを聞かない。その場から離れる事ができない。
いわゆるスタン状態というやつか。
あの咆哮は意志じゃなく、生物に根源的な恐怖を与えつけている。身体が恐怖に染まり、硬直してしまっているんだ。
僕らが棒立ちしている間にも、角にら光が集束し続けている。
そしてそれが十分に溜まったのか、アトラスの巨大な眼球がぎょろりと動き、
そしてその視線はエリックに向けられた。
「はは……絶対やべぇだろ、これ」
「エリック逃げ――」
僕が叫ぶのと同時にアトラスはエリックに向け咆哮。同時に角から集束した光が、極太の光線となり放たれる。
カッ、という乾いた音が響く。
直後、エリックのいた場所は光に呑まれ、巨大な爆発を引き起こす。凄まじい轟音と、立っているのが困難になるほどの振動と爆風が僕らを襲う。
あの膨大な破壊エネルギーの中心にはエリックがいる。あの攻撃を受け切り、生き延びる人間がどれくらいいるだろう。
少なくとも、僕は無理だ。即死する。
自分でもなぜこんなに冷静なのかわからない。もしかすると現実を受け入れられないのかもしれない。
爆発によって舞い上がった粉塵が晴れると、そこにはドロドロに溶けた地面。倒れるエリックの姿すらない。
まるで元々エリックなんていう人間は居なかったんだと言うように、跡形もなく消えてしまった。
「エリック――?」
問いかけるような小さな呟きは、巨人アトラスの咆哮にかき消されだれに届く訳でもなく消えていった。




