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雑用係の下克上~百年に一人の逸材……をぶん殴る為に冒険者になりましたけど、何か?~  作者: 吉良千尋


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24話 分水嶺


「なあ、もし帰っれたら何がしたい?」


 ふと呟いたのはエリックだった。

 この暗い雰囲気に似合わない、日常の会話のような声だ。


「帰ったら……?」


 帰れたら、ではない。帰ったらだ。エリックは僕らの心境を理解してそういう言葉を選んだのだろうか。

 まるでいつも通りに迷宮に来て、いつも通り帰れるみたいな言い方だった。


「そう、帰ったらだ。クロノ、お前は間違いなくDランクに上がるぜ? それにもしもアトラスをぶちのめしたら、俺達全員Cランクだ!」


 エリックも無理に明るく振舞ってるんだ。でもそれを口にしちゃいけない。

 今の雰囲気のまま進めば、僕らはきっとしなくていい負傷をする。だから今、無理矢理にでも思考を転換させようとしてるんだ。


「俺はさ、帰ったらたらふく飯が食いてぇな。こんな乾パンじゃなくて、肉がいい! 食いきれない程の肉をくいたい!」


「……ふふ、ふふふ。もう、何言ってるのよ。子供じゃないんだから」


 さっきまで塞ぎ込んでいたアムさんが小さく笑った。

 確かに子供みたいな発想ではあるけど、僕も美味しい物は食べたいな。


 残った乾パンは腹持ちはいいけど、美味しい訳じゃないから。


「僕は帰ったらアリシャさんとネリアさんに、改めてお礼が言いたいな」


「お礼?」


「うん、こうして迷宮に潜る力と知識をくれたから。こんな時に変かもしれないけど、実はちょっとだけ嬉しいんだ」


 死ぬのは嫌だし怖い。出来ることなら帰りたい気持ちは確かにある。それが相応に難しい事も理解してる。


 でも今、こうして迷宮で戦える事が、成長しているのが嬉しいんだ。一人じゃなくて、仲間と一緒に迷宮に来てるのも堪らなく嬉しい。


 だってそれは、少し前の僕にとっては考えられない世界だから。


 なんて思っていると二人はニヤニヤした顔で、


「くく、とか何とか言って怪物楽園(モンスターパレード)でも楽しんでたしな」


「血塗れになって笑ってたもの。私達が必死になってるのに一人で楽しんでたのよね?」


「えっ、いや、ち、違うよ。そんな事は……ちょっとはそりゃ、あるけど……でも別に僕だって」


 続く言葉を探してごにょごにょと口ごもる。

 そりゃ確かに楽しもうとはしてたけど、変異種の時みたいに心の底からは楽しめなかったよ。


 それは多分、僕一人じゃなかったから。どこかで責任がストッパーの役割を果たしてたんだと思ったけど、そっか……笑ってはいたんだ。


「ふふ、私はね、帰ったら……」


 ゲラゲラ笑うエリックを他所に、アムさんが呟いた。


「その……実は前からちょっと考えてたんだけど、破剣ギルドに移籍しようかな……なんて」


「ええ!?」


「まじかよ! どうしてウチみたいな野蛮なギルドに? 気でも狂ったのか?」


 絶対にありえない! とでも言いたげな顔でエリックは言った。さすがにそれは言い過ぎなんじゃないかと思う。


 品行方正で有名な騎士団ギルドから、灰汁を煮詰めたような破剣ギルドに移籍は確かにありえない。


 破剣ギルドにまともな人間がいるのか甚だ疑問である。強いて言うならベテランのガッツさんくらいか。

 でもあの人もギャンブル中毒って噂あるし、どうなんだろう。


 もしかすると、まともな人間は誰もいないのかもしれないなぁ。頭が頭だし。


 かなり失礼な事を考えていると、アムさんがもじもじしながら「それでね」と続け、


「なんて言うか、正式にパーティ……組めたらって。私達三人で」


「僕達でパーティ……?」


 考えた事もなかったな。エリックと一緒にちょこちょこ潜ってはいたけど、他は全部一人だった。


 上層だからっていうのも勿論あった。しかし、もう僕らは中層をメインにするレベル。ソロ攻略はかなり危険だ。


 エリックとアムさんと正式にパーティか。実力もそんなに離れてないだろうし、それぞれ長所があるからバランスもいい。


 ありかもしれない。


「うん、僕は」


 と言いかけた時に、エリックが遮るように立ち上がり、興奮した様子で、


「いいじゃねぇか、それ! 組もうぜ俺達で! な、クロノもいいと思うよな!?」


「えっ、うん。いい案だと思うよ」


 物凄い圧を感じるが、それに気圧された訳じゃなく本心だ。

 気心の知れた二人なら寧ろ有難い。


 アムさんはそれを聞くと花が咲いたように笑った。


 さっきまで暗闇の中にいたのに、今では光が見える。置かれてい状況からしたら、ほんの些細な違いかもしれない。

 それでもその小さな差が命運を分ける事だって、きっとあるはずだ。


 上に行くか下に行くかじゃなくて、もしかすると僕らの分水嶺は気持ちの面だったのかな。


「何としてでも生きて帰るぞ!」


「うん!」


 上手く気持ちを切り替えることが出来た僕達は、少し休んだ後、探索を再開した。


 モンスターとの戦いも気持ち一つで全然違う。相変わらず手強さは感じたけど、さっきまでとは違う。

 連携が上手く取れてるっていうのかな。とにかく、凄く戦いやすくなった。


 そうして進んでいき、少し休憩し、また進む。


 それを繰り返していくと、僕らはいつしか重厚な扉の前まで来てしまっていた。


 自然の洞窟のような構造をしている迷宮で、明らかに違和感がある。

 その扉の先が上か下か、どちらに続いているのかは確かめなくても理解できた。


 心は折れていない。勢いだってある。


 ただ、それはそれこれはこれ。誰一人としてその扉に手をかけようとはしなかった。


「良くない方に来ちゃったみたいだね」


「ああ、全くだ」


「ついてないわね……」


 出来れば上に続く道を見つけたかった。そうすれば悩む事はなく進んでいける。

 こっちに来てしまった以上、また長い道のりを引き返し、迷いながら十三層を目指すか、今ここを開けるかの二択。


 どっちを選んでもかなりしんどい展開になるだろう。


「うし、恨みっこなしの多数決で決めよう。ここで悩む時間がもったいねぇ」


「そうだね。早く行動した方がいいし僕は賛成」


「私も異論はないわ。それと、私は……十三層を目指すに一票入れる」


 ハッキリ言い切るあたり、アムさんはずっと考えていたのだろう。

 運が良ければ直ぐに十三層につける。十二層まで来ればアムさんは案内できるだろうし、彼女からしたら妥当な意見だ。


「そうか。俺はアトラスをぶちのめす方に入れる」


 なんとなく、この二人は意見がわかれるような気がしてたよ。

 あー、そうなると実質僕が決めるみたいになるじゃんか。


 嫌なんだよなぁ、こういうの。二人の視線が痛い。

 こんな事なら一番最初にいえば良かったよ!


「そ、そんなに見ないでよ。それにどうせ、僕がどっちを選ぶかなんてアムさんもエリックもわかってるんでしょ?」


 僕も色々と考えたし、話を聞く限り階層主のエリア――十五層に出現するのはアトラスのみ。

 僕としてはわらわらと多くのモンスターを相手にするよりも、一体に集中出来る方が戦いやすい。


 それにちょっと、いや結構興味がある。階層主と呼ばれるモンスターが、一体どれほどの強さなのか。


「はぁぁぁぁ……」


 アムさんが嫌そうな顔で、物凄い大きな溜息を着いた。エリックは隣で勝ち誇った顔をしている。


 いや、僕はまだ何も言ってないけど。まぁでも、そういう事なんだけど。


「こうなると思ってたわ……ま、仕方ないわね」


「おいおい、案外サクッと勝てるかも知れねぇだろ!?」


「いやそれは無理でしょエリック。サクッとは無理だって」


「絶対絶対、絶対勝つわよ!! こんな所で死ぬなんて冗談じゃないわ」


 アムさん、ちょっとヤケクソになってない? 大丈夫?


「当たり前だ! アトラスをぶっ倒して俺達全員Cランクだ!」


「うん! それじゃあ、巨人退治と行こうか」


 そうして僕は十五層、巨人アトラスが待つ扉を手をかけた。



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