23話 負の思考
二人が眠りについてからしばらくたった。その間、何度かモンスターとの戦闘があったが、数が少なかったので二人を起こさずに倒しきることが出来た。
余った時間は身体を休めるのと、色々考えるのとであっという間だったように感じる。
多分一時間かそこら、二人は休めたんじゃないかな。
本当はもっと休ませてあげたいけど、時間は僕らの敵だ。水も食料も沢山ある訳ではないし、外に行くまでの時間も考えるとそろそろ動き始めた方がいい。
二人を起こすと、まだ少し疲れた顔をしてたが顔色は少しだけよくなった気がする。
それから今後の事を話し合った。二人も僕と同じように考えていたらしく、外に向かうか安全地帯を目指すかで悩み、答えは出なかったみたいだ。
「せめて、もう少し食料があれば良かったんだがな」
渋い顔でエリックが呟いた。
「私は十二層ならある程度覚えているけど、そこに行くまでに迷ったら、多分……」
アムさんは濁すだけで餓死という単語は口にしなかった。
実際は餓死か体力が底をついてモンスターに殺られるのかの二択だけど、結局どちらも食料が引き起こす問題だ。
他の冒険者に出会う可能性もあるけれど、この広い迷宮でそれをあてにするのは現実的じゃない。
「だが俺ら三人で階層主ってのもなぁ……」
「階層主ってやっぱり強いの?」
「うーん、私は戦った事ないけど、話を聞く限りやっぱり別格みたい。基本は相応の準備をしてレイド戦の形で挑むらしいわ」
レイド戦か。中級や上級冒険者パーティではなく、僕らのような低級パーティは徒党を組み、複数パーティで挑むのがセオリーみたい。
たった一つの、それも三人のパーティでとなると厳しさしかない。
「ただ、安全地帯には他の冒険者もいるでしょうし、階層主さえ倒せれば生存は確実なのよね」
「俺たちだけでアトラスか……」
エリックは険しい顔でうんうんと唸る。
十五層の階層主は巨人アトラス。オーガやミノタウロスもかなり大きいけど、アトラスはその比じゃない。
おとぎ話に出てくる巨人のように、そこら辺の建物よりも遥かに大きく、相応に力が強い。
迷宮で最初の階層主なだけあり、アトラスが守る十五層は冒険者にとっては一種の線引きをする階層だ。
中層も十四層までと十七層からでは難易度は大きく跳ね上がる。
通常、アトラスに限らず階層主は一度倒すと数日間リスポーンする事はない。が、先日の冥府の使者の件から日が浅く、冒険者達は慎重になっている。
リスポーンした階層主を倒したという話は聞かない。
リスポーンしていない可能性もゼロではないが、ゼロに近い。そういう意味でも僕らはツイてないんだ。
常識的に考えれば僕ら三人でアトラスを、なんてのは無謀過ぎる話であり正気の沙汰じゃない。自殺志願者と言われたっておかしくないレベルの話である。
なにせ、十五層突破がCランクに昇格する条件でもある程、この階層は重たい。
かと言ってこの状況で帰るのも、無謀と言えば無謀。簡単に答えがでるはずもなかった。
「ま、まぁ階層主を倒すって決めた訳じゃないんだしさ。進んでみてから決めようよ。上に行ければそっちで、下ならまた体力とかを考えて決めればいいと思う」
「……私もそれでいいと思う。迷わず迷宮を出れるとは思ってないし、その時その時で色々変わるものね」
「よし、わかった。それじゃ、とりあえず進もう。これまでと同じで前衛は俺達、アムはまた援護を頼む」
「了解!」
方針を決めた僕らはそれから十四層の探索を開始した。
モンスターとはかなりの頻度で交戦を繰り返し、僕らの想定より体力はずっと削がれている。
ポーションは合わせて残り四本しかない。一人一本しか満足に回復出来ない。階層主であるアトラスと戦うにしろ、上を目指すにしろ心許ない本数だ。
奥へ進めば進むほど、怪物楽園で蓄積された疲労やダメージが毒のようにジワジワと効いてくる。万全ではない僕らの動きは、やっぱり鈍くなってしまう。
十四層のモンスター達手強いのと、数が多いので尚更蓄積が加速する。
そして多分、僕らは迷っている。目印をつけ、同じ道には来ないようにしていても、上にも下にも繋がる通路を見つけれていない。
かれこれ数時間は経過しているというのに、だ。
十四層が広過ぎるのか、僕らが落ちた場所が悪かっ たのかはわからない。
ただ一つ言えるのは、僕らは少しずつ、確実に死に近付いているという事。
「はぁ……ふぅ、一旦休むか?」
休憩を切り出したのはエリックだ。僕ら二人の疲労具合を見てそう判断したのだろう。
僕もアムさんもまだ限界ではないけれど、それを迎えてからじゃ遅い。
丁度行き止まりで、近くにモンスターの気配もない。
「うん、そうしよう。ちょっと脚に来てるかも」
歩き疲れたのもあるけど、纏装を使って高速戦闘を続けたのが原因かな。
「私も……ていうか上にも下にもいけないじゃない! 全く、あれだけ悩んだのが馬鹿らしいわ」
「はは、確かにな。まさか初っ端から迷うとは俺も思わなかったぜ」
さすがに眠る訳には行かず、僕らは座り込み一時の談笑で気を紛らわせた。
アムさんもエリックも、僕も表面上では笑っているけれど、内心はそうじゃないのは皆気が付いているだろう。
凄惨な現実から逃げている。身体は疲れが溜まる一方で、心はどんどんすり減っていく。
どうしても悪い方へと考えてしまう。
もし、このまま上にも下にも行けずにずっと十四層をさ迷っていたら?
上に行けたとしてまた同じように迷い、食料が底を尽きたら?
下に行きアトラスと戦い、誰一人欠けることなく勝てる保証は?
考えるのが億劫になるほど、僕らは絶えず思考してきた。
この休憩は身体を休めるのもそうだけど、心を回復させる為でもある。やっぱりエリックはそういう細かい所によく気が付き、ちゃんと立ち回ってくれる。
火を囲み、表面上でだけ笑っていると、アムさんが俯きポツリと呟く。
「ねぇ、私達……本当に帰れるのかな」
ああ、遂に口に出してしまった。答えなんて出ないのは分かりきっているのに、それでも言わずには居られなかったんだ。
「……」
「も、怪物楽園だって乗り越えたんだ。次もきっと――」
本当に? この数時間、無駄に体力を消耗し、時間を浪費していたのに、本当に大丈夫なのだろうか。
もう何度も自問自答してきたはずだ。全然大丈夫なんかじゃないって、何度も何度も何度も何度も何度も……
大丈夫だ、なんてそんな薄っぺらな言葉を紡ぐ事は出来ない。
高い確率で僕らは死ぬ。これはもう、どうしようもない事実であり、簡単に覆るとは思えない。
そう受け入れてしまうと、途端に心が重くなった。寒気すら感じる。
死んだらどうなる? 死因は? 餓死? 戦死? 僕はこれから先、どうやって死ぬんだろう。
わからない。死因も、死んだ後も。何もかも。
今日迷宮に来なかったら。冒険者にならなかったら。もし、あの時エリックが――
「あ……」
最低だ。一瞬でも、僕はなんて事を考えたんだ。エリックは悪くない。絶対にそうだ。運が悪かっただけだ。
ちゃんとそう思っているのに、心の隅でそれは違うだろと声が来る。
ぐるぐると思考の渦が巡る。それも、全てが嫌な思考だ。気分が悪い。
ああ、本当に僕達は生きて帰れるのだろうか。この死地はいつまで僕達を追い詰めるんだろう。
そんなのは決まってる。死ぬまでだ。




