21話 迷宮のシステム
状況は芳しくない。俺もアムもクロノももうかなら倒してるはずなのに、この部屋のモンスターがまるで減らない。
少しづつ前には進めているが、それはクロノの奮闘のおかげだ。変異種の時のように、かなり負担のある戦い方をしている。
どうにかしてやりたいが、こっちもこっちで手一杯。クロノへの援護射撃を放つアムを守らないと、それこそクロノの負担が増えちまう。
リザードマンを切り伏せ、オーガを焼き殺す。それでも一匹取り逃し、そいつはアムへと牙を剥く。
「くっ! アム、一匹行ったぞ!」
一度抜かれた相手を殺すのはそう難しくない。ただそれをやってしまうと、次に前を向いた時に地獄を見る。
アムには悪いが、自分で対処してもらう他ない。そうならないように務めているものの、全てを止めるのは無理だ。
「了解!」
アムはチラとこっちを見て、迫るリザードマンの首へと矢を放つ。
矢と言ってもオーラの塊の放出しているので装填の手間はほとんとない。
最初は現物の矢を使いオーラの節約をしていた。しかし、そんなものはとっくの昔に尽きてしまった。
弓士が現物とオーラの矢を使うのはセオリー通り、珍しくはない。
「ったく、こいつらどんだけ湧いて出てくんだ!」
ミノタウロスの手斧を剣で弾き、小さい炎弾で眼球を焼く。
野太い叫び声が響く。しかし、それすらもかき消してしまう程、他のモンスターの声がやかましい。
「さっきから数が減ってないわ。エリック、壁を見てちょうだい。もしかしたらここは……」
「はあ!? 壁? 今じゃなきゃダメなのか!?」
こっちはそんな暇ないっての!
と思いいつつも隙を見て壁を何度か見ているとある事に気がついた。
壁からモンスターが生まれている。いや、それ自体は普通の事でなんらおかしな点はない。ないのだが、
「おいおい……馬鹿みたいな速度で出てきやがるぞ」
問題はその生成速度。この現象はリスポーンと言う。通常、リスポーンするのには相応の時間を要する。
しかし、この部屋は違う。次から次へとリスポーンしているのだ。
体感からして俺達を囲うモンスターは増えているということはないが、減ってもいない。ずっと同じペースでこちらに迫っている気がする。
「うん……この怪物楽園、もしかしたら一定の数を保とうとしているのかも……」
「馬鹿な! そんなの――」
ありえない、と言いかけてそれが否めない事に気がついた。迷宮のシステムはほとんど未解明。ありえないなんて事は、十分ありえるんじゃないだろうか。
あの馬鹿みたいな生成速度はクロノが暴れ回っているからか?
あいつはほとんど瞬殺している。にも関わらず、俺たちは大して前に進めていない。
殺したそばからモンスターが生まれているのなら、それは十分納得できる。
アムの言った仮説は、本当なのかもしれない。そう思って行動していた方がいい。
「こんなの……無理よ。出口に着く前に私達のオーラが先に尽きるわ」
気が付かない方がよかった。そんな声色だ。
身に余る絶望を突き付けられ、その中で必死に足掻いていたのに、それが全て無意味だったのだから心が折れたっておかしくない。
「くそ……ここまでなのか」
敗色濃厚。そんな言葉が脳裏に過ぎる。
今しがた殺したリザードマンも、次の瞬間には新しい個体となって現れるのか?
こんなの、どうやって攻略すればいい? あまりにも趣味の悪いシステムだ。酷いなんてもんじゃない。馬鹿げてる。
クロノは何のために身体を酷使してんだよ。アムは、俺は、何のために刃を振るってんだ?
クロノに目をやると、こんな時だって言うのに心底楽しそうだ。
動きなんざほとんど目で追えないけど、たまに止まった時に顔を見ると、やっぱり笑ってる。
一撃で殺し、無数の刃を躱し、また殺す。正真正銘の窮地だってのに、あいつはなんで楽しんでだよ。
お前が殺してくれればくれる程、新しい個体が生まれんだ。あいつはそれに気がついているのだろうか。
殺す事に、倒す事に意味なんて一つもない。
どうせまた出てくる。
こんなのどうしたって現状を変えられやしない。
「……あ」
いや、まてよ。倒してもその分生まれるなら倒さなきゃいいんじゃないか……?
だってそうすりゃ、新しい個体は生まれてこない。
もし、もしもアムの仮説が事実なら、そういう事なんじゃないのか?
ここを正攻法で突破するのは俺達じゃ不可能。最低でもBランクパーティは必要だ。
俺とアムはDで、クロノに至ってはE。ただ、あいつの実力的にはD……いや、Cはある。
それでも無理だ。なら、正攻法で突破しなければいい。
殺さない事が突破の糸口だとしたら、俺達にだって可能なんじゃないのか。
確証はないけど、試してみる価値はあるか。
「いや、しかし……」
これが正しいかわからない。もしかすると全て間違っていて、最悪の判断かもしれない。
「……ってなにビビってんだ俺! 一歩踏み出すって決めたんだろが! ――アム、モンスターの数を減らすな! 脚を狙って鈍らせるだけでいい!」
どうせ俺はもう最悪のミスをしてんだ。今更最悪に最悪を重ねたって大した事じゃねぇ。
今回の探索、間違いなく戦犯は俺。ならもういっそ振り切ってやる!
「は、はぁ!? いきなり何を――」
アムが困惑するのも無理はない。自分でも阿呆みたいな事言ってる自覚はある。
「お前の仮説通りなら、一定の数さえこの部屋にいりゃいいんじゃねぇのか? 全員瀕死だって数は数だ。生きてりゃいいんだろ?」
「あ……おっけー。そういう事ね! もし間違ってたら、一緒にあの世でクロノに謝ってよね!」
「はは、あいつ根に持つからずっとネチネチ言ってくんぞ」
なんて冗談めかしちゃいるが、これはこれで中々しんどい戦い方だ。やったこともなければ、考えたこともない。
それでも魔法系の俺なら難しい事じゃないはずだ。
「いくぜ!!」
俺は剣に炎を纏わせ、低い位置で薙ぎ払うように振るう。
刃の軌道を沿うように炎が放たれ、敵の下半身を焼いていく。リザードマンやオーガは一度でもそれなりの効果は見込めるが、ミノタウロスだけ耐久値が高い。
二度、三度炎を浴びせてようやくだ。
この戦い方は燃費がかなり悪い。それでも前が詰まれば全体の動きが鈍り、俺たちは動きやすくなる。
あとはクロノに伝えないといけない。殺してる大半はあいつだから、クロノさえ協力してくれれば突破率はぐっと上がるはずだ。
「クロノ! 聞こえるか!」
距離はそこそこ、でも聞こえない距離じゃない。
クロノは返事の代わりに視線で返した。こっちを見る歪んだ笑みは不気味だ。
「モンスターを殺さないでくれ! 殺さずに動きを制限するんだ! この部屋は一定の数を保つ機能があるかもしれねぇ!」
「数を保つ……? ああ、そういう事。殺せないのは残念だけど、僕らが死ぬよりはずっといいね」
残念がる所は絶対にそこじゃないが、今のあいつはハイになってる。言うだけ無駄だな。
クロノはそう言うと一瞬にして姿を消した。次の瞬間にはクロノ周囲を囲んでいたモンスター達が、崩れ始める。
そしてそれは円を描くように広がり、どんどんモンスター達が倒れてく。
恐らく、大型モンスターの隙間を縫うように移動し、脚を斬り裂いているのだろう。
しかし、とんでもない速度でモンスター達が倒れていく。
「あいつもうCかBランクとかでいいだろ……」
規定があるからまだEだが、どう考えても俺より強い。
「はは、でも……こっちも負けてられねぇよな!」
再び炎を放ちクロノに対抗するようにモンスター達を焼き払っていく。
少しの間、三人で殺さずに戦っていると、この仮説が正しかった事が証明された。
チラチラ壁を見ていたが、明らかに生成速度が遅くなっている。というか、ほとんどされていない。
たまに新しいのが出てくるが、攻撃の当たり所が悪かっただけだろう。
「よし……よし! これなら、怪物楽園を抜けれるぞ!!」
この絶望で溢れた奈落に、微かな光が射した気がした。




