17話 中層と心的外傷
「ねぇ、エリック。どうしたの? さっきから変だよ」
さっきから、と言うより中層に入った辺りからエリックの様子がおかしい。
戦闘だってまだそこまで本格的じゃないし、大して動いてもないのに汗をかいている。
「あ、いや、ちょっと腹の調子が悪くてよ」
嘘だ。エリックは嘘をつく時や誤魔化す時、目を合わせない。
何を隠してるんだろう。本人に言う気がないなら無理に聞くことはしないけど、心配だな。
ふと、視界の端が揺れる。
「――エリック前!!」
「えっ」
叫ぶと同時に脚を動かした。エリックの反応は鈍い。
間には入れない。それなら、
「どいて!」
エリックの服を掴み、勢いよく引き込む。
モンスターの黒い爪がエリックの鼻先を掠る。
「わ、悪いクロノ、ぼーっとしてた」
やっぱり、心ここに在らずって感じだ。上層ならまだしも、初めてくる中層でそれはちょっとまずい。
「うん、とりあえずモンスターを倒そう」
シャドウハンター、中層のモンスターだ。真っ黒い人型の影みたいな形をしていて、力も速さもないけど、背景と同化する面倒なモンスター。
図鑑を見ずに来ていたら危なかったかもしれない。
「ああ、そうだな。援護する」
「頼むよ」
援護もそうだけど、迷宮に集中してって二つの意味を込めて呟いて剣を構える。
実はエリックのオーラは魔法系。初めて知った時は驚いた。剣もそこそこ使うみたいで、近中距離がメインみたいだ。
「こいつの対処は得意なんだ。行くぜ――」
エリックが手をかざすと、無数の炎の礫が空中に現れる。そしてそれは僕らの周りをぐるぐる回り始めた。
凄いな、魔法系はこんな風にも戦えるんだ。
関心していると、僕の右側だけ礫が消えているのに気がついた。
そうか、見えづらくても居ない訳じゃない。この炎のがない所にそいつはいるんだ。
「そこだね」
片方の剣を投擲すると、空中に浮かんでいるかのようにピタリと止まる。刺さったんだ。
でもまだ死んだ訳じゃない。僕は一気に距離を詰め、斬りつける。
何かを斬った手応えを感じると共に、カランと音を立て魔石が転がった。
「倒せたけど……」
ちらとエリックに目をやると、周囲を警戒しながらもどこか浮かない顔をしている。
「悪い、助かったわ」
それは別に構わない。僕も助けられてばかりだし、一緒に迷宮に来てるんだからね。
ただ、それもいつでも出来る訳じゃない。少しくらいならなんて思っていたけど、決断した方がいいかな。
「エリック、言いたくないかもしれないけど……ちゃんと話してよ。それが嫌なら今日はもう帰ろう」
僕としてもそれは不本意だ。でもこの調子で深く潜ったら取り返しの付かない事になりそうだから、この問題は解決しないといけない。
エリックは小さくため息をつき、何を言うでもなく奥へと向かい歩き始めた。
「……」
そうしてしばらく歩いているとエリックが「なあ」と口を開く。
「お前さ、最近……ここ半年くらいか。シンとカエデ見たか?」
「……そう言えば見てないね」
シン君とカエデさんはエリックと組んでいたパーティメンバーだ。確かにここ最近彼らの姿を見ていない。
エリックより少しだけ先輩の彼らは同じDランクに上がったエリックをパーティに誘い、歳も近い事からすぐにうちとけていた記憶がある。
「カエデは冒険者を辞めたよ。シンの奴はカエデに惚れてたからさ、面倒見るんだっつって同じく引退を選んだ。んで、俺だけ無様にも続けてるって訳だ」
自重気味に笑うエリック。
まさか他の人が既に引退しているなんて知らなかった。
「そう、なんだ」
「まだ覚えてるよ。最初から最後まで鮮明に。俺が馬鹿やっちまってカエデは脚を失った」
ああ、そういう事か。だから様子がおかしかったんだ。
エリックは「その時も」と続け、
「中層だった。初めて十四階層まで行って、俺達は……俺は浮かれてたんだろうな。帰りの十一階層、そこで俺は強制移動のトラップに引っかかっちまった」
「強制移動……」
状況次第では、数あるトラップの中でもかなりタチの悪い類だ。それを踏み抜けば、とたんに地面が消えて下の階層へと落ちていく。
目的が下の階層なら、それは時短になるし悪くない。ただ、パーティ記録の階層や、帰りに踏むとかなり絶望的な状況に陥る。
そしてエリックが踏んでしまったタイミングは後者。それも記録を更新した帰りとなると、最も悪いタイミングと言ってもいいかもしれない。
「ポーションも食料もかなり減ってたのに、俺達はまた十四階層に叩き落とされた。それでもよ、なんとか死力を尽くして十一階層までは大きな怪我もなく戻れたんだ。ま、ここまでは不幸中の幸いだったな」
ここまでは、という事はこの後か。
「幸運ってのはそう長くは続かねぇ。十一階層で俺達を待ってたのは怪物楽園」
なんて言うか不運としか言いようがない。トラップを踏み抜いたのはエリックでも、怪物楽園は違う。
「アイテムなんざとっくに底を尽きてた。体力もオーラだって、気力も残っちゃいない。それでも必死に戦った。殺して殺して殺しまくって、なんとか逃げのびはいいけど、カエデの脚がちぎれてた」
「そんな……」
淡々と話すエリックは、決して振り向こうとはしなかった。声色から自責と後悔に苛まれているのが伝わってくる。
きっと酷い顔をしていて、僕にそれを見せたくはないんだ。
「その後、アリシャさんのパーティがたまたま通りかかって助けて貰ったんだ」
「で、でもアリシャさんならオーラで治療を――」
「オーラは万能じゃない。傷の治療は出来ても欠損した部位を生やすなんて出来ねーよ」
僕は馬鹿だ。そんなの分かりきった事じゃないか。傷の治療は細胞の活性化の結果だ。元々人間に備わった機能を上昇させているに過ぎない。
そして人間には、大きく欠損した部位の再生機能なんてものはない。
「あれから半年と少しか……俺さ、それ以来なんだ。中層に来るの。なんでか、怖くなっちまってよ」
だからエリックは中層に入ってから様子がおかしくなっていたのか。その件がエリックの中で蝕み、こびり付いているんだ。
「エリックのせいじゃないよ。運が悪かったんだ」
「ばーか。口下手な癖に無理に慰めようなんて思わなくていいんだよ。悪かったよ、ちょっと思い出しちまって集中しきれてなかった。ここからは大丈夫。お前に話したら少しスッキリしたわ」
「ありがとな」と言ってはいるけど、それでもトラウマはそんな簡単に拭いされないのくらい、僕だって知っているよ。
それでもエリックが大丈夫と言うのなら、それを信じよう。
しかし、そうか……普段おちゃらけてばかりのエリックにそんな事があったなんて。思えば僕に八つ当たりをしてきたのも、その時期くらいからか。
それ自体は褒められた事ではないけど、結果的にエリックの自戒の捌け口になれていたのなら、それで良かった。
冒険者全体で見れば、きっとそういう話は掃いて捨てるほどあるし、珍しくもなんともない。でもそれが自分と親しい人間なら、それは一体どれ程の負担になるんだろうか。
僕なんかじゃ想像もつかない。
「クロノ」
エリックの一言ではっと我に返ると、前方にモンスター。シルバーウルフだ。
そしてタイミング悪く、後ろから足音。
「後ろも退路も塞がれちゃってる」
前にはシルバーウルフ、後ろにはリザードマン。それも勿論複数だ。
一人なら少し危ない場面だった。でも今はエリックもいる。
きっと大丈夫。
そう思っているのに、僕の頭にはネリアさんの一言がへばりついて離れなかった。
――迷宮で臆病者は歓迎されない。




