14話 激闘の後で
「あ……重い……? うわっ」
ここはどこだろう、と思う前に身体に伸し掛る重さが気になった。
左足の感覚がない。でもそこになにか乗ってる。
短い悲鳴を上げた理由は単純で、なんとかジャガーノートさんが僕に突っ伏すように寝ているからだ。
ああ、勿論ネリアさんの方じゃない。ゴリラの方。
ヴォルフガングさんは一体なんで僕の部屋で寝てるんだろう。爆撃みたいなイビキと、涎をダラダラ流して。
「身体が重い……?」
ゴリラをどかす為起き上がろうとすると、思うように体を動かせなかった。ヴォルフガングさんとは別の、内面的な重さだ。
それで思い出したのは、僕は迷宮でオーガの変異種との死闘を繰り広げていた事。
「そうだ、僕はあいつに勝ったんだ」
その後に倒れてエリック達に運んでもらったのかな。で、ヴォルフガングさんは看病って感じか。
恩着せがましく言うつもりはないけど、普通こういう役回りって助けられた人――アムさんとかじゃない?
なんでヴォルフガングさんなの? 嬉しくないよ?
「ふがっ!? ……起きたかクロノ」
「その言葉そのままお返しします」
まるで寝てません、ずっと起きてました。とでも言いたげな態度だ。がっつり寝てたよあんた。涎で布団が濡れてるもの。
欠伸しちゃってるし。
「お前三日も眠りっぱなしだったんだぞ」
あなたはどれくらいここで惰眠を貪っていたのでしょうか。
「えっ、そんなに寝てたんですか……? すみませんなんか、手間かけさせちゃって」
纏装の副作用かな。本来まともに使えたのも奇跡なのに、効果が切れてまたやっちゃったからなぁ。僕が思っている以上に、この身体に負担がかかっていたのか。
「手間なんざねーよ。お前が無事で何よりだ。アム・グレイスって子から色々聞いたぞ。くくく、まさかオーガ変異種をEランクが単独撃破するとはなあ」
ヴォルフガングさんは心底嬉しそうに、それを噛み締めるようにニヤリとと笑った。
「紙一重でしたよ、本当に。もう一度同じ事をやれと言われれば……」
「言われれば?」
何だこの含みのある笑みは。あー、そうか。ネリアさんも居たから多分僕が楽しんでたのを聞いてるんだ。
うわ、やだなぁ。尖った性癖を暴露された時くらいやだなぁ。
「その、嬉しいですね、はい。どうせ聞いてるんですよね」
「ネリアからよく、な。あいつ、お前の事かなりキモがってたぞ」
「それ別に言わなくて良くないですか? 一応僕結構頑張ったんですけど。というか、アムさんはどうなったんですか?」
あの時、エリックにおぶられていたアムさんは意識がないように見えた。オーガと戦ったのもあの子を助ける為だった訳だし、安否くらいは確認しておきたい。
「あー……その、なんだ。実は……」
急に視線を外し、申し訳なさそうな顔付きで呟く。
「助け、られなかったんですね。そうですか……」
僕は別に英雄やヒーローになりたい訳じゃない。もう認めるけど戦うのが大好きなだけだ。
ただそれでも、目の前に傷付いた人がいたなら助けてあげたい。
助けてあげたかった。
もう少し僕が強ければ、もっと早く彼女を見つけていたなら、ポーションを常備できていたなら、救えたのかもしれない。
重い身体と一緒で心まで重くなっていく。後悔がどんどん大きくなる。
「いやそこはお前のおかげで助かったぞ」
このクソゴリラめ。
「僕の後悔返して貰えません? えっ、と……じゃあなんで――?」
と、聞いたところで廊下からドタドタと慌ただしい足音が響いてくる。
直後、バン! と勢いよくドアが開かれる。
ノックという文化を知って欲しい。
「あ、アムさんだ」
そこには赤髪の女の子が、僕を見るなり呆然と立ち尽くしていた。
髪とおなじ綺麗な赤い瞳が徐々に潤み始める。
それに、あんな事があったから眠れていないのかな。顔色も悪いし、クマが酷い。
「えっ、ちょっ!」
数秒の後、突然走り出した。僕の方に。そして飛んだ。ダイブだ。
「ごめん、ごめんなさい……」
彼女は僕にしがみつきながら、泣いていた。
「な、なんで謝るんですか」
こんな時だと言うのに心臓がうるさい。
女の子に抱き着かれるなんて初めてだ。
視界の端でヴォルフガングさんが親指を立て、ソロリソロリと部屋を出ていった。このゴリラ、笑ってやがる。
「私は、あなたを……うぅ……殺しかけ」
ああ、なんだそんな風に感じてたのか。アムさんは僕が楽しんでたの知らないみたいだけど、拗れそうだからそのまま知らないでいて欲しい。
「でも僕、生きてますよ。それにアムさんのせいじゃないんで、気にしないでください」
多分あの戦闘は人生で一番充実した時間だった。
「うぅ、クロノ……よかった、いぎてて良かった……! ありがとう、助けてくれて……」
それからアムさんは子供みたいにわんわん泣いた。ありがとうと良かったを繰り返して、泣いて泣いて泣き疲れるとそのまま眠ってしまった。
この子はずっと責任を感じてたんだ。自分のせいで僕が死ぬかもしれないと。自分が殺したとか思って、自分自身を追い詰めちゃったのか。
そんなの気にしなくていいのに、責任感が強くて、優しい人なんだろうな。
何となく、本当に深い意味もなく、僕はアムさんの頭を撫でた。泣きじゃくってぐっすり眠るアムさんは、子供みたいだったから。
するとタイミング悪くエリックがお見舞い? に来てくれた。
ああ、本当になんてタイミングなんだ。あの憎たらしい顔を見れば何を考えているかなんて想像がつく。
「おっと……漢エリックは空気を読めない漢じゃない。ここは一旦クールに去るぜ」
ほらこれだ。このニヤケ面、腹が立つ。
いいもん見れたぜ、じゃないんだよ全く。
「いやせっかく来てくれたのに去らないでよ。どうしたらいいのこれ」
「さぁな、そのまま寝かしてやれよ。その子、お前が寝てる三日間、ずっと寝ずに看病してたんだぞ?」
僕が寝てる間ずっと? おかしいな。そうするとヴォルフガングさんは一体?
「えっ、でも起きた時ヴォルフガングさんがいたよ」
「ああ、なんかあの日迷宮で色々トラブルあってみたいでさ。二時間前くらいか、冒険者協会の人が来てアムちゃんに話を聞かせてくれってんで呼ばれたんだよ」
そうか。確かにあの日、迷宮に入る前にラインハルト君のパーティが冥府の使者に遭遇したとか何とかあったな。
エリックは「それで」と付け足し、
「ヴォルフガングさんが急に俺が見るって言い出して」
うわ最低だあの人。絶対寝たかっただけじゃないか!
たった二時間でああも爆睡してたのか!
「あ、ああ……そう……」
「それよりクロノ、お前――」
それからエリックはとても興奮した様子で色々と聞いてきた。僕が強くなって、オーガを倒した事が凄く嬉しいみたいだった。
エリックってこういう純粋なところがあるから、憎めないんだよね。
だって強くなったのは僕で、僕もそれは嬉しいのに、それ以上に嬉しそうなんだもん。
その最中にギルドの人たちがお見舞いに来てくれた。
ベテランのガッツさんや、アリシャさん、他にも色々だ。
皆心配してくれていたみたいだ。それに沢山褒めてくれた。
その中にはなんとネリアさんもいた。彼女はほんの一瞬僕と目が合うと、言葉もかけずに行ってしまった。
ネリアさんらしいよね。でも僕の見間違いでなければ、少し笑ってた気がする。
エリックとアムさんも帰宅し、僕も寝ようかななんて思ってるとヴォルフガングさんがまた戻ってきて一言。
「そう言えば、お前とオーガ変異種の戦力差はAランク冒険者と冥府の使者くらい絶大だったぜ。あと、頑張ったな! おつかれさん」
「わっ」
それだけ言って僕の髪をわしゃしゃすると、欠伸をしながら出て行ってしまった。
「むふふ」
自然と口角が上がる。これは仕方ない。だって物凄く嬉しいもの。
この余韻に浸り、僕は眠りについた。
色々な事があったけれど、頑張った自分が少しだけ誇らしく思えた。




