13話 斬って駄目なら
オーガの攻撃がどんどん鋭くなって来てる。拳よりも生成される槍が増え始めた。それも大振りじゃなく、細かく、複数の槍だ。
でもさっきまで僕の攻撃なんて気にとめていなかったのに、今では防御し回避しようとしてる。
纏装のおかげで力も随分増した。ようやく肉に刃が侵入できる。ただこのオーガも馬鹿じゃない。コンパクトな攻撃に切り替え、節約したオーラを身にまとっているんだ。
だから纏装で強化された攻撃でも、深くは入らない。
「いい……凄くいい!」
全方位からの槍を身体を無理矢理捻らせ回避。
「はは! それすらも読んだのか!」
僕が避けるのを分かった上で、回避した先に待ち構える拳。でも甘い。今の僕はそう簡単に捉えられやしないさ。
握った拳の間、指の隙間、側面に剣を突き立てそこを軸に半回転。その反動を利用しオーガの眼前に急接近。
刹那の判断、その全てが理想そのもので行える。完璧に身体を操作し、相手の悉くを退ける。
楽しい。これが楽しくなくちゃ、楽しいってなんなんだ?
刃がまともに通らないのはもう理解した。だからもう一度斬りつけた。
深くなくていい。無理矢理致命傷を狙えばその分隙が出来るから。
既にある胸の傷。同じ箇所に違う角度で、削ぐように撫でる。そうすれば浅くても肉は落ちる。
捻らせ、跳んで、回って、そうして攻撃を避け続け、その一瞬の隙に刃を振るう。
同じ場所に二刀。それをただひたすらに繰り返す。
削いで削いで削いで削いで削いで、
「斬って駄目なら――!!」
血の雨が降っているみたいだ。降らしているのは僕で、それに打たれているのも僕。
削ぎ落とした肉がそこら辺に散らばってる。
それだけオーガが苦しんでるんだ。
それ、もう一刀。小さな肉片がまた落ちる。
遂にオーガ大きく仰け反る。同時に相手の反撃が止まった。土の槍も拳も脚も、何もかも。
この一瞬は逃さない。
「――馬鹿ね」
聞こえたのはオーガの叫びじゃなくて、聞き覚えのある美しい声。
馬鹿? なんで? やっと見せた大きな隙だ。絶交のチャンス。
僕は仰け反ったオーガの胸目掛けて突っ込み、双剣を振るう。
「――あ」
振り下ろしたその時、オーガと目が合う。こいつは確かに嗤っている。
「う゛っ――」
削いだのはほんの微かな肉片。同時に僕を腹部に強烈な衝撃。
踏ん張れるはずもなく、面白いくらいの勢いで後方に吹き飛び、壁に叩き付けられた。
こいつ、被弾覚悟でわざと隙を作ったのか。
「かはっ……う、ぁ……」
何だこの痛みは。肺の中の空気と、胃から吐瀉物が逆流し呼吸が出来ない。
今ので肋骨が完全に折れた。臓器もかなりダメージを受けたのか、何をするにしても激痛が走る。
ふらつきながら立ち上がると、吐血した。鼻からも血が垂れるのを感じる。視界が赤く染まり、目を擦ると血がついていた。
全身が痛い。頭痛も酷いな。
これは今のダメージとは別で、纏装の副作用だ。
身に余る力を使い続けた代償か……なんてタイミングの悪い。
でも、
「それがどうしたあああァァァ!」
僕はもう一度、無理矢理纏装を使い駆け出す。
苦しいとか、副作用とかそんなのどうだっていい。この痛みこそ証明なんだ。僕は死人じゃない、生きてるって証明なんだ。
このオーガに僕が勝てたなら、普通なら絶対勝てない相手に勝てたなら。
いつか、ラインハルト・スターダストにだって勝てるんだ。
いや違う。もういい、認めてしまえ。ただ僕は楽しんでいるだけだってさ。
駆け出した直後、それを止めるかのように無数の槍が突き出してくる。
左右上下、とんでもない数だ。全部視える。無数の槍も、オーガの動きも。
視えた、最短経路! 僕に当たらない槍なんかただの足場だ。ありがとうオーガ。存外、悪くない足場だよ。
そこかしこにある槍を蹴り、どんどん距離詰める。今まさに突き上がる槍の先端を斬って、そこを踏みつけ跳躍。
はは、槍の勢いもあって凄い勢いだ。
この全能感が堪らない。
天井まで飛んだ僕を今度は真上から狙う。避けられない。避ける必要なんてない。
さっきと同じだ。先端を斬れば、この作用は僕の力になる。
真上からの急降下。ものすごい速度だ。この位置、この距離なら後ろ、つまりは上からくる魔法より、僕の落下速度の方が早い。
しかし、それさえもオーガは分かっていた。
オーガを中心に三百六十度、真下から複数の槍が伸びる。
これじゃあオーガに近付けない。本当か? 行けるさ。突っ込めよ。
視えたんだろ? 一箇所だけ遅いのが。じゃあ決まりだ。そこに行く。突っ込む。ほんの少しでも左右にズレれば串刺しだ。
だから今、ここで行く。
それがいい。このスリル、命を焦がすヒリつきがいい。
無造作じゃなく、思考の末に僕の命を穿とうとするオーガ。それがより一層、僕を刺激する。
気が付けば最後の槍を抜けていた。
それを認識した途端、まるで時が止まったみたいだった。僕とオーガだけの世界だ。
この楽園のような、天国のような時間が終わる。
終わらせるのは惜しい。心躍るかけがえのない時間。でも必ずいつかは終わる。
それなら僕が死ぬより、オーガ死んで終わる方がいいに決まってる。
そろそろさよならだ。
超速の落下に纏装での強化。威力は言うまでもない。
でもまだ出来ることがある。残り全てのオーラを刃に集めるんだ。
正真正銘、これが今の僕が出来る最大火力。しなくても多分大丈夫。単純に僕がやりたいだけ。この夢の時間を提供してくれたオーガに対する感謝だ。
狙うは首、オーガはもう僕を捉えられていない。
そして肉薄。
左の一刀目、首筋に触れ侵入していく。
右の二刀目、最奥の傷に鋭角になるように侵入。
そして振り抜く。首の肉を深く削いだ。
「斬って駄目なら、削ぎ殺せばいい」
――刹那。滝のように血液を噴射させた後、オーガは霧となって消えた。見た事のない大きな魔石と、立派な角を遺して。
ああ、楽しかった。
「がふっ……」
満足すると同時に血を吐いた。どうやら僕の方も本当に時間切れだったみたいだ。
もう力が入らない。意識を保つのも厳しいや。
膝を突き、倒れる視界には見覚えのある二人、いや三人か。
さっきの声はやっぱりネリアさんだったのか。
「クロノ!!」
駆け寄るエリックと、その背にはアムさん。
そういえばこの子を逃がす為に戦ってたんだっけか。すっかり忘れてた。アムさんが無事なら、このちっぽけな命を掛けたかいはあったかな?
ああ、もう駄目だ。色々痛いし眠たい。目を開けているのも億劫だ。
後は、エリック達に任せよう。きっとネリアさんがおぶってくれるはず。くそぉ、それなら意識を……無理か。
ねえラインハルト君、僕はやっぱり死人なんかじゃなかったよ。




