12話 覚醒
「う……くぅ」
頭がガンガンする。背中が痛い。脚も腕も腹も、全身が痛い。
拳の嵐だけならまだ対応出来た。でもそれに細かく魔法を追加されると堪らない。
何発かもらっちゃった。どれも防御が間に合ったからよかったけど、オーラ操作の修業をサボってたら、もう死んでたかも。
厄介だ、思っていたよりもずっと。
このオーガ変異種には知性を感じる。拳が当たらないとみて魔法を使い、それでも有効打が取れないと見ると、殴る瞬間に岩を伸ばし、それを砕く事で散弾みたいに飛ばしてくる。
被弾して怯んだすきにあの馬鹿力の拳だ。
肋骨が折れてるのかヒビなのか分からないけど、呼吸するだけで刺すように痛む。
救助は何時になったら来てくれるのかな。本当、そろそろまずい。
あの分かれ道、僕の方は行き止まりだった。だから逃げようにも逃げられない。
全くさ、不運もここまで来ると笑いたくなってくるよ。
「はぁ……はぁ、もう辞めよう」
このままじゃオーガには勝てないし、逃げれない。
僕が満身創痍なのに対して、オーガは浅すぎる切り傷が何ヶ所かあるだけ。
圧倒的な格上に、真正面からやって僕なんかが勝てるはずなかったんだ。
オーラを覚えて、修業して、強くなった気でいた。
「あーあ、嫌になるよ本当」
愚痴の一つも零したくなる。
本当はもっと安全性を確認してから、もっと操作技術を身につけてから、少しづつ試していくつもりだったのに。
どうせ死ぬなら、やるだけやってみよう。
普通に戦って駄目なら、普通じゃない戦いをしてみよう。
「ちょっとだけ……待っててね」
言葉を理解出来るはずのない相手に呟く。
通じたわけじゃないと思うけど、オーガはまだ動こうとしない。
多分、勝利を確信した余裕からくるおふざけかなんかなのかな。
ありがたいよその傲慢さ。
ラインハルト君に追い付くには、強くなるにはどうしたらいいか。僕は修業しながらずっと考えていた。
駆け出しの僕が人と同じような修業をして、あの天才に追い付けるはずがない。
強化系の僕が強化出来るのは自分と、せいぜい武器程度。皆条件は同じ。
でもじゃあ自分ってなんだろうって。
腕や脚を強化? 一般的だけど、これに関しては筋肉や骨も強化されてる。
それなら臓器だって強化出来るんじゃないか? そう思ったんだ。
だから知識を詰め込み、理解して、二つの有用な強化先を見つけた。
一つ目は心臓。
心機能を大幅に上昇させる事はあまり難しくなかった。でもこれだけだと超高血圧になったせいか、すぐに意識を失った。
二つ目は血液。
身体をオーラが循環する事により、多分血管や神経とか、体のいたるところにその影響が出る。心臓と合わせると、意識を失う事なく動く事ができた。
オーラが体内を巡る事により、身体能力は爆発的に上昇する。それだけじゃなく、眼や脳の機能も同じだ。
ただ副作用も当然ある。けどそれを気にしてたら死ぬだけだ。
「大丈夫、きっと出来る」
この二つを並行させて戦った事はない。
オーラは万能じゃないのは分かってる。きっとかなりの負担があるはず。それでも死ぬよりはマシだけど。
集中するんだ。感覚を最大限まで研ぎ澄ませ。
まずは心臓。鼓動に意識を向け、オーラをそこに留める感覚。
ばくん、と急に強く、早く、鼓動する。
「ぐ……」
頭が痛い。気持ち悪い。でもここからなんだ。
次に血液、これはそう難しくない。心臓に集中させたオーラをそのまま全身に流す。表面じゃなくて、内面に流すイメージ。
より鮮明に、より確かなイメージをするんだ。
名前をつけてイメージを固める。これはそういう現象だと、頭に刷り込む。
「――血魔纏装」
ああ、五感が冴え渡る。身体が熱い。
はは、凄い感覚だ。相手の呼吸が聞こえる。空気のちょっとした流れすら感じられる。
動く前に、動きがわかる。
情報量と処理速度が何倍にも増したんだ。
今、あいつと戦ったらどんなに楽しいんだろう。お互いの切札を晒し、全身全霊で命を取り合えたら――
きっと楽しいんだろうなぁ。
◆
「こ、こっちです!」
四層に辿り着くとアムちゃんが叫んだ。
ここまで相当無理してきたのか、いつ倒れても不思議じゃないくらい顔色が悪い。
それにしても、まさかクロノがオーガと戦ってるなんてな。普通のオーガじゃない。変異種だってんだから、正直今生きてるかどうか。
常識的に考えれば太刀打ちできる相手じゃない。即死もいい所。
でもアムちゃんの話を聞く限り、速度は若干上。上手いこと立ち回れば時間は稼げるかもしれない。
頼むから生きててくれクロノ。そうしたら必ず助けてやるからよ。
しばらく走っているとアムちゃんは限界を迎えたのか、よろめき、そのまま倒れてしまった。
「お、おい! 大丈夫かよ!」
もう走るのは無理そうだ。俺はアムちゃんを背負い、代わりに走り出す。
呼吸が浅い……頼むからもう少し意識を保ってくれ。そうじゃないと、場所がわからない。
「あ……あの時の分かれ道……」
掠れる声が聞こえた。目の前の分かれ道、このどちらかにクロノがいる。
「メンヘラ、気を失う前に左右どちらか答えなさい」
ああ、この子の名前はメンヘラに決定したんだな。同情するよ。でも俺なんて駄犬だぜ? 人間ですらねー。
超弩級の毒舌姫だけど、この人が居てくれるからこそ安心して助けていける。
ほとんどSに近いトップクラスの冒険者、銀閃ネリア・ジャガーノート。
いま、この人以上に頼もしい人はいないぜ。
と思っていたらネリアさんの冷たい視線。いや、俺は何もしてないぞ! 何も言ってない!
「キモ、何一人でニヤニヤしてるのよ。ハッキリ言うけれど、かなりキモイわ。自重しなさい駄犬」
「ひえっ」
なんで今二回言ったんだ? 最初の時点でかなりハッキリ言ってたぞ!? なぜ今、追撃した!
「左……いそい、で……彼を……け、て」
背負っていたアムちゃんはそれだけ伝えると、ガクリと項垂れ意識を失ってしまった。
ボロボロな身体でよくここまで頑張ってくれた。この子に報いる為にも、急がないと。
「左みたいですワン」
「エリッ……駄犬、全力で走りなさい。使い物にならなくなってもいいわ。元から使えないし。じゃ、先に行くわね」
クを付けろクを! 間違ってる方に言い直すな! クは一文字! 駄犬は三文字ィ!!
「えっ、何を――うおっ!」
言いたい放題にボロカス言うと、ネリアさんは目にも止まらぬ早さで消えた。
走ったのかどうかも分からない。ただ、土煙が舞い、それが晴れたらもう居なかった。
何だかんだ、クロノを助けたいんだ。
「いやしかし、あの人、本当に人間なのかなぁ」
って今はそれより、俺も急がないと。
使い物にならなくてもいいなら、全快で行く。
オーラを全て使い切る勢いで走り出し、消えてしまったネリアさんを追いかけた。
数分走るとネリアさんの後ろ姿が見えた。そしてその先にオーガ。つまり、ようやく辿り着いたんだ。
でもそれなのに、この人はなんで助けに行かないんだ。
「あら駄犬、思っていたよりも早かったわね」
「クロノは無事――なんだ……あれ……?」
聞いていた通りオーガの変異種。地面や壁を変形させ、今にもクロノを串刺しにしようと迫る。
オーガは十二層以降のモンスターで、Dランクの俺は対処出来るけどクロノは違う。
あいつは、ついこの間、冒険者になったばかりの駆け出しも駆け出し。Eランクのはずだ。
それなのに、あの動きはなんだ……?
なんでEランクの駆け出しが、オーガの変異種をたった一人で圧倒してるんだ?
あの速度、体捌き、どれを取ってもEランクを、いや……多分Dランクすら凌駕している。目で追うのすら怪しいレベルだ。
なんで今それを避けれた? 左右と後方からくる土の槍を、どうして分かるんだ?
なんで駆け出しのお前がそのボロボロな身体で、超速戦闘をしてんだよ。
「駄犬、あれでもまだ助けようと思う?」
笑ってる……? この人が笑うなんて初めて見た。楽しさや嬉しさから来るのとは違う。
玩具を見つけた子供のような、それでいて何処か歪な、そんな笑みだ。
「あの、あいつ一体何したんですか」
「さぁ? 常識人の私に狂人を理解しろとでも言うの? だから駄犬なのよあなた」
「常識人? 誰が?」
ああっ、汚物を見る目!
「あの子も格上とやっているのだし、先輩としてあなたも深層に行ってみる? 冗談はさておき、あれをよく見ておきなさい駄犬。一人の人間が覚醒している瞬間なんて、早々見れるものじゃないわ」
覚醒、そうだ。今のあいつにはそんな単語が似合う。
根暗で地味で、どこか頭のネジが抜けている変人。それでいてあいつの心根は優しい。
あの歪み切った笑みを浮かべる戦闘狂も、きっとクロノなんだ。
この三ヶ月間、色んな人に色んな事を聞いてひたすら努力してきたのを知ってる。寝る間も惜しんでいたのも知ってる。
だから、助けないぜ。
都合いいかもしれねーけど、お前は俺の友達で、立派な冒険者なんだ。
冒険者なら、立ちはだかるその壁をぶち壊してみろ。
お前は勇気を持って踏み出した。お前ならきっと出来る。
「頑張れよ、クロノ」
俺は無意識に呟いていた。




