振り返ると、
振り返ると、
皆、
私をひとりの人間として、見ていなかった。
でも、
彼らのことを私は、どう見て【-た・-る】んだろうか。
ほんとうに、
一人一人のことを、解ろうとしていただろうか?
答えは、ノー。
ある程度知ったつもりで、知らなかったこともたくさんある。
作為は、少なかった、はず。
けれど、
心をつかみたくなるくらい知りたくはなかった。
そうなりかけると、必ずと言っていいほど、逃げてきた。
だから私は、
彼らに「雑に扱われた」のではなく、
雑に扱える距離に、自分を置いていたのだと思う。
踏み込まれないように。
踏み込みすぎないように。
ちょうどいいところで止まれるように。
それは、優しさじゃない。
臆病さだ。
誰かを深く知るということは、
同時に、自分も知られてしまうということだった。
相手の歪みや弱さを知れば、
こちらの歪みも、見せざるを得なくなる。
だから私は、
「わかってるよ」という顔だけをして、
ほんとうには、触れなかった。
頼られる位置は、安全だった。
期待される役割は、わかりやすかった。
そこにいれば、嫌われにくかった。
でもその代わり、
誰にも選ばれなかった。
選ばれないというのは、
拒絶されるより、ずっと静かな孤独だ。
理由もなく、説明もなく、
ただ最初から数に入っていない。
私はそれを、
「大人だから」
「波風を立てない性格だから」
そんな言葉で、丁寧に包んできた。
違う。
近づかれたくなかっただけだ。
安く見られるほうが、
深く見られるより、怖くなかった。
だから私は、
やすい人でいることを、
どこかで選んでいた。
それでも今は、
その選択を、もう続けられない。
人として見られない痛みより、
人として見られる怖さのほうを、
引き受けようとしている。
たぶん、
それが、
私がやすくなくなる、最初の一歩だ。




