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〈ある人〉無明。

 第三節 無音


 目覚ましは、鳴らなかった。


 正確には、鳴らした記憶がない。

 いつもと同じ時間に目は覚めたのに、起き上がる理由が見つからなかった。


 カーテンの隙間から、朝の光が入ってくる。

 天気は悪くなさそうだった。

 それが、妙に腹立たしかった。


 スマートフォンを手に取る。

 通知は、ない。


 昨日も、なかった。

 その前の日も。


 指が、無意識に画面を下へ引っ張る。

 更新されないことを、知っているのに。


 連絡先は、そのまま残っている。

 消されてもいない。

 ただ、使われていないだけだった。


 名前はあるのに、役割がない。

 それが、こんなに静かな状態だとは思わなかった。


 キッチンで湯を沸かす。

 ケトルの音が、やけに大きく響く。

 沸騰した瞬間、反射的に火を弱める。

 誰に配慮したのか、自分でも分からない。


 カップにインスタントコーヒーを入れる。

 スプーンで混ぜる音が、少しだけ長く残る。

 その音が消えるまで、じっと待ってしまう。


 もう、急ぐ必要はないのに。


 平日の午前中、外は意外と騒がしい。

 工事の音、子どもの声、車の走行音。

 世界は、わたし抜きで問題なく回っていた。


 カレンダーを見る。

 空白ばかりだ。


 予定が消えたのではなく、

 わたしのほうが、予定の対象から外された。


 ニュースをつける。

 知っている話題が流れる。

 かつて関わっていた分野の話も出てくる。


 画面の中で誰かが言う。

 「関係者によると——」


 その「関係者」に、

 もう、ワタシはいない。


 昼になっても、お腹は空かなかった。

 それでも、何かを食べないと、時間の区切りがつかない。


 冷蔵庫を開け、

 昨日の残り物を温める。


 電子レンジの「チン」という音に、少し驚く。

 この部屋で、音を出す存在が、自分だけになったことを思い出す。


 食べながら、

 ふと、あの会議室のことを思い出す。


 空調の音。

 紙をめくる音。

 ペンが机に当たる音。


 あのときは、うるさいと思っていた。

 今は、少しだけ、恋しい。


 夕方になる。

 外がオレンジ色に変わる。


 「お疲れさま」と言われる時間帯だ。

 言われる相手がいないだけで、

 時間そのものは、ちゃんと流れてくる。


 夜、照明を落とす。

 部屋は、必要以上に広く感じる。


 誰にも見られていないのに、

 ソファの端に座ってしまう。


 癖は、役割より長生きだった。


 眠る前、スマートフォンを見る。

 やっぱり、何もない。


 あぁ、そうなんだ……ふぅん。


 声に出してみると、

 その言葉は、思っていたよりも軽かった。


 相槌は、もう必要ない。

 聞く相手が、いないから。


 それでも、

 明日も、たぶん同じ時間に目は覚める。


 何も起きない一日が、

 また、ひとつ増えるだけだ。

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