第9話 静かに動く歯車
商会での仕事が始まって、三度目の護送任務だった。
内容は、いつもより少しだけ重い。
「今回は、王都行きだ」
責任者がそう告げたとき、
周囲の空気がわずかに引き締まった。
「積荷は医療物資。
量も多いし、期限も厳しい。
何より――」
男は一度言葉を切る。
「これは、王国直轄の案件だ」
俺は、静かに頷いた。
つまり、失敗は許されない。
損失が出れば、商会だけでなく、
王国全体に影響が及ぶ。
「通常なら、勇者パーティか、
それに準ずる戦力を付ける案件だ」
男の視線が、俺に向く。
「だが今回は、
君の判断力を優先したい」
その言葉に、周囲がざわついた。
戦力よりも、判断。
それが、何を意味するか。
俺には、よく分かっていた。
出発前、王国の役人が一人、商会を訪れた。
年配の男で、無駄な動きが一切ない。
「今回の件、
進路と危険管理を一任すると聞いている」
「ああ」
責任者が答える。
「こちらの支援術師、アルトが担当する」
役人は、俺をじっと見た。
「……一人で?」
「必要なら、護衛は付ける」
責任者が言う。
「だが、彼が『要らない』と言った区間には、
人も馬車も入れない」
役人は、少しだけ目を細めた。
「随分と思い切った判断だな」
「彼が関わる限り、
事故が起きていない」
その一言で、役人は黙った。
それが、現場での評価だった。
俺は地図を広げ、進路を引き直す。
「この谷は使わない」
「遠回りになるが?」
「三日前から、魔力の滞留が起きている。
崩落の兆候もある」
「報告は上がっていないぞ」
「だから、避ける」
理由はそれだけで十分だった。
結果は――完璧だった。
予定より半日遅れたが、
被害ゼロ。
遅延も、想定内。
医療物資は、すべて無事に王都へ届いた。
報告書を提出した翌日、
俺は呼び出しを受けた。
相手は、あの役人だった。
「今回の件だが」
机越しに、淡々と告げられる。
「王国として、非常に評価している」
紙を一枚、差し出された。
そこには、簡潔な一文が記されていた。
“当該支援術師の判断により、
王国物流における損失リスクが著しく低減された。”
派手な称賛はない。
だが、それで十分だった。
これは――
公式記録だ。
「今後、似た案件が増えるだろう」
役人はそう言って立ち上がる。
「君の名は、
すでに内部で共有されている」
俺は、軽く頭を下げた。
「……承知した」
その日の夜、商会の責任者が酒を持ってきた。
「正直に言おう」
男は笑う。
「君は、もう“一商会の支援術師”じゃない」
「……そうか?」
「ああ」
はっきりと、そう言った。
「王国は、
戦える人間よりも、
失敗しない人間を必要としている」
その言葉を聞いて、
俺はようやく理解した。
自分の立っている場所が、
もう以前とは違うということを。
そして同じ頃――
勇者パーティは、
「王国直轄案件から外された」理由を、
まだ知らなかった。
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