第37話 戻る判断、離れる判断
制度は、すぐには変わらなかった。
中央判断の集約も、
正式に撤回されたわけではない。
それでも――
何かが、静かに動き始めていた。
「例外規定、ですか」
官僚が読み上げる。
「一定条件下では、
現場判断を優先してよい、
と」
文面は慎重だった。
中央の権限を否定しない。
だが、
現場が“考える余地”だけは残す。
「……随分、
曖昧ですね」
誰かが言う。
「ええ」
最初に会った官僚が、
苦笑した。
「ですが、
あえてです」
判断を明文化しすぎると、
また黙る。
だが、
何も書かなければ、
誰も動かない。
その間を、
探っている。
完璧じゃない。
だが、
第35話の失敗を
そのままにしない形だ。
外縁部。
かつてアルトのもとで学んだ者たちは、
少しずつ、
“戻り始めていた”。
「……中央に確認、
入れます?」
若い見回り役が、
仲間に聞く。
返ってきたのは、
すぐの答えではない。
「状況次第だな」
その一言が、
以前との違いだった。
結果として、
現場判断が行われる。
被害は、出なかった。
だが、
中央の記録には
こう残る。
現地判断により、
被害発生せず。
成功でも、
失敗でもない。
だが――
沈黙ではなかった。
俺は、
その報告を
少し離れた場所で読んでいた。
関与はしていない。
指示もしていない。
だが、
考え方は、
確かに残っている。
「……全部は、
戻りませんね」
官僚が、
正直に言った。
「ええ」
俺も、
正直に答える。
「戻る必要も、
ありません」
中央判断には、
中央判断の価値がある。
現場判断には、
現場判断の速度がある。
どちらか一方が
正解になる世界は、
存在しない。
「あなたが、
席に座っていれば……」
官僚が、
言いかけて、
口を閉じた。
俺は、
その続きを
分かっている。
だが、
言わせない。
「俺が座らないことで、
残る判断もあります」
それだけ言った。
官僚は、
ゆっくり頷いた。
理解ではなく、
受け入れだった。
夕暮れ。
外縁部の地図を、
俺は静かに畳む。
線は、
増えていない。
だが、
空白は、
完全には戻っていない。
それでいい。
戻る判断。
離れる判断。
どちらも、
間違いじゃない。
間違いになるのは、
どちらかしか
選べなくなった時だ。
それを、
世界はまだ覚えている。
だから――
致命的な失敗は、
もう起きない。
少なくとも、
今は。
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