第36話 俺は、その席に座らない
正式な要請は、
書面で届いた。
回りくどい表現はない。
中央判断役としての就任を要請する。
それだけだ。
会議室に集まった官僚たちは、
全員、真剣な顔をしていた。
怒りもない。
焦りも、表には出ていない。
ただ――
本気だ。
「あなたが中央にいれば、
判断は詰まりません」
最初に話した官僚が、
真っ直ぐこちらを見る。
「現場も、
安心します」
その言葉に、
嘘はなかった。
俺は、少しだけ考える。
断る理由を、
探しているわけじゃない。
どう伝えれば、
誤解が少ないかを考えている。
「……一つ、
確認していいですか」
官僚が頷く。
「俺が中央に座った場合、
現場はどうなります?」
「判断を仰ぎます」
即答だった。
想定通りだ。
「それが、
一番の問題です」
俺は、静かに言った。
「俺が座るほど、
現場は黙ります」
会議室が、
静まり返る。
「あなたは、
信頼されています」
官僚は、
真剣に言う。
「だからこそ、
あなたの判断に
皆が従う」
「……ええ」
否定しない。
それが事実だからだ。
「ですが」
言葉を続ける。
「それは、
現場が考えなくなる
ということです」
誰かが、
息を呑んだ。
俺は、
第35話の報告書を机に置く。
「この失敗は、
誰の責任でもありません」
「制度も、
あなた方も、
正しかった」
だからこそ、
視線が集まる。
「それでも失敗が起きたのは、
誰も判断しなかったからです」
言葉は、
責めるためじゃない。
確認だ。
「俺が中央に座れば、
この“誰も判断しない時間”は
もっと増えます」
官僚の一人が、
苦しそうに眉を寄せる。
「……ですが、
あなたがいなければ」
「ええ」
そこで、
言葉を遮る。
「完璧には、
なりません」
はっきり言い切る。
「失敗は、
これからも起きます」
「小さな被害も、
ゼロにはならない」
沈黙。
だが、
誰も反論しない。
「それでも」
俺は、
最後にこう言った。
「現場が考え続ける限り、
致命的な失敗は起きません」
それが、
俺の結論だ。
官僚は、
しばらく黙り込み――
やがて、ゆっくりと頷いた。
「……分かりました」
その声には、
諦めではなく、
理解があった。
「あなたは、
この席に
座らないのですね」
「はい」
即答だった。
会議室を出る時、
背中に声がかかる。
「では、
あなたは
何をするのですか?」
俺は、
振り返らずに答えた。
「……座らない判断を、
これからも
続けるだけです」
中央判断役の席は、
空いたままだ。
だが――
判断が消えたわけじゃない。
それを、
誰よりも分かっている。
だからこそ、
俺はその席に座らない。
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