第34話 アルトの名前が使われる
違和感は、
書類の端にあった。
中央判断室から回ってきた、
新しい運用指針。
ページをめくる手が、
ふと止まる。
《アルト式判断基準(暫定)》
俺は、
その文字列をじっと見つめた。
「……いつの間に?」
思わず、声が漏れる。
説明役の官僚が、
少しだけ申し訳なさそうに言った。
「現場で使われていた
判断方法を、
整理したものです」
「名前は……」
「便宜上です」
悪気は、ない。
むしろ、
配慮のつもりだ。
“実績のある人間の名を借りる”
制度設計としては、よくある話。
だが、
中身を読むにつれ、
胸の奥が重くなっていく。
判断は中央が行う
現場判断は例外扱い
違和感報告は要整理
言葉は、
俺が使ったものに似ている。
だが、
意味が違う。
「……これは」
俺は、
正直に言った。
「俺のやり方じゃない」
官僚は、困ったように眉を下げる。
「ですが、
あなたの発言や行動を
参考にしています」
それが、
一番きつい。
“誤解されたまま使われる”
それほど、
厄介なことはない。
外縁部から、
遅れて届いた報告。
判断は《アルト式》に従い、
現地判断は見送った。
被害は小さい。
だが、
避けられた可能性が高い。
俺は、
紙を強く握った。
「……現場は、
これをどう受け取ると思います?」
官僚に、問いかける。
「“アルトがそう言った”
という形で、
判断を止める」
それは、
俺が一番避けてきたことだ。
「あなたの名前があると、
現場も安心するのです」
官僚は、
善意でそう言った。
「責任の所在が、
明確になりますから」
その瞬間、
はっきり分かった。
これは、
俺を守る制度ではない。
現場を守るために、
俺が“盾”にされている。
俺は、
静かに首を振った。
「……その使い方は、
やめてください」
官僚が、驚いた顔をする。
「なぜです?」
悪意のない問いだ。
だからこそ、
言葉を選ばない。
「俺の名前がある限り、
現場は考えなくなる」
「判断は、
名前を持った瞬間に、
思考を止める」
会議室に、
重い沈黙が落ちた。
官僚の一人が、
小さく呟く。
「……では、
どうすれば?」
俺は、
即答しなかった。
ここから先は、
“助言”ではない。
選択だ。
その夜。
俺は一人で、
外縁部の地図を見ていた。
第2部で生まれた、
あの“ざわつき”。
考える現場。
喋る現場。
それが、
俺の名前で
黙らされている。
こんな形で、
残したかったわけじゃない。
この時、
俺は決めた。
この制度には、
俺は座らない。
利用されるくらいなら、
距離を取る。
それが、
俺にできる唯一の責任だ。
アルト式判断。
それは、
俺の思想を
一番歪める形だった。
だからこそ――
ここから先は、
黙ってはいられない。
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