第33話 現場が黙る
変化は、音もなく進んだ。
怒りも、反発もない。
抗議文が出ることもなかった。
ただ――
報告の量が減った。
「……最近、
現場からの連絡、
少なくないですか?」
若い官僚が、
資料をめくりながら言う。
「数字上は、
問題ありません」
別の官僚が答える。
「被害件数は、
むしろ減少しています」
それも、事実だ。
だから、
誰も強く言えない。
だが、
俺には分かる。
これは、
良い兆候じゃない。
「……質問があります」
俺は、静かに口を開いた。
「最近の報告、
“違和感”が減っていませんか?」
官僚たちが、
顔を見合わせる。
「具体的には?」
「確証のない情報です」
そう答える。
「曖昧な気配、
確信の持てない兆し」
「そういったものが、
ほとんど上がってきていない」
「それは、
良いことでは?」
官僚の一人が言う。
「情報の質が、
向上している」
その認識は、
理解できる。
だが――
「違います」
俺は、首を横に振る。
「現場が、
判断を諦め始めている」
会議室が、静まった。
数日後。
外縁部から、
一通の遅れた報告が届いた。
内容は、小さな被害。
人命はない。
だが、
明らかに――
避けられたものだった。
「なぜ、
早く報告しなかった?」
中央からの問い合わせに、
現場はこう答えた。
判断基準が分からず、
報告を控えました。
その一文を読んだ瞬間、
胸の奥が冷えた。
「……控えた、か」
誰かが、
小さく呟く。
責任回避でも、
怠慢でもない。
萎縮だ。
中央の判断が、
正しすぎる時。
現場は、
間違えなくなる。
だが同時に、
考えなくなる。
俺は、
地図を広げた。
第2部で、
線を引かなかった場所。
そこに、
再び空白が戻り始めている。
「……同じだ」
かつて、
判断が届かなかった頃と。
形は違う。
だが、
結果は同じだ。
「現場が、
喋らなくなっています」
俺は、
会議室で言った。
「正確には、
黙ることを選んでいる」
官僚の表情が、
硬くなる。
「我々は、
黙らせるつもりなど――」
「分かっています」
俺は、
すぐに遮った。
「善意です。
全員が」
だからこそ、
問題なのだ。
判断を集める。
判断を洗練させる。
その先にあるのが、
沈黙だとは、
誰も思わない。
だが、
現場は正直だ。
間違えたくない。
怒られたくない。
だから――
喋らない。
この時点で、
制度はまだ壊れていない。
だが、
音が消え始めている。
音が消えた組織は、
必ず遅れる。
それを、
俺は知っていた。
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