第30話 善意でできた会議室
会議は、思った以上に穏やかに進んだ。
怒号も、
詰問も、
責任の押し付け合いもない。
資料は整理され、
議題は明確で、
全員が目的を共有している。
――国を、より良くする。
それだけだ。
「外縁部の安定は、
数字で見ても明らかです」
官僚の一人が、
淡々と説明する。
「被害件数は、
前年比で六割減」
「対応までの平均時間も、
大きく短縮されています」
別の官僚が続ける。
どれも、
嘘ではない。
誇張もない。
だからこそ、
話が進んでしまう。
「この成功例を、
国全体に広げたい」
最初に話していた官僚が、
視線をこちらに向ける。
「個人の勘や経験に頼らず、
再現可能な仕組みとして」
言葉は、
第2部で俺が使ったものと
よく似ていた。
だが、
使いどころが違う。
「そこで、
判断を集約する」
別の官僚が、
図を示す。
中央に、大きな円。
そこから、線が伸びている。
「現場の情報をすべて中央に集め、
最適解を返す」
「判断の質は、
飛躍的に向上します」
理論上は、
完璧だ。
「……質問があります」
俺は、手を挙げるでもなく、
静かに口を開いた。
「その中央判断が、
間に合わなかった場合は?」
官僚は、即答する。
「間に合うよう、
人員を配置します」
「それでも?」
一瞬の間。
「……優先順位を、
明確にします」
正しい。
だが、
それは同時に――
「切り捨てる判断ですね」
会議室が、少しだけざわつく。
「切り捨てる、
という表現は――」
「正確です」
俺は、言い切った。
「優先順位とは、
後回しを決めることだ」
誰も反論しなかった。
反論できない。
「現場は、
“後回し”を判断できなくなります」
俺は、ゆっくり続ける。
「判断を預けると、
考えなくなる」
それは、
責める言葉ではない。
現実の話だ。
「ですが」
最初の官僚が、
穏やかに言う。
「現場判断には、
ばらつきがあります」
「誤判断もある」
「被害が出ることもある」
すべて、事実だ。
だからこそ、
彼らは善意なのだ。
「……俺は」
俺は、少し言葉を選ぶ。
「外縁部で、
“誤判断”を見てきました」
官僚たちが、耳を傾ける。
「だが、その誤判断は、
次の判断を速くします」
会議室が、静まる。
「判断を集めると、
誤判断は減る」
俺は、図の中央の円を見る。
「だが、
判断そのものが遅くなる」
それが、
今日一番伝えたいことだった。
会議の終盤。
官僚の一人が、
ぽつりと言った。
「……我々は、
悪いことをしているのでしょうか」
その問いに、
俺は即答した。
「いいえ」
きっぱりと。
「あなた方は、
本気で国を守ろうとしている」
それは、疑いようがない。
「だからこそ」
少しだけ、
声を落とす。
「この会議室は、
とても危険です」
善意でできた場所ほど、
壊れにくく、
間違いに気づきにくい。
それを、
彼らはまだ知らない。
会議は、
結論を出さずに終わった。
だが、
流れはできている。
判断を、集める。
それが、
“正しそう”に見える限り。
俺は、
席を立ちながら思った。
ここから先は、
説得では止まらない。
現実が、
答えを出すことになる。
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