第26話 判断のネットワーク
変化は、目に見える形では始まらなかった。
新しい施設が建ったわけでも、
人員が増えたわけでもない。
ただ、
やり取りの中身が変わった。
「……この報告、
前より分かりやすいですね」
集落に隣接する別の集落から届いた書簡を、
現地責任者が読み上げる。
「被害は出ていないが、
違和感が三点ある、と」
紙には、簡潔な箇条書き。
夜間の獣の移動が増加
人通りの偏り
風向きの変化
どれも、
**第22話で教えた“集めるべき情報”**だった。
「……誰が書いた?」
「向こうの見回り役です。
判断は、こちらに委ねると」
俺は、静かに頷いた。
答えを出させない。
判断を奪わない。
だが、
考え方は共有されている。
俺は、簡単な返書を書いた。
結論は書かない。
代わりに、
問いを二つだけ添える。
それぞれの違和感は、同時に起きているか
人の動線と、獣の動線は重なっているか
それだけだ。
二日後。
返答が届く。
「……来ました」
若い伝令役が、少し興奮気味だ。
「向こうで、
夜間の移動を減らしたそうです」
「判断は?」
「彼ら自身で」
結果――
被害なし。
また一つ、
**“何も起きなかった日”**が増えた。
このやり取りは、
王都を経由していない。
商会も、
ギルドも通さない。
現場と現場が、
直接つながっている。
「……これって」
中年兵が、ぽつりと呟く。
「もう、
王都の判断を待つ必要がないんじゃ……」
俺は、首を横に振る。
「待たなくていい、とは言わない」
慎重に、言葉を選ぶ。
「だが、
待たなくてもいい判断がある」
それだけだ。
地図を広げる。
線は引かない。
だが、
複数の地点を指でなぞる。
「ここ、ここ、ここ」
点と点。
「この間で、
判断が行き来している」
目に見えない線。
だが、
確かにつながっている。
夜。
俺は、
最初に書いた提案書を思い出していた。
「判断役は、一人である必要はない」
それは、
理想論ではなかった。
実例が、今、目の前にある。
若い伝令役が、
焚き火の前で言う。
「……俺、
前より怖くなくなりました」
「なぜ?」
「全部を背負ってないからです」
俺は、少しだけ微笑んだ。
「それが、
ネットワークだ」
判断のネットワーク。
それは、
誰かが指揮する組織ではない。
命令系統でもない。
考え方が、
横に広がっていく構造だ。
中央が止まっても、
現場は動く。
誰かが抜けても、
判断は残る。
この時点で、
俺はもう理解していた。
この仕組みは、
王国の外縁部だけのものでは終わらない。
だが――
それを急ぐ必要はない。
今はただ、
失敗を一つずつ、
起こさなくしていくだけでいい。
それが、
判断役としての、
次の段階だった。
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