第18話 失敗は、誰の責任でもない
集落の会議所は、質素だった。
古い木の机と椅子。
壁には、過去の災害記録が簡単に書き留められている。
豪華さはない。
だが、ここで生きている人間の時間が、確かに積み重なっていた。
「……これが、直近三年分の記録です」
現地責任者が差し出した帳面を、俺は受け取る。
被害の内容。
発生時刻。
対応までに要した時間。
どれも、丁寧に書かれていた。
「ちゃんとやってるな」
思わず、そう口にした。
責任者は、少しだけ驚いた顔をする。
「……叱責されると思っていました」
「なぜ?」
「王都から来る方は、
たいてい“なぜ防げなかった”と聞きますから」
俺は、帳面から目を離さずに答えた。
「防げなかった理由は、
すでにここに書いてある」
帳面を指で叩く。
「判断が遅れた。
それだけだ」
責任者は、黙って俺を見ていた。
被害が出た日の流れを、改めて聞く。
「兆候に気づいたのは?」
「前日の夕方です」
「報告は?」
「その日の夜に。
ですが……」
「中央に届いたのは、翌日の昼だな」
責任者が、苦く頷く。
「どうしても、この距離ですから」
距離。
それは、誰の努力でも埋まらない。
馬を使っても、
人を走らせても、
限界はある。
「中央の判断が返ってきたのは?」
「被害が出た、あとです」
それ以上、言葉は必要なかった。
俺は、地図を広げる。
集落。
街道。
森と丘。
どこにも、
“誰かの怠慢”は見当たらない。
「……これは」
指を止める。
「ここが、詰まっている」
報告の集約地点。
中継所。
「ここを通る限り、
判断は必ず遅れる」
責任者が、目を見開いた。
「では、どうすれば……?」
その問いに、
俺はすぐに答えられなかった。
個人の努力では、どうにもならない。
誰かを増やしても、
報告を急がせても、
根本は変わらない。
「……正直に言う」
俺は、ようやく口を開く。
「ここで起きた被害は、
誰の責任でもない」
責任者の肩が、わずかに落ちる。
「だが」
続ける。
「このままなら、
同じことが必ず起きる」
それは、予言でも脅しでもない。
ただの事実だ。
会議所を出たあと、
俺は一人、集落の外れに立った。
夕暮れが近い。
静かな風が吹き、
何事もなかったかのように、
景色は穏やかだ。
――だからこそ、厄介だ。
「失敗は、誰の責任でもない」
その言葉を、心の中で繰り返す。
だが、
責任がないからといって、
被害が消えるわけじゃない。
俺は、珍しく歯を噛みしめた。
怒りではない。
悔しさでもない。
もどかしさだ。
判断できるのに、
届かない。
分かっているのに、
間に合わない。
「……個人じゃ、足りないな」
小さく、そう呟いた。
この仕事は、
俺一人が有能で終わる話じゃない。
――考え方を、広げる必要がある。
この時点で、
俺はまだ方法を知らない。
だが確信だけはあった。
次に同じ被害を出させないためには、
仕組みを変えるしかない。
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