第1話 私と師匠
この世はいつだって理不尽なことが付き物だ。
赤信号を平気で渡る人間に限って、歪んだ正義を信じていたりする。
いじめは絶対ダメだと言い張る人間に限って、いじめやパワハラをしていたりする。
世間から悪者の烙印を押されている人間ほど、真の正義を知っていたりする。
いじめに遭った人間ほど、将来いじめやパワハラをしたりする。
そんな世の中が、私は憎い。
こんな世界、いっそのこと壊してやりたい。
そんなうららかな春の日差しを公園のベンチで浴びながら、私は隣にいる師匠(何者かはあとで後述するので、ここは割愛させてもらいたい)に向かって毒を吐いた。
そしたら師匠は無愛想な顔から一転、破顔すると、にこやかに私を叱った。
「こらこら、そう言うものではありませんよ。世の中、色んな個性を持った人がいます。それにいちいち目くじらを立てては、あなたが疲れてしまいますよ。
それに善悪なんてもんは、私たち人間の尺度では測れませんから」
「ですが、師匠……私は憎くて悔しくてならないのです。
どうしてこの世の中には理不尽なことが付き物なのですか? いえ、どうしてこの世界では理不尽なことがまかり通っているのですか? 理解できません」
「安心しなさい、あなた。私もこの世の中の仕組みという奇怪なものを理解した覚えはありませんから。
……だけどね、そんな世の中を私たちは生きねばならないのですよ」
「そんなのは生き地獄です。だったら、私はそんな下劣な人間どもを一人一人注意していきます」
そこで師匠は口をへの字に曲げると、伸ばした右手で私の怒りを静めるように宙をなでた。
「うん、その気持ちは分かります。ですが、よく考えてごらんなさい」
「何を考えるのですか?」
師匠は氷さえもとかしてしまいそうな温かな笑みを浮かべると、顎をなでた。
「果たして、そんな生き方は楽しいと言えますか?
……いえね、何も私はあなたの意見を否定したいわけではありません。これでも世の中を憎むあなたのことは理解しているつもりです」
「……はい」
私は目から涙がこぼれ落ちるのを隠すため、うつむいた。
師匠の愛のある説法、それはこの言葉で締めくくられた。
「だからこそ、私は思うのですよ。
――生きづらさを抱える少数派のあなたには、そんな世の中をゲームのように捉えることで、面白おかしく人生をプレイしてほしい、とね。
だけどせっかくのゲーム、イージープレイではつまらない。
だったら、多少なりとも難しさのあるハードプレイで最後までゲームをクリアしてみませんか?
……どうでしょう」
私は嗚咽を漏らしながら、何度もうなずく。
昼過ぎの公園では、子どもたちのはしゃぐ声がこれでもかと聞こえていた。
まだこの世の中の穢れを知らない純真無垢な子どもたちの声。
彼らが不条理で理不尽なこの世の仕組みに気づいたとき、一体彼らは何を思うのだろうか。
泣き疲れた私は春の日差しの心地よさに屈服し、隣に師匠がいるのにも関わらず、そのまま目を閉じた。
薄れゆく意識の中、師匠の優しげな声が遠くで聞こえた。
「おやすみなさい、あなた」




