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夜挑予備《Night Gate》

鉄骨の梁に残った雨粒が、照明の熱で細かくはぜる。

ステージ裏、ケーブルの匂いと湿った空気。俺は手すりに触れて温度を見る。冷たい。――夜だ。


「ツバサ、上位挑戦(S帯予備)のプロトコル確認」

クロノがタブレットを示す。

「抑制環境/安全結界/越境出力=『凪』。挑戦側:影山リク(黒刃)。受け側:上位予備“疾風代行”」


「“疾風代行”って誰?」

ヒナタがフードを直す。


「鷺沼シズマ。風道術の刺突特化。

四文字は風牙貫突《Gale Lance》、**旋風脚輪《Cyclone Ring》**など」

リクトがカードをめくる。

「統制指揮=白羽ツバサ。**門番交替《Gate Shift》**三拍、**即時収束《Quick Merge》**三拍、

合図=雷標信号《Bolt Beacon》は線短く」


「救護は出番が無いのが満点。見る→呼ぶ→触る」

アオイが胸元を軽く叩く。


「音は必要分だけ通す」

ユウナの声はいつも通り、短い。


「白羽」

東堂シノがクリップボード越しに目だけ寄こす。

「観客の“風”も負荷と見なす。右半維持、三拍で預け。感想は削る」


霧谷カズマ教官が照明を一度だけ仰ぐ。

「戦技は秩序の上だ。騒ぎにしないを、人前で続けろ」


如月レイナが横目で小さく弧を描く。

「線は短く、拍は確かに。――夜でも鳴らない雷は届く?」


「届かせる。**以静制動《Stillness Reins》**で受け取る」

俺は頷く。



アナウンスが夜気を震わせる。

『これより上位挑戦予備戦――影山リク(黒刃) 対 鷺沼シズマ(疾風代行)。統制指揮:白羽ツバサ』


観客のざわめきが風に乗って膨らむ。

「A流、右半分で細く。――今」

ヒナタの指が一を切る。

「即時収束《Quick Merge》、三拍で」

俺は雷標を短い線で打つ。

一拍:注目/二拍:右/三拍:交替。

「受けた」

影山が前、外周の面が入れ替わる。揺れなし。



夜挑:影 vs 疾風


リングで鷺沼が足首を鳴らす。

「風牙貫突《Gale Lance》、抑制上限で行く。受けだけじゃ死角が作れないぜ」

影山が前足で床を噛む。

「迅影連突《Shadow Flurry》。――受けの速さ、見せてやる」


「通信、『東回廊・人だまり・右半維持・門番→ユウナ』」

俺が打つ。点。

ユウナが滑り、薄い面で列を細く。


風が鳴り、鷺沼の身体が横薙ぎに消える。

「旋風脚輪《Cyclone Ring》」

脚が風の帯となり、影山の肩口を狙い抜く。

影山は半身、剛柔一体《Steel & Flow》で潜って肘を返す。

「――遅い」

肘の刃が風の縫い目に差し込み、回転が一瞬空転する。


観客の声がふくらみ、クロノが即送。

「『南側・ざわ増・右半維持・連絡→生徒会』」

点。

レイナが通路で二拍の右を切る。

(合図が流れを縫い直す)


鷺沼が距離を切り、息を吐く。

「壁にするかと思ったが……お前、受け返すのか」

「“整える”は“勝つ”に届く。――壊すな」

影山の眼が灯る。


二撃目、鷺沼は縦。

「風牙貫突!」

風柱がまっすぐ貫き――結界が軋む。

影山は足幅だけで受け、肘が真芯に触れて力が抜ける。

「受けは攻撃の裏だ」

膝で刺突の返りを殺し、踏み替えの一で逆に押し返す。

鷺沼の靴底がきゅっと鳴って、体幹が折れる。


「……そこまで」

主審の旗が揺れ、ポイント。

鷺沼は肩を回して笑った。

「風が死ぬ瞬間、初めて見た。――認める」


ベル。

『勝者:影山リク。上位挑戦・本戦への進出資格を付与』


影山が拳を握り、人差し指で短く一を切ってこちらを見る。

「白羽、面が揺れない。――次は王者の前だ」



外周の波


掲示前がざわつく。

「ツバサ、王者戦の“場所”が屋外・雨天予備に変更って出た!」

ヒナタが走る。

「風と反響音が増える」

クロノが計測値を出す。

「雷標は線さらに短く、拍は強く」


「門番交替《Gate Shift》、1.6を夜でも維持」

影山が言う。

「俺は勝つ速さで行く。整える速さは任せた」


「救護は出番が無いのが満点」

アオイの声は落ち着いている。


ユウナが夜空を見上げて、ぽつり。

「音、増える。――必要分だけ通す」


「通信、『講堂前・混雑・右半維持・門番→ユウナ』」

俺が短文を回す。点。


そのとき、掲示の下段に異物タグが貼られているのをリクトが見つけた。

「偽タグ。コード他校式」

「騒ぎにしない。――『掲示下・偽タグ・流維持・証拠保存→監査』」

俺が送る。

ユキナが薄氷でタグごと現状保存、東堂が差替指示を出す。

「外部混入。――続行」

(人/場所/言葉/合図、四つを重ねる)



王者の声


梁の上から、乾いた足音。

皇城カイが柵へ手を置く。

「黒刃。上位挑戦・本戦を認める。

場所は屋外二号リング。風と音は増える。秩序は――預かった者が立て」


影山が真っ直ぐに返す。

「受けの速さで前に出る。それが黒刃だ」


皇城は視線だけで俺を射る。

「白羽。整えを勝利に接続しろ。

壊すな。鳴る前に、届かせ」

(鳴らない雷――拍で届かせ、線で縫う)


如月レイナが皇城の影から出てきて、指で短く弧を描く。

「雷標信号、夜は線二割短。一拍強/二拍明/三拍確。――拍で縫うのよ」

「了解。以静制動で受け**、即時収束で繋げる」



夜の小手合わせ(前哨)


「白羽」

鷺沼シズマが外骨なしで近づく。汗を拭い、軽く腰を落とした。

「風牙は受け返された。……君自身とも一往復、いい?」

影山が顎で合図。

「一分。抑制、合図規格内」

東堂が許可を出す。


「始め」

鷺沼が軽い突風を合わせる。

俺は半歩だけ遅らせ、泰山不動《Immovable Peak》で面を立てる。

「――止まる?」

「一で止まる」

以静制動。角を外し、足で逃がす。

鷺沼の目が笑う。

「やっぱり。殴らないのに崩さない。

……“預け”って、誰に?」

「人/場所/言葉/合図。今は――君にも」

俺は雷標を一拍だけ打つ。

――注目。

鷺沼は一瞬だけうなずいた。

「受け取った。……いい整えだ」


主審が手を上げる。

「ここまで」



屋外へ


通路に夜風が流れ込む。

ヒナタが肩で俺を小突く。

「ツバサ、夜園路の曲がり角、二箇所増えたって。右半維持が難になる」

「即時収束を先に出す。門番交替は三拍固定」

俺は答える。


クロノが数字を出す。

「交代1.6を目標。揺れ-24%を夜でも維持」

「救護は出番が無いのが満点」

アオイが軽く拳を合わせる。

「音は必要分」

ユウナの声は変わらない。

リクトが“→”を空に描く。

「“→誰”、切るの忘れずに」


影山が歩き出す。

「行くぞ、“不倒くん”。勝つ速さは俺がやる。整える速さで、壊すな」


「壊さない。鳴る前に届かせる」

俺は雷標の線をさらに短く想像する。

一拍:注目/二拍:右/三拍:交替――夜の中で、拍が細く、それでも確かに。


夜空の端で、雲が裂け、遠い雷が鳴らないまま光る。

(合図は届く。――王者の前でも、壊さない)


明日も立つ。

明後日も立つ。

千度でも、万度でも。

立ち続ける。

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