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16/20

準決勝と指名《Semifinal & Callout》

屋根を叩く雨音が、第二アリーナの鉄骨を伝って低く鳴った。

床は防滑コートが薄く濡れ、灯りは雨にぼやけている。

湿気で観客のざわめきが膨らみ、音が絡みやすい。


「――昼から雨か」

影山リクが右手のテープを締め直す。

「滑る床は“受け”に向いてる。倒れない面、見せてもらうぞ」


「面は俺が作る。受けは任せる」

俺は短く返す。胸の奥の糸を一度だけ張って、緩めた。


ヒナタが指を二度切る。

「導線は右半維持、二列→一列は即時収束《Quick Merge》で三拍。

雷標信号《Bolt Beacon》は線短く/拍はっきり。――鳴らない雷で」

「通信は状況→制約→行動→引き継ぎ先、三行以内」

クロノが要点を落とす。

アオイは救護帯でコートを撫で、「見る→呼ぶ→触る。出番が無いのが満点」と微笑む。

ユウナはレインフードを指で押さえ、「音、通す。必要分だけ」。


東堂シノがクリップボードを掲げた。

「準決勝は安全結界と抑制環境下。越境出力は『凪』で止める。

整え指揮=白羽は試合中も外周統制を保持。――観客が見ている前で、騒ぎにしないこと」

霧谷カズマ教官が短く付け足す。

「戦いは秩序の上にある。忘れるな」


アナウンスが雨に重なる。

『これよりBブロック準決勝――

**影山リク(黒刃) vs 南条(機械研)**を開始します。整え指揮:白羽ツバサ』



準決勝:影と機械


南条は脚部に補助外骨を巻き、背部の小型タンクを軽く叩いた。

「安全規格準拠の圧縮噴射《Burst Jet》、出力は微上限まで。――実験台になってもらう」

影山は手首を回し、小さく顎を引く。

「迅影連突《Shadow Flurry》。――受けられるものなら受けてみろ」


「A流、右半分で細く。――今」

ヒナタの指が一を切る。

俺は外周の門番位置で面を作り、即時収束を三拍で落とす。

一拍:注目/二拍:右/三拍:交替――雷標の線が短く走り、列が吸い込まれる。

「通信、『北十字・収束実施・右半維持・門番→ユウナ』」

点――東堂の受領。


リング内。

南条が圧縮噴射《Burst Jet》で滑走、足先の金属爪が火花を踏む。

影山が半身で受け、剛柔一体《Steel & Flow》でいなす。

「速さは――悪くない」

「受けは――止まらない」

衝角推進《Ramming Drive》が肩口へ突き、影山は一歩だけ後ろへ沈む。

泰山不動《Immovable Peak》に似た受けの沈み。床が低く鳴り、衝撃が逃げる。


観客がざわっと揺れ、ユウナが無音回廊《Silent Corridor》で毛羽立ちを丸める。

「通信、『西回廊・ざわめき増・微通過・維持→生徒会』」

クロノの短文、点。


南条の外骨のゲージが一目盛り黄へ。

「……出力、足りないな」

「足りないのは当て方だ」

影山が懐へ半歩、迅影連突の肘が装甲の死角へ叩き込まれ、南条の体勢が崩れ――

リング際で止まる。

主審の旗が揺れ、結界が火花を飲み込んだ。

ベル。

『勝者:影山リク』


影山は軽く息を吐き、俺の方へ顎をしゃくる。

「面、外周も揺れてない。次――見せろ」


南条は面を外し、息を荒くしたまま俺を見る。

「白羽。……噂通りなら、検証させてくれ。――指名試合だ。“不倒”が、戦場で成立**するのか」

ざわめきが波打つ。

東堂が即座に条件を掲げる。

「特別指名試合(公開)。時間四分、リングアウト負、主審停止/『凪』で中断。

整え指揮は交代で影山。白羽、受けるか」

霧谷の視線が一つ、雨越しに落ちる。

「秩序上の許可は降りる」


「――受ける」

喉の奥で小さく答え、耳栓の袋を確かめた。

(倒れない。壊さない。――預ける)



特別指名試合:白羽ツバサ vs 南条


「ルール再掲」

神楽坂ユイ先生が嗄れない声で指を三度切る。

「攻撃可、抑制環境下。越境出力は『凪』。外周介入なし、合図は規格内。観客は右半で観覧」


レイナが通路の柱にもたれて目だけ寄こす。

「昼の雨でも線は見える? 拍、忘れないで」

「線短く、拍はっきり。――以静制動《Stillness Reins》でやる」

レイナが微かに笑う。

「“鳴らない雷”、届いてる」


アナウンス。

『白羽ツバサ(C) vs 南条(機械研)――開始』


ベル。

南条の足裏が噴き、圧縮噴射《Burst Jet》が雨面を切る。

(最初の一歩で止まる)

俺は足裏を噛ませ、泰山不動《Immovable Peak》の面で正面を受けた。

衝突――来る力だけが逃げ、胸骨の奥をかすめて消える。

(一で止まる。――止まった)


「……嘘だろ」

南条の目が揺れ、即引き。対衝拡散《Impact Scatter》で次の角度へ。

(角度、速さ、圧。――全部“受け口”がある)

以静制動《Stillness Reins》。

半歩、遅らせて斜へ。不撓不屈《Unbending Will》の背骨で流し、足元の水膜で力を殺す。

主審席で旗がかすかに揺れ、安全圏が更新される。


観客が息を呑む音が、ユウナの無音回廊で丸くなっていく。

外周の影山が短く。

「白羽、交代三拍、右半維持」

俺は外周へ雷標を打つ。

一拍:注目/二拍:右/三拍:交替――外周の面が入れ替わり、通路の膨らみが引く。

(預け先は外にも残す)


南条が衝角推進で斜め下から抑え込む。

(下から――膝に来る)

堅忍不抜《Adamant Will》。

膝を抜かず、腰を落とし、肩で面を立て直す。

受け終わりの一息すら乱さない。

雨が眉間を撫で、呼吸が一定で往復する。


「っ……安全ゲージ、黄二……?」

南条のHUDに、熱のしみが増える。

「白羽。受け切るだけなら石でも木でもいい。君は何で受けてる?」

「順番で」

「順番?」

「見る→呼ぶ→触る。状況→制約→行動→引き継ぎ先。――戦いの中でも、同じ」

(面=姿勢、覚悟=預け。壊さない順番は、戦場でも崩さない)


南条が唇を噛み、二段噴射へ移行。

「なら――上限近くまで上げる。圧縮二段《Dual Burst》」

霧谷の視線が主審へ落ち、旗が半上げ。

レイナが通路で線を短く切り、拍を強く示す。

(鳴らない雷――届いた)


(来い)

南条が一直線。

俺は半歩――一で止まり、以静制動で角を外す。

金属の悲鳴が結界に吸われ、外骨の計器が橙へ跳ねた。

警告が耳に刺さる。

「――過熱警報……っ」


観客の前列がざわつき、外周のクロノがすぐ送る。

「『南側・ざわめき増・右半維持・連絡→生徒会』」

点。

ユキナが薄氷で足元の水を浅く固め、滑走角を鈍らせる。

(人/場所/言葉/合図――四つの預けが一枚になる)


南条は肩で荒く息をし、拳をゆっくり下ろした。

「……負けを認める。規則内で最大やっても、君を“倒す”絵が出ない。――これ以上は**“凪”の前だ」

主審の旗が下り、鐘。

雨が拍を数え、観客の音が静か**にほどけた。


東堂が近づき、簡潔に告げる。

「特別指名試合、白羽の勝ち――“敗北宣言”を受理」

霧谷は一言だけ。

「壊さなかった。――良し」


南条は外骨の留め具を外し、うなだれて笑った。

「不可解だよ。殴られた覚えがないのに、敗けを言ってる。……“不倒”って、勝つ側に届くのか」

「届かせる。順番で」

「順番、ね。覚えておく」



雨上がりの通路


影山が紙コップを差し出し、口角で笑う。

「“勝つ速さ”じゃないが、整える速さは最速だったな。一で止まる、三拍で預ける――崩れねぇ」

「受けが速いから」

「言うじゃねぇか」


クロノがタブレットを傾けてくる。

「交代タイム1.6/最大揺れ-24%/観客ざわめき処理=加点/

足元固化の連携=加点/“敗北宣言”記録=特記事項」

アオイが小さく伸びをして笑う。

「救護の出番が無いって、最高の音」

ユウナは雨粒を指で払う。

「面、濡れてもきれい」


レイナが近づき、指で短い線を描いた。

「昼の雨でも線は届いた。次は夜。風も音も増える。――倒れない合図、遠くまで」

「線は短く、拍は確かに。以静制動で受け取る」

「それでいい」


氷川教頭が最後列で一度だけ頷く。

「秩序は、預かった者の沈黙で立つ。今は――見えないままでいい」


通路の端で、皇城カイが足を止める。

「基礎は見せた。戦技の上に乗れ。“不倒”を勝利へ運べ。――壊すな」

背中は、まっすぐ雨の先へ消えた。


控室に入る前、俺は手のひらを見た。

(殴ってない。――それでも、勝ちは残る)

順番を崩さない。

面を乱さない。

預けを怠らない。

合図を届かせる。


明日、夜。

風と音が増える場所でも――

一で止まり、三拍で預け、壊さない。


明日も立つ。

明後日も立つ。

千度でも、万度でも。

立ち続ける。

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