屋外最終《Outdoor Final》
朝、仮バッジの銀糸を指で触る。
(軽い。――重さは自分で乗せる)
耳栓の袋を内ポケットへ。鏡の中の“最弱”に見える顔へ頷いた。立つ。
◇
食堂
「ツバサ、今日が公開最終!」
ヒナタがタブレットを掲げる。
「場所はアリーナ屋外併設ステージ、観客動線は二重環状+連絡通路!」
「風と環境音が増える。
評価は昨日と同じ『戦技/整備/通信/救護/統制』だけど、今日は統制・総合の決定戦」
クロノが要点だけ落とす。
リクトが地図を回す。
「入口C→半円広場→ステージ前→連絡通路→出口Aの楕円ルート。交差点は二箇所。
片側規制区間が一つ。救護ハンドオフはステージ裏」
「私は救護で見る→呼ぶ→触る。出番が無いのが満点」
アオイが紙コップを包む。
「音、必要分だけ通す」
ユウナは短く。
「非常停止キーワードは**『凪』**。越えたら言う」
ヒナタが指折り確認。
(凪は最後。――使わずに通す)
◇
屋外ステージ裏・ブリーフィング
霧谷カズマ教官が風の向きを見る。
「公開最終。風圧・騒音・視線は負荷だ。異能は微弱出力。越えたら『凪』。
“整える”の合図は声/手信号/視覚ビーコン。乱用しない」
東堂シノがクリップボード。
「通信規則・上級:状況→制約→行動→引き継ぎ先。
『広場西・人だまり・右半維持・門番→B』――感想は削る」
神楽坂ユイ先生が指で空を三回切る。
「雷標信号《Bolt Beacon》は三拍。一拍:注目/二拍:右/三拍:交替。光は線、音は微。壊さない」
レイナが横目で。
「昼だと光が薄い。線を短く・拍をはっきり。――できる?」
「やる。預けの合図に」
「いいね」
氷川シオン教頭が締める。
「秩序は預かるもの。預かれないなら、預け先を示せ。――以上」
アナウンスが響く。
『これより**審査会・二次公開最終「統制・総合」**を開始します』
観客の波がざわめきを上げ、風が布をはためかせた。
◇
第一区画:入口C〜半円広場(交差導線)
先導=ヒナタ。門番A=俺。門番B=影山リク。通信=クロノ。
後衛=ユウナ。救護=アオイ。記録=リクト。
入口Cから観客の列が流れ込む。風が右から左へ。
「A流、右半分で細く」
ヒナタの指が一を切る。
「B流、二拍遅れで広く」
クロノの拍が足元へ落ちる。
俺は面を作り、肩で押さずに胸で受ける。
影山が向こうで顎を引く。
「三拍、合わせろ」
「預ける」
一拍:注目――天井フレームの線が点く。
二拍:右――右の薄線が伸びる。
三拍:交替――俺が半歩下がり、影山が前。**門番交替《Gate Shift》**完了。
「受けた」
前列の保護者が写真エリアへ寄りすぎる。
ユウナが滑って薄い面を作る。
「一列。――こちら」
声は小さいのに通る。列が自然に細る。
「通信、『広場東・人だまり・右半維持・門番→ユウナ』」
俺が打つ。
「受領」――東堂の点。
リクトが低く。
「風速、東から3m。旗が右へ倒れ気味」
「右半維持、光線短く」
クロノが拍を二度落として調整。
コロン――
広場の端から風船が飛び、導線の縁を転がる。
「転がり物・右縁」
リクトの報告。
「塞ぐ/通す。――右半維持」
俺が胸の面で吸収し、足を止めずに流す。
「通信、『広場東・転がり物・右半維持・回収→監査』」
点。係員が回収へ。
観客席のひそひそ。
「今の、止まらなかった」「門番が壁にも橋にもなるんだな」
(見せるためじゃない。壊さないために短く)
ベル。第一区画終了。
◇
第二区画:ステージ前(片側規制+交差)
ステージ正面の幕が風でふくらむ。
係員がロープを押さえる。
「右側通行維持。――今」
ヒナタの指示。
俺は右側の面を広げ、影山は左の受けに回る。
クロノの拍が落ちる。
「光薄い」
レイナが眉を寄せる。
「線、短く。拍、はっきり」
俺が二拍で右、三拍で交替を示す。雷標信号《Bolt Beacon》は微。
「受けた」
影山の入りが速い。1.6に近い。
その時、上で「バサッ」。
ステージ脇の横断幕の端が外れて垂れる。
観客席がざわっと膨らむ。
(落ちれば危険)
「証拠保存→監査。――頭上注意」
俺は声を削って通信。
『ステ前西・幕弛み・頭上注意・維持→監査』
ユキナがすぐ来て、薄氷で弛みを仮固定。
「落下防止・現状保存。――通せ」
声は冷たいが、通る。
「右三・左二の比率で緩め」
クロノの拍が細くなる。
列は止まらない。
アオイが救護位置で見る姿勢。
「危険域、通過。救護、待機」
ベル。第二区画終了。
◇
第三区画:連絡通路〜出口A(救護ハンドオフ/通信試験)
連絡通路は狭く、風が通り抜ける。
観客の声が重なり、ざわめきが増幅する。
「音、通す」
ユウナが無音回廊《Silent Corridor》を微で通し、ざわめきの毛羽を丸める。
通路中央、見学の一年がしゃがみ込みかける。
「怖い……」
声が震える。
「ここに立つ。――通れる」
俺は半歩前へ。面で塞ぎ、通す。
「通信、『連絡通路・一時詰・右半維持・門番→影山』」
「受けた」
影山が半歩前。**門番交替《Gate Shift》**完了。三拍。
その瞬間、上空ビジョンの通信バーが砂嵐。
観客の声が一段上がる。
(ノイズ。――試験だ)
「凪?」
ヒナタが小声。
「不要。右半、維持。――預けを残す」
俺は短文を打つ。
『連絡通路・通信不調・右半維持・連絡→生徒会』
東堂の点。回復。
通路終端で、ベビーカーが係員と重なり、導線が膨らむ。
「後衛→門番」
俺は後方へ預けを宣言。
ユウナが前へ、肩で薄い面を作る。
「一列。――こちら」
ベビーカーが係員に預けられ、側道に誘導。
「通信、『出口手前・ベビーカー誘導・側道通過・誘導→係員』」
点。
(人/場所/言葉に預ける)
ベル。統制・総合(屋外)終了。
◇
控えテント
紙コップの水が、喉を冷たく通る。
影山が壁にもたれ、口角で笑う。
「昼の光でも三拍が読めた。交代1.6、維持したな」
「受けが速い」
「謙遜じゃなく、預け方がはっきりなんだよ。『→誰』って切ってくる」
クロノがタブレットをちょんと叩く。
「交代平均1.7/最大揺れ-24%/幕弛み“騒ぎにしない”加点/
転がり物・ベビーカー対応加点/通信不調時維持加点」
アオイが目を細める。
「出番が無い救護って、満点に近い音がするね」
「音は必要分」
ユウナの一言は、今日も短い。
神楽坂が笑う。
「雷標信号《Bolt Beacon》、線がきれい。――鳴らない雷は上品」
レイナが肩をすくめる。
「壊さない雷って、じつは一番難しいのよ」
こちらを見て、指で小さく弧を描く。
「三拍、崩さなかった。次は距離を伸ばしても崩さないこと」
東堂がクリップボードを閉じ、こちらへ。
「白羽。預けの宣言、明確。人/場所/言葉に加え、合図が機能していた。
――公開最終、統制・総合:通過。評価結果は後刻掲示。騒ぎにしないを人前でやれた。以上」
「……はい」
胸の奥で何かが着地する。
背後で、氷川教頭が風を一度だけ見る。
「風が見えなかった。それでいい」
(見えない秩序。――壊さなかった証拠)
テントの外、皇城カイが横目だけ寄こす。
「整えが基礎を作る。――勝利はその上に立つ」
短く言って去った。
◇
退場導線
「ツバサ、決定戦、通過だよ!」
ヒナタが跳ねる。
「次は序列戦のカード発表。統制の評価が、出場枠に響くって」
「数値は提出済み」
クロノが表示する。
「門番交替《Gate Shift》1.6〜1.8/揺れ-24%/“→誰”の明示率**100%」
「今日の“預け”、きれいだった」
ユウナが小さく頷く。
「救護は出番が無くてよかった」
アオイが息を抜く。
「ベビーカー、良い預け先だったね」
リクトが笑う。
「係員も“人”だもの。預け先」
(預ける。――渡すで終わらず、合図を残す。“整える”は、目立たない光で十分だ)
雲の切れ間で雷が三拍だけ、遠くで光る。
一拍:注目/二拍:右/三拍:交替。
合図は届く。
次は――序列戦のカードへ。
明日も立つ。
明後日も立つ。
千度でも、万度でも。
立ち続ける。