二次公開《Public Stage》
朝、仮バッジを指でなぞる。銀糸の「仮」は軽い。
(重さは、自分で乗せる)
耳栓の袋を内ポケットへ。鏡の中の“最弱”に見える顔へ、短く頷いた。
◇
食堂。
Cテーブルに集合すると、ヒナタがタブレットを高く掲げた。
「ツバサ、審査会・二次は“公開評価”だって! 講堂じゃなくてアリーナ!」
「観客は生徒・教職員・一部保護者。立見エリアあり、写真は監査許可エリアのみ」
クロノが要点を淡々と読み上げる。
リクトが地図を拡大する。
「導線は二重環状。外側が観客、内側が出場者。
“統制・総合”は交差導線+片側規制+救護ハンドオフの複合だって。タイムは十五分」
アオイは紙コップを両手で包み、
「救護は“見る→呼ぶ→触る”。出番が無いのが満点だからね」と笑った。
ユウナは短く、「音、通す。必要分だけ」。
「あと、非常停止キーワードは今日も**『凪』**ね」
ヒナタが指折り確認する。
(凪は最後の手段。――使わずに通す)
◇
アリーナ側通路。
白いテープで導線が描かれ、上空のビジョンに審査レイアウトが出ている。
「開始前ブリーフィング。全員、前へ」
霧谷カズマ教官の低い声。
「二次は公開。観客のざわめきと視線は負荷と見なす。異能は微弱出力。越えたら『凪』。
――“整える”の合図は、声/手信号/視覚ビーコンを使え」
東堂シノがクリップボードを掲げる。
「通信規則・上級を再確認。状況→制約→行動→引き継ぎ先。
今日は“引き継ぎ先”の明示を厳しく見る。『門番→B』『救護→保健』のように。感想は削る」
「了解」
声が揃う。
「最後に合図の統一」
神楽坂ユイ先生が指先で空をなぞる。
「雷標信号《Bolt Beacon》は三拍。
一拍:注目/二拍:右/三拍:交替。――光は線で、音は微。壊さない」
如月レイナが隣で小さく顎を引く。
「“鳴らさない雷”、ちゃんと練習した?」
「使う。預けの合図に」
「いい答え」
氷川シオン教頭が締める。
「秩序は誰のものでもない。守る者が、その瞬間に預かる。――以上」
観客席がざわつき、開会チャイム。
アナウンスが響く。
『これより、**審査会・二次公開評価「統制・総合」**を開始します』
◇
第一区画:交差導線(公開)
先導=ヒナタ。門番A=俺。門番B=影山リク。通信=クロノ。
後衛=ユウナ。救護=アオイ。記録=リクト。
観客のざわめきが、床を細かく震わせる。
「A流、右半分で細く」
ヒナタの指が一を切る。
「B流、二拍遅れで広め」
クロノの拍が足元へ落ちる。
俺は面を作り、押さずに受ける。
影山が向こう側で顎を引いた。
「交代の三拍、合わせろ」
「預ける」
一拍:注目――視覚ビーコンが天井で細く点る。
二拍:右――右側の光線が細く伸びる。
三拍:交替――俺が半歩下がり、影山が前へ。門番交替《Gate Shift》完了。
「受けた」
影山の声は短く、揺れない。列は揺れずに入れ替わる。
客席の前列から、ひそひそ声。
「今のって合図だけで交代した?」
「速っ……」
(見せるためじゃない。壊さないために短く)
十字の角で、立ち見の一年が導線に寄りすぎる。
ユウナがすっと前に滑って、肩で薄い面を作る。
「一列。――こちら」
声は小さいのに、列が自然に細る。
「通信、『北十字・人だまり・右半維持・門番→ユウナ』」
俺が短文を送る。
「受領」東堂の点が灯る。
(人に預ける)
その時――
「矢印、左を指してる」
リクトが素早く指差す。
(誤向……また混ざったか)
「証拠保存」
ユキナが氷の薄刃で矢印を凍らせ現状固定。
俺はすぐ打つ。
『北十字・矢印誤向・右半維持・監査→生徒会』
観客席のさざめきが一段上がるが、すぐ落ちる。
(騒ぎにしない。預けて、面で受ける)
ベル。第一区画終了。
影山が横目で笑う。
「三拍、1.6。維持してんな」
「受けが速いから」
「口が減らねぇ」
◇
第二区画:片側規制+救護ハンドオフ(公開)
理科棟側の渡り廊下。中央に工事コーン、片側規制の想定。
アナウンスが被さる。
『本区画では救護のハンドオフ評価を行います』
「右三、左二で流す。――今」
ヒナタの指示。
俺は右側に面を広げ、アオイは端で見る→呼ぶ→触るの待機。
クロノの拍が短く落ちる。
コロン――。
観客席の端からポスター筒が転がり、導線の縁で止まった。
「転がり物・右縁」
リクトの報告に、俺が短く。
「塞ぐ/通す。――右半維持」
ユウナが無音回廊《Silent Corridor》を微で通し、ざわめきの毛羽を丸める。
俺は屈まず胸で面を作って列を流しつつ、ヒナタが指で迂回の幅を示す。
「通信、『理科前・転がり物・右半維持・回収→監査』」
東堂の点。係員が許可エリアから回収に入る。
(預け先=場所(右半)/人(監査))
先頭列の一人が足元を取られてしゃがみ込む。
アオイがすぐ寄る。
「見る→呼ぶ→触る。――軽度、固定」
「通信、『理科前・軽度捻挫・固定済・搬送待機・救護→保健』」
俺が打つと同時に、桑原先生が保健腕章で前に。
「受けます」
預けが滑らかに決まる。
「門番交替、後衛→前」
列の末端が膨らむ気配に、俺は後方へ預けを宣言。
ユウナが滑るように前へ肩を入れ、俺は一歩下がって受けに回る。
門番交替《Gate Shift》、三拍内。
観客席のざわめきが小さく波打って、また沈んだ。
ビジョンの隅で通信バーが一瞬、砂嵐。
クロノが即時に落とす。
「通信不調・右半維持・連絡→生徒会」
点。回復。
(凪は使わない。騒ぎにしない)
ベル。第二区画終了。
◇
第三区画:交差→片側→救護の短縮連結(公開)
「最後、連結パート。三分で三手」
神楽坂の声がスピーカーから落ちる。
俺は呼吸を一つ整え、レイナに目で合図。
彼女は指先で小さく弧を描く。
雷標信号《Bolt Beacon》――一拍注目/二拍右/三拍交替。
光の線だけが天井を走り、観客のざわめきが一拍遅れで静まる。
(合図は預けの印。――遠距離にも届く)
「A流細く/B流広く。――交代」
三拍。
俺と影山が入れ替わり、列の揺れが出ない。
「右側通行維持。――今」
片側規制へ転換。
「救護→保健。――ハンドオフ」
固定具が締まり、担架の取っ手が同じ高さで上がる。
(背で持ち、腕で支える。崩さない)
ベル。統制・総合、終了。
アナウンスが重なる。
『「統制・総合」公開評価を終了します。観客の皆さまは誘導に従い退場してください』
◇
控え通路。
紙コップの水が喉を流れる音まで、今日は静かに感じる。
影山が壁にもたれて、口角だけ動かした。
「三手、滑りよかったな。“交代→右→救護”」
「合図が届いた」
「雷女の線は反則気味だが、微ならセーフだ」
レイナが肩をすくめる。
「壊さない線は反則じゃないでしょ。鳴らしてないし」
クロノがタブレットを傾けた。
「交代タイム平均1.7/最大揺れ-23%/誤掲示対応=加点/転がり物=加点/
通信不調時の維持=加点。数字は出てる」
「数字、安心する」
アオイが小さく笑う。
ユウナは短く、「面、きれい」。
通路の奥、氷川教頭と東堂が短く言葉を交わし、こちらに歩いてくる。
東堂がクリップボードを閉じた。
「白羽。預けの宣言、明確。合図も短い。――二次・統制総合、通過。公開最終(決定戦)に招集する」
「……はい」
喉の奥で、何かが静かに着地した。
氷川教頭が視線を一度だけ巡らせる。
「秩序は、守ったときだけ見えなくなる。――今は、見えなくていい」
(見えない秩序。――壊さなかった証拠)
通路の端、皇城カイが立ち止まり、こちらを一瞥する。
「“整える”は前座ではない。勝利の基礎だ」
それだけ言って去った。
(基礎。――土台でなら、いくらでも立てる)
◇
夕刻、アリーナ外の風。
ヒナタが弾む声で肩を突く。
「ツバサ、公開最終だよ! 次は屋外併設ステージだって!」
「屋外……風と音が増える」
クロノが短く分析する。
「雷標信号、距離調整が必要」
レイナが頷く。
「線を短く、拍を確かに。倒れない合図を、もっと遠くへ」
「通信は状況→制約→行動→引き継ぎ先、忘れない」
リクトが指で順番を描く。
「救護は出番が無いのが満点」
アオイが手のひらで空のコップを温める仕草。
「音は必要分だけ」
ユウナの一言は、今日も短い。
(預ける。渡すで終わらず、合図を残す。“整える”は、目立たない光で十分だ)
夜の雲が低く、遠くで雷が三拍だけ鳴る。
一拍:注目/二拍:右/三拍:交替。
合図は届いた。
次は――屋外でも、壊さない。
明日も立つ。
明後日も立つ。
千度でも、万度でも。
立ち続ける。