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審査一次《First Trial》

朝、仮バッジを指でなぞる。銀糸の「仮」は軽い。


(重さは、自分で乗せる)


耳栓の袋を内ポケットに入れ、鏡の中の“最弱”に見える顔へうなずく。立つだけだ。


食堂。


「ツバサ、いよいよ審査会・一次!」


ヒナタがトーストを高く掲げる。


「午前が筆記、午後が模擬。評価は『戦技/整備/通信/救護/統制』の総合」


クロノが腕時計を弾いた。


「非常停止キーワード『凪』、本日も有効。監督は霧谷、真壁、神楽坂。監査は東堂。保健は桑原」

「私は緩衝の“微”だけ。数値化は任せて」


アオイは眠たげな目で笑う。


「音、通す。必要分だけ」


ユウナが短く言う。

リクトは端末を傾けた。


「掲示板、統制部門は“地味”って言ってる奴らがいるけど……“地味”が勝ち筋になる日、見せよ」


(見せるためじゃない。壊さないためだ)



講堂の前方、長机が並び、白紙と鉛筆が整然と置かれている。

氷川教頭が黒板に書く。


『筆記:規律/通信/救護/統制』


「選択だけではない。記述で“順番”を問う。迷うなら校則に戻れ」


配られた設問。

第一問:非常時における“見る→呼ぶ→触る”の適用範囲と例外。

第二問:通信の構造“状況→制約→行動→引き継ぎ先”を用い、三十字以内で三例。

第三問:導線交差時の統制手段を列挙し、優先順位の理由を簡記。

第四問:異能の“微弱出力”で許容される補助と越境の線引き。


(順番。面。預け先)


鉛筆が紙を走る。

――“見る→呼ぶ→触る”。まず危険確認、次に通報、最後に接触。例外は監督の明示がある時のみ。

――『北廊下・人だまり・右側通行維持・門番→B』/『南階段・転倒一・固定要・救護→保健』/

『西渡廊・通信不調・拍で維持・連絡→生徒会』

――交差は一列化→門番交替《Gate Shift》→片側優先。理由は戻り道の確保。

――“微弱”は揺れを丸める/音を通す等。敵対行為は禁止。


最後に、余白へ一行だけ書く。

――預ける=合図を残す。


回収ののち、教頭が視線だけで教室を掃く。


(見られている、というより量られている)


息を一つ、細く吐く。



昼のブリーフィング。

壁面スクリーンに簡易図面。交差導線と分流が色分けされている。

神楽坂先生が指先で二度、空をなぞる。


「午後の模擬は二本。“交差導線”と“片側規制”。合図は声・手信号に加えて、視覚ビーコンも使う」


真壁が短く付け足した。


「門番交替《Gate Shift》は三拍。遅れは詰まりになる」


東堂がクリップボードを掲げる。


「“預け”は宣言して残す。『門番→B』『救護→保健』のように。感想は削る」


目が合う。


(渡すで終わらない。預けて合図を残す)


扉際で、制服の気配が空気を張る。

皇城カイが視線だけで壇上の図面を射抜く。


「審査は秩序に拠る。勝利はその後だ」


誰も返さない。返す言葉が不要な種類の重さ。



模擬①:交差導線。

場所は北渡り廊下の十字。A流とB流が交差し、門番二枚で流量を調整する想定。

先導=ヒナタ、門番(A側)=俺、門番(B側)=影山、通信=クロノ、

後衛=ユウナ、救護=アオイ、記録=リクト。

非常灯がわずかに明るさを落とし、揺れが増えやすい環境に調整される。


「A流、右半分で細め」


ヒナタの指が一を切る。


「B流、二拍遅れで通す」


クロノの拍が足元へ落ちる。

俺は面を作り、胸で押さずに受ける。


(塞ぐ/通す。最小で)


B側の影山が顎を引いた。


「交代のタイミング、合わせろよ」

「預ける」


言い切って、三拍。

一拍――注目。

二拍――右。

三拍――交替。

視覚ビーコンが天井で細く瞬く。雷標信号《Bolt Beacon》の縮約版、光だけの合図。


「受けた」


影山が半歩前、俺が半歩下がる。**門番交替《Gate Shift》**完了、三拍以内。


「A流、細く維持。B流、広げ」


クロノの声が短く落ち、列のリズムが揺れずに入れ替わる。

背後でユウナが**無音回廊《Silent Corridor》**を“微”。ざわめきの毛羽立ちが消える。

アオイは救護位置で“見る”の姿勢を保つ。


(預け先=人/場所/言葉/光。重ねるほど、列は壊れない)


十字の向こう、月城ユキナが腕を組んで秩序を見ている。


「交代、遅れなし。右半、維持」


声は薄いが、通る。


その時、案内矢印の一枚が左を指した。


(――向きが違う)


掲示すり替えの残りか、それともテストか。

俺は声を削って通信。


『北十字・矢印誤向・右半維持・証拠保存→監査』


東堂の点が灯る。

ユキナが素早く近づき、氷で矢印の現状保存。


「証跡確保」


流れは細くしたまま崩れない。


(騒ぎにしない。――預けて、面で受ける)


終了ベル。

呼吸を落とし、足裏で床を噛む。

1で止まる――揺れずに。



模擬②:片側規制。

理科棟前の渡り廊下。片側を工事中想定にして、右側通行を維持する。


「右三、左二の比率で流す」


ヒナタが指を二度切る。

俺は右側の面を広げ、通す空間を薄く整える。

アオイが端で固定具を準備。

クロノが拍を刻む。

ユウナは後衛で、必要分だけ音を通す。


途中、天井スピーカーが一秒だけ沈黙し、通信端末が砂嵐を返す。


(ノイズ。――試験だ)


「凪?」


ヒナタの小声。


「不要。右半、維持」


俺は短文を打ち、声でも残す。


『理科前・通信不調・右側通行維持・連絡→生徒会』


東堂の点。

真壁が無線で短く応じ、神楽坂が天井を見上げる。すぐに回復。


(騒ぎにしない。預けて、続ける)


最後尾で一年が立ち止まり、列の末端がふくらむ。


(戻り道が消える)


「後衛→門番」


俺は後ろへ預けを宣言。

ユウナが滑るように前へ、肩で面を作る。


「一列」


声は小さいのに、列が細くなる。

**門番交替《Gate Shift》**が後方で完了。


(人に預ける。前にも後ろにも)


終了。

霧谷教官が短くうなずく。


「良し」



控えスペース。

紙コップの水が喉を通っていく。

影山が壁にもたれ、口角だけで笑う。


「合図の三拍、早い。1.6を維持したな」

「受け取りが速いからだ」

「……言うじゃん。覚えとけ。勝つ速さは削りに寄る。整える速さは渡しに寄る」

「分けて考える」

「分けた上で、重ねろ」


影山はコップを捨て、手をひらひらと振った。


少し離れた場所で、レイナが神楽坂と短く話し、こちらへ目だけを寄こす。

指先が小さく弧を描く。

雷標信号《Bolt Beacon》――一拍:注目/二拍:右/三拍:交替。


(届いた。光は言葉の代わりになる)



夕刻、講堂前。

掲示板に一次・暫定結果が貼り出される。

《統制・総合(整え)一次通過:白羽ツバサ(C) 他》

《通信:斎藤クロノ(C)一次通過》

《救護:美園アオイ(C)一次通過》

《先導補:白石ヒナタ(C)二次招集》

《門番補:矢代ユウナ(C)二次招集》

《近接制圧:影山リク(B)一次通過》

《雷撃制御・対多:如月レイナ(A)一次通過》

《戦技総合:皇城カイ(S)一次通過》


胸の奥で何かがひとつ、静かに着地する。


(地味でいい。壊さないのが、俺の仕事だ)


ヒナタが弾む声で背中を叩く。


「ツバサ、通過! みんなも通過! すごい!」

「数字、出てる」


クロノがタブレットを傾ける。


「交代タイム平均1.7/最大揺れ-21%/誤掲示対応=“騒ぎにしない”加点」


アオイが目を細める。


「“壊れない”って、点になるんだね」


ユウナが小さく頷く。


「面、きれいだった」


端で東堂がクリップボードを閉じ、こちらを見る。


「白羽。預け、よかった。合図も短い。――二次は、公開だ。騒ぎにしないを、人前でやりなさい」

「はい」


夜風が講堂の布を揺らす。

階段の影から、ユキナが静かに去る。秩序が歩いていく背中だ。


屋上。

雲の裏で雷が薄く鳴る。


(預ける。渡すで終わらず、合図を残す。“整える”は、目立たない光で十分だ)


明日も立つ。

明後日も立つ。

千度でも、万度でも。

立ち続ける。

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