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審査会告知《Notice of Trial》

朝、胸ポケットの仮バッジを指で確かめる。銀糸の「仮」は軽い。


(重さは――自分で乗せる)


耳栓の袋を内ポケットに滑らせ、鏡の中の自分に短く頷く。最弱に見える顔だ。

いい。立つには、都合がいい。


食堂。


「ツバサ、でっかいの来た!」


パンを掲げたヒナタが、掲示のスクショを突き出す。


《校内審査会 開催告知/評価項目:戦技/整備/通信/救護/統制(総合)》


「エントリー制だけど、推薦枠もあるって」


クロノが腕時計を弾く。


「日程は三日後。一次は筆記+模擬、二次で公開評価。

監督:霧谷/真壁/神楽坂、監査:東堂、保健:桑原」

「私は記録係しつつ、緩衝の“微”だけ使う。――夢は飾りじゃないから」


アオイが眠たげに笑う。

ユウナはコップを置いて一言。


「音、通す。必要分だけ」

「掲示板は“不倒くん、統制部門で点を取れるの?”で荒れてる」


リクトが肩をすくめる。


(点じゃない。壊さないことが、今日も目的だ)



講堂の壇上。

氷川シオン教頭がチョークで大きく書く。


『審査会』


「審査会は、序列戦の前段だ。評価は力だけでなく秩序にも及ぶ。

――戦技で勝てても、統制を壊す者は推薦しない」


教室の空気がきゅっと締まる。


東堂シノがクリップボードを掲げる。


「**通信規則(上級)**を追加。短文の構造は“状況→制約→行動→引き継ぎ先”。

例:“北廊下・人だまり・右側通行維持・門番→B”」


目が合う。


「白羽。預け先を明示して。――“渡す”で終わらせない」


(預ける。昨日の続きだ)


霧谷カズマ教官は余計な言葉を足さない。


「一次の模擬は校内。異能は微弱出力。越えたら『凪』」


桑原マコト先生がにこり。


「“壊さない”のが最優先。救護は出番が無いのが満点」


壇の陰から、制服の黒が一歩。

皇城カイ――王者。

姿勢だけで空気が変わる。


「統制も評価されるのは良いことだ。勝利は秩序の上にある」


視線が俺を素通りする。


(“無価値”の確認、か。――構わない。立つだけだ)



昼のブリーフィング。

神楽坂ユイ先生が、演示の手順をさらりと流す。


「今日の準備模擬は二本。“階段導線+通信リレー”と“渡り廊下での分流+救護”。

――“預け”の宣言を声か手信号で必ず残すこと」


真壁が短く付け足す。


「門番交替《Gate Shift》。三拍以内」

(門番交替――四字熟語+英名、ルール内の“型”)



準備模擬①:階段導線+通信リレー

先導=ヒナタ、門番=俺、通信=クロノ、後衛=ユウナ、記録=アオイ、補助=リクト。

階段の踊り場で人の流れが滞り、見学の一年生が三人固まる。


「一列――こちら」


面を作り、肩で押さずに胸で受ける。


「三、二、一」


クロノの拍が落ちる。

ヒナタの指が段差を示して転びが消える。

背後でユウナが無音回廊《Silent Corridor》を微で通し、ざわめきが薄膜のように落ち着く。


俺は短文を送る。


『南階段・人だまり・右側通行維持・門番→影山』

(預け先=人を宣言。渡すのではなく預ける)


「受けた」


反対側の踊り場から、影山リクの短い声。

呼吸一つで門番交替《Gate Shift》。

三拍以内。合格。


東堂の声。


「良。――“引き継ぎ先の明示”が統制点に乗る」

(点は副産物。目的は壊さない)



準備模擬②:渡り廊下の分流+救護

廊下の中央に突発の障害(訓練パネル)。分流して左右を一時的に使う。


「右三、左二。――今」


ヒナタの短い指示で列が割れ、俺は右側に面を出す。

ベンチ端で“事故役”が足首を押さえた。

アオイが見る→呼ぶ→触るの順で固定。


「通信、『西廊下・軽度捻挫・固定済・搬送待機・救護→保健』」


俺が打つ。


(“引き継ぎ先=保健”。――預けるを運用)


――その時、端末が一斉に小さく震え、画面が一秒だけ砂嵐になった。


(ノイズ? 意図的な混入か?)

「通信路、一時不安定」


クロノが即座に言う。


「門番交替、右側通行維持」


俺は面で列を細く保ち、声を削る。


「『西廊下・通信不調・右側通行維持・連絡→生徒会』」


“預け”を言葉に残す。

東堂の返答は点だけ。


(通じた)


霧谷教官が天井のセンサーを見上げ、短く無線。


「模擬ノイズ、テスト完了。――続行」

(本番用の耐性試験。騒ぎにしない)



休憩。

影山が紙コップを傾け、横目だけこちらに寄越す。


「さっきの預け、悪くない。――“受け”のタイム、1.6秒。昨日の最短1.8より速い」


クロノが数字を挟む。


「門番交替の平均は1.7。今日の1.6は最速。列の揺れは平均**-22%**」

「数字、好きだな」


影山は鼻を鳴らす。


「勝つ速さじゃねぇ。けど、整える速さはお前の領分だ」


(勝つと整える。違う速さ――覚えておく)



午後。掲示板の前がざわついた。

種目説明のパネルに、見覚えのない一枚。


《整え統制・総合は中止》


息が一つ、周囲で詰まる。


(――おかしい)


東堂がすぐに現れ、パネルを剥がす。


「偽掲示。該当者は散らないで」


淡々とした声に、波立った空気が自動的に沈む。


(掲示すり替え――“外”のいたずらか、内輪の悪ふざけか)


霧谷教官が全体に告げる。


「審査会は予定通り。騒ぎにしない。――流れを維持」


ユキナが横でパネルの残滓を凍らせ、透明な欠片に変える。


「証拠保存」

(氷月派――秩序の“氷”)


俺は短文を打つ。


『講堂前・偽掲示除去・流維持・監査→生徒会』


“預け先”を明確に。

点が灯る。


(預けるは合図だ)



夕刻、屋上。

雲の裏で雷が低く笑う。


「合図、見てたよ」


如月レイナが柵に肘を乗せ、横目で俺を見る。


「“預け”の言い方、悪くない。――でもね、遠距離で曖昧になる時がある」

「どうすればいい」


レイナは指で小さな弧を描く。


「雷標信号《Bolt Beacon》。三拍で落とす合図。一拍:注目/二拍:右/三拍:交替。

音は微、光は線だけ。壊さない」


(雷鳴招導《Thunder Call》の縮約版……合図としての雷)


「使える?」

「預け先が人/場所/言葉に合図が乗る。――やってみる」


レイナは微笑んだ。


「倒れない合図。嫌いじゃない」



夜、寮の前。

掲示板に正式な審査会エントリー表が貼り出される。


《統制・総合(整え):白羽ツバサ(C)/先導補:白石ヒナタ(C)/通信補:斎藤クロノ(C)/

救護補:美園アオイ(C)/記録:小早川リクト(C)/門番補:矢代ユウナ(C)》

《雷撃制御・対多:如月レイナ(A)》

《近接制圧:影山リク(B)》

《戦技総合:皇城カイ(S)》 ほか。


俺は呼吸を一つ落とした。

面を作るのは、戦場だけじゃない。順番、合図、預け先。

“整える”で立ち位置を取ってから、戦場へ行く。


背後で影山が笑う。


「決まったな、“不倒くん”。――壊さない面、見せてもらう」

「君は受けを速く」

「勝ちに行く速さで、整えるのもやってやるよ」


遠くで、雷が三拍で小さく鳴った。

一拍:注目/二拍:右/三拍:交替。


(合図は、預けの印)



部屋。

メモを開く。

――審査会:戦技/整備/通信/救護/統制(総合)

――短文(上級):状況→制約→行動→引き継ぎ先

――型:門番交替《Gate Shift》=三拍

――合図:雷標信号《Bolt Beacon》=一拍注目/二拍右/三拍交替

――戒め三つ:居座らない/抱え込まない/戻り道を消さない

――預け:人/場所/言葉(+合図)

――事件:ノイズ試験/偽掲示→騒ぎにしない/証拠保存

――俺:面と覚悟/1で止まる/壊さない


保存。

胸の奥の糸は張りすぎず、緩みすぎず。

明日も立つ。

明後日も立つ。

千度でも、万度でも。

立ち続ける。


――告知は鐘ではない。

整える者たちへの、合図だ。

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