審査会告知《Notice of Trial》
朝、胸ポケットの仮バッジを指で確かめる。銀糸の「仮」は軽い。
(重さは――自分で乗せる)
耳栓の袋を内ポケットに滑らせ、鏡の中の自分に短く頷く。最弱に見える顔だ。
いい。立つには、都合がいい。
食堂。
「ツバサ、でっかいの来た!」
パンを掲げたヒナタが、掲示のスクショを突き出す。
《校内審査会 開催告知/評価項目:戦技/整備/通信/救護/統制(総合)》
「エントリー制だけど、推薦枠もあるって」
クロノが腕時計を弾く。
「日程は三日後。一次は筆記+模擬、二次で公開評価。
監督:霧谷/真壁/神楽坂、監査:東堂、保健:桑原」
「私は記録係しつつ、緩衝の“微”だけ使う。――夢は飾りじゃないから」
アオイが眠たげに笑う。
ユウナはコップを置いて一言。
「音、通す。必要分だけ」
「掲示板は“不倒くん、統制部門で点を取れるの?”で荒れてる」
リクトが肩をすくめる。
(点じゃない。壊さないことが、今日も目的だ)
◆
講堂の壇上。
氷川シオン教頭がチョークで大きく書く。
『審査会』
「審査会は、序列戦の前段だ。評価は力だけでなく秩序にも及ぶ。
――戦技で勝てても、統制を壊す者は推薦しない」
教室の空気がきゅっと締まる。
東堂シノがクリップボードを掲げる。
「**通信規則(上級)**を追加。短文の構造は“状況→制約→行動→引き継ぎ先”。
例:“北廊下・人だまり・右側通行維持・門番→B”」
目が合う。
「白羽。預け先を明示して。――“渡す”で終わらせない」
(預ける。昨日の続きだ)
霧谷カズマ教官は余計な言葉を足さない。
「一次の模擬は校内。異能は微弱出力。越えたら『凪』」
桑原マコト先生がにこり。
「“壊さない”のが最優先。救護は出番が無いのが満点」
壇の陰から、制服の黒が一歩。
皇城カイ――王者。
姿勢だけで空気が変わる。
「統制も評価されるのは良いことだ。勝利は秩序の上にある」
視線が俺を素通りする。
(“無価値”の確認、か。――構わない。立つだけだ)
◆
昼のブリーフィング。
神楽坂ユイ先生が、演示の手順をさらりと流す。
「今日の準備模擬は二本。“階段導線+通信リレー”と“渡り廊下での分流+救護”。
――“預け”の宣言を声か手信号で必ず残すこと」
真壁が短く付け足す。
「門番交替《Gate Shift》。三拍以内」
(門番交替――四字熟語+英名、ルール内の“型”)
◆
準備模擬①:階段導線+通信リレー
先導=ヒナタ、門番=俺、通信=クロノ、後衛=ユウナ、記録=アオイ、補助=リクト。
階段の踊り場で人の流れが滞り、見学の一年生が三人固まる。
「一列――こちら」
面を作り、肩で押さずに胸で受ける。
「三、二、一」
クロノの拍が落ちる。
ヒナタの指が段差を示して転びが消える。
背後でユウナが無音回廊《Silent Corridor》を微で通し、ざわめきが薄膜のように落ち着く。
俺は短文を送る。
『南階段・人だまり・右側通行維持・門番→影山』
(預け先=人を宣言。渡すのではなく預ける)
「受けた」
反対側の踊り場から、影山リクの短い声。
呼吸一つで門番交替《Gate Shift》。
三拍以内。合格。
東堂の声。
「良。――“引き継ぎ先の明示”が統制点に乗る」
(点は副産物。目的は壊さない)
◆
準備模擬②:渡り廊下の分流+救護
廊下の中央に突発の障害(訓練パネル)。分流して左右を一時的に使う。
「右三、左二。――今」
ヒナタの短い指示で列が割れ、俺は右側に面を出す。
ベンチ端で“事故役”が足首を押さえた。
アオイが見る→呼ぶ→触るの順で固定。
「通信、『西廊下・軽度捻挫・固定済・搬送待機・救護→保健』」
俺が打つ。
(“引き継ぎ先=保健”。――預けるを運用)
――その時、端末が一斉に小さく震え、画面が一秒だけ砂嵐になった。
(ノイズ? 意図的な混入か?)
「通信路、一時不安定」
クロノが即座に言う。
「門番交替、右側通行維持」
俺は面で列を細く保ち、声を削る。
「『西廊下・通信不調・右側通行維持・連絡→生徒会』」
“預け”を言葉に残す。
東堂の返答は点だけ。
(通じた)
霧谷教官が天井のセンサーを見上げ、短く無線。
「模擬ノイズ、テスト完了。――続行」
(本番用の耐性試験。騒ぎにしない)
◆
休憩。
影山が紙コップを傾け、横目だけこちらに寄越す。
「さっきの預け、悪くない。――“受け”のタイム、1.6秒。昨日の最短1.8より速い」
クロノが数字を挟む。
「門番交替の平均は1.7。今日の1.6は最速。列の揺れは平均**-22%**」
「数字、好きだな」
影山は鼻を鳴らす。
「勝つ速さじゃねぇ。けど、整える速さはお前の領分だ」
(勝つと整える。違う速さ――覚えておく)
◆
午後。掲示板の前がざわついた。
種目説明のパネルに、見覚えのない一枚。
《整え統制・総合は中止》
息が一つ、周囲で詰まる。
(――おかしい)
東堂がすぐに現れ、パネルを剥がす。
「偽掲示。該当者は散らないで」
淡々とした声に、波立った空気が自動的に沈む。
(掲示すり替え――“外”のいたずらか、内輪の悪ふざけか)
霧谷教官が全体に告げる。
「審査会は予定通り。騒ぎにしない。――流れを維持」
ユキナが横でパネルの残滓を凍らせ、透明な欠片に変える。
「証拠保存」
(氷月派――秩序の“氷”)
俺は短文を打つ。
『講堂前・偽掲示除去・流維持・監査→生徒会』
“預け先”を明確に。
点が灯る。
(預けるは合図だ)
◆
夕刻、屋上。
雲の裏で雷が低く笑う。
「合図、見てたよ」
如月レイナが柵に肘を乗せ、横目で俺を見る。
「“預け”の言い方、悪くない。――でもね、遠距離で曖昧になる時がある」
「どうすればいい」
レイナは指で小さな弧を描く。
「雷標信号《Bolt Beacon》。三拍で落とす合図。一拍:注目/二拍:右/三拍:交替。
音は微、光は線だけ。壊さない」
(雷鳴招導《Thunder Call》の縮約版……合図としての雷)
「使える?」
「預け先が人/場所/言葉に合図が乗る。――やってみる」
レイナは微笑んだ。
「倒れない合図。嫌いじゃない」
◆
夜、寮の前。
掲示板に正式な審査会エントリー表が貼り出される。
《統制・総合(整え):白羽ツバサ(C)/先導補:白石ヒナタ(C)/通信補:斎藤クロノ(C)/
救護補:美園アオイ(C)/記録:小早川リクト(C)/門番補:矢代ユウナ(C)》
《雷撃制御・対多:如月レイナ(A)》
《近接制圧:影山リク(B)》
《戦技総合:皇城カイ(S)》 ほか。
俺は呼吸を一つ落とした。
面を作るのは、戦場だけじゃない。順番、合図、預け先。
“整える”で立ち位置を取ってから、戦場へ行く。
背後で影山が笑う。
「決まったな、“不倒くん”。――壊さない面、見せてもらう」
「君は受けを速く」
「勝ちに行く速さで、整えるのもやってやるよ」
遠くで、雷が三拍で小さく鳴った。
一拍:注目/二拍:右/三拍:交替。
(合図は、預けの印)
◆
部屋。
メモを開く。
――審査会:戦技/整備/通信/救護/統制(総合)
――短文(上級):状況→制約→行動→引き継ぎ先
――型:門番交替《Gate Shift》=三拍
――合図:雷標信号《Bolt Beacon》=一拍注目/二拍右/三拍交替
――戒め三つ:居座らない/抱え込まない/戻り道を消さない
――預け:人/場所/言葉(+合図)
――事件:ノイズ試験/偽掲示→騒ぎにしない/証拠保存
――俺:面と覚悟/1で止まる/壊さない
保存。
胸の奥の糸は張りすぎず、緩みすぎず。
明日も立つ。
明後日も立つ。
千度でも、万度でも。
立ち続ける。
――告知は鐘ではない。
整える者たちへの、合図だ。