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プロローグ

「おい見ろよ、またあのCクラスの奴だぜ」

「白羽ツバサ? アイツまだ立ってんの? マジ不死身かよ!」

「いやいや、不死身とかじゃねぇって。ただ“倒れないだけ”なんだろ?」


……はい、俺がその噂の「倒れない男」です。

白羽ツバサ、異能学園の最弱Cクラス所属。


入学オリエンテーションの締め――巨大体育館・アリーナで模擬戦が行われる。

天井から垂れる六家の旗。

覇道の獅子(皇城)、氷の月(月城)、紅蓮の翼(朱雀院)、

黒刃(黒瀬)、星弓(桐生)、花園(美園)。

上位の視線は剣や氷柱や炎みたいに刺さってくる。

反対に、Cクラスの列はため息と居心地の悪さで満ちていた。


俺の異能はただ一つ。

“どんな攻撃を受けても、体力が1で止まる”。

派手さゼロ。攻撃力ゼロ。勝てない。倒せない。

でも、負けない。


「静粛に」


氷刃のような声が響く。教頭の氷川シオンだ。


「オリエンテーション模擬戦を行います。Aクラス代表と、……Cクラス代表」


嫌な予感は当たる。


「Aクラス代表、相馬ケンジ。Cクラス代表、白羽ツバサ」


審判は戦闘教官の真壁タケル。


「五分一本。ダウンか戦闘不能で決着。時間切れは引き分けだ。……始め!」


相馬が床を砕いて踏み込む。拳に赤い紋。

ドゴッ――肺が裏返り、視界が白く弾ける。

落ちる。……けど、落ち切らない。

背骨に炎。膝が笑う。心臓が暴れる。

それでも――1で止まる。


二撃、三撃、四撃。

骨が軋み、鼓膜が鐘みたいに鳴る。

でも俺は、倒れない。


「何者だ、お前……」

「何者でもない。負けないだけ」


相馬が全身の力を拳に集め、必殺の一撃をぶち込んでくる。

リングが悲鳴をあげ、世界が斜めに揺れた。

それでも――立つ。


カン――五分終了の鐘。


「そこまで! 引き分け!」


一瞬の静寂。すぐ爆発するざわめき。


「Aの相馬が……」「Cクラスで引き分け?」


俺は呼吸を整え、足裏で床を噛む。立ち続ける感覚を、確かめる。


「白羽ツバサ、救護へ。桑原先生、お願いします」


治癒の守護者・桑原マコトの掌が胸に置かれる。

やわらかな光が骨と筋を縫い合わせ、痛みの棘が少し丸くなる。


「普通なら三日は寝込みます。……あなた、本当に“倒れない”のね」

「倒れないだけで、壊れかけですけど」

「そこを忘れないこと」


視界の端で、金糸のような髪がきらりと光る。

如月レイナ――女子最強の雷帝候補。

青い瞳が、雷の音もしないのに、空気をちりちり焦がす。


「アンタ、本当に馬鹿ね。今の連打、普通は救急直行よ」

「まあ、倒れない仕様なので」

「仕様って言うな。……でも、見ものだったわ」


上段の特別席。黒制服の男が肘掛けに身を預けてこちらを見下ろす。

皇城カイ――現ランキング一位。覇道の獅子。

彼は何も言わない。ただ、値踏みしている。


反対側、氷の月のような静謐に立つ月城澪。

女王の沈黙は、たぶん観察の沈黙だ。


俺が降りようとしたとき、教頭が近づく。


「白羽ツバサ。あなたの系統は“異端”寄り。

学園として注視します。規律は守ること。倒れないのと、壊れないのは別よ」

「心得ます」


Cクラスの列に戻ると、“落ちこぼれ仲間”が迎えてくれる。

「ツバサ、ナイス根性!」と白石ヒナタ。

彼女はいつでも陽の気配を纏っていて、話すだけで気が軽くなる。

「時間、ほんっとギリギリだったな」と斎藤クロノ。

分析はするが、今日は何もしていない――それが、俺には分かる。

眠たげに笑う美園アオイは「夢で休め」と冗談を飛ばし、

小早川リクトは客席の反応をまとめて「面白い“癖”が見えた」とにやつき、

矢代ユウナは「目立ちすぎ。移動」と短く告げる。

――誰も試合に介入していない。それでも、この連中が側にいるだけで、心は折れない。


「次、俺の番はないのか」


低く通る声。観客席が凪いで震える。

皇城カイが数段降りてきて、真壁教官が苦笑する。


「今日は見学だ、王者さん。オリエンテーションで王手は早い」

「そうか。……白羽ツバサ」


名を呼ばれるだけで、背の芯に氷の柱が立つ。


「勝てないのに、負けない。興味深い」

「立ってるだけです」

「勝利は計算できる。だが不敗は、計算の外だ」


それだけ言って彼は戻る。

“いずれ”の予感だけが、背骨に残った棘みたいに疼く。


「ふーん、王者に覚えられたわね」


レイナが肩で笑う。


「雷霆一閃《Thunder Flash》を食らったら倒れる?」

「人は雷で倒れるの」

「俺は?」

「……さあ。試してみる?」


冗談半分、本気半分の目。


「やめとく。今日はもう立つだけで手一杯」

「了解。――ねえ、白羽」

「なに」

「誰のために立つの?」


即答はできない。

柵に手を置き、灯り始めた街を見下ろす。

知らない家の灯り、名前も知らない誰かの時間。


「たぶん――今、隣にいるやつのため」

「Cクラス?」

「そう。あと、今日、俺を見ていた人たち」

「なら、私は倒すわ。アンタが倒れないなら、それでいい。王者の盤上で、肩を並べる」

「並べるかな」

「並ぶの。これは宣言」


彼女はくるりと背を向け、雷の気配だけを残して去った。


行事は終わり、派閥寮へ列が流れていく。

覇道は獅子の紋、氷月は静謐、炎は賑やか、闇は無音、星弓は整然、花園は香気。

俺たちCクラスは、一般寮へ。

雑多だけど、陰に入ると落ち着く。

ここが、今の居場所だ。


寮の前でヒナタが笑う。


「ツバサ、引き分けおめでとう」

「勝ってないよ」

「私たち的には勝ち」


クロノが時計を弄び、アオイは欠伸をして、リクトは端末を抱え、ユウナは扉を開ける。

音がふっと遠のき、俺たちは目立たずロビーを抜ける。

――いつか“裏方”として戦場を支える日が来る。

でも今日はまだ、何もしていない。

俺が立って、引き分けにしただけだ。


部屋で腰を下ろす。治癒は受けたが、痛みは残る。

通知が震える。《明日、Sクラス公開演習(見学可)》

上位十名の特進――Sクラス。

彼らは勝つことで世界を動かす。

じゃあ俺は――負けないことで、どこまで行ける?


もう一つ通知。《夜間点呼後の外出禁止》

思わず笑ってしまう。

倒れないけど、規則は守る。

教頭の言葉が胸に残っている。


「倒れないのと、壊れないのは別」


「屋上、今なら風いいよ」


ユウナが扉の隙間から顔を出す。


「点呼前?」

「点呼前」


屋上の空は群青。遠くで雷が瞬き、風が髪を揺らす。

たぶん、レイナは今も稽古してる。

彼女は倒すために鍛える。

俺は倒れないために呼吸を整える。

やり方は違うけど、どちらも前へ進む方法だ。


星は少なく、雲は多め。

世界は静かだ。

でも、明日は騒がしい。

覇道の獅子は吠え、氷月の女王は斬り、炎の姫は焼き、

闇の剣士は突き、弓の天才は射抜き、花の舞姫は舞う。

――そして俺は、立つ。


勝てなくても、負けない。

負けないだけで、誰かの未来を変えられるなら、それで十分だ。


やがて、狂気の道化師が現れ、笑って「負けた」と言うだろう。

やがて、思想の王が現れ、静かに「認める」と言うだろう。

やがて、王者は言う――

**「お前だけは、勝てない」**と。


それは勝利じゃない。

でも、敗北でもない。

名もない“不屈”の形だ。だから――


**俺は弱い。**否定はしない。

それでも俺は、倒れない。

いつか、不屈の盾と呼ばれる。

これは、誰も負けさせない物語だ。


明日も立つ。明後日も立つ。千度でも、万度でも。

立ち続ける。


――『最弱と呼ばれた俺が、いつの間にか学園と世界を救う「不屈の盾」になった話』。

その最初の、静かな一歩。

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