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苔下に梔子  作者: 遠野
第1章:浜屋真弓
9/12

道草④





屋上は静かだった。

六月の蒸し暑い夜風が肌に触れるとほんの少し、不快感が薄れる気がした。


柵に肘を預けたまま、ぼんやりと町を見下ろす。ポツポツと詫びしげに灯る街灯。日が傾くにつれて町並みの陰影が深まっていく。


(そろそろ帰んねーと、真矢に心配かけちまうな)


一言、メッセージを入れておこう。

ついでに柄西から連絡が返ってきてないか確認もしておこうと鞄の中にあるスマホに手を伸ばしたその時。



── キィィ……



後方から軋んだ扉の音がし、ふと振り返った。


「……あら?」


── 透き通る鈴のように凛とした声。


開いた扉の向こうには制服姿の少女が立っていた。



濃紺のセーラー服。

風に靡いた長い髪のサイドには大ぶりのリボンが着いており、見るからにお嬢様のような出で立ちをしている。



少女は浜屋を見て少し驚いたように目を丸くした後、すぐにふわりとした笑みを浮かべた。



「── 先客がいらしたのね」


「……あ、いや。別にここ、貸切ってわけじゃ、ねぇし」



これまで出会った事の無い、いかにも「女の子らしい」姿に戸惑ってしまい目を逸らしながら少女に言った。



「そう? それなら失礼しますわ」


少女は靴音を立てずに浜屋の元へ歩き、柵に手をかけ隣へと並ぶ。

風で乱れる髪の毛を顔の横で軽く押さえ、町を見下ろす。


「私もお見舞いに来たのよ。祖父が入院していて、少しだけ顔を見に」


ぽつり、と寂しげに呟いた彼女の横顔が自分と同じ重たいものを背負っている気がしてしまった。だからだろうか、つい言わなくても良い事情を零してしまった。



「……俺も、婆ちゃんが入院してるんだ」



吐き出した声が思ったより小さくて、自分でも驚いた。けれど不思議と、その場には合っている気がした。



しん、と少しの沈黙。虫やカエルの鳴き声が暗闇に響いた。



「その制服。俺んとこのじゃないけど、どこの学校?」


自分の通う【しらかわ高等学園】は男女共にブレザータイプだった。彼女の着ている制服とは全く違うもので、つい気になってしまった。


いきなりな質問に彼女はクスリと息を零す。


「あら……もしかして朱華(ハネズ)女学院をご存じないかしら?」



──── 朱華女学院




ふと、この学校に編入する前に調べた学校情報を思い出した。

編入先を調べる時に見たパンフレット。


確か、天蓋しらかわの隣の朱華(ハネズ)市にある私立の女子校だ。


県内でも特に偏差値が高く、過疎地にある女学院と言うだけに資産家や政治家の箱入り娘が多く、他県からの編入生も多いと資料に書いてあった気がする。彼女はそこに通ってるのだろうか。



「めちゃくちゃ頭いーとこじゃん!すっげ」


「お褒めいただき恐縮ですわ」


そう言い誇らしげに彼女は胸元に手を添えた。


「つか、朱華ってことは結構遠いよな。 バスの時間やばくね?」


隣の市と言ってもしらかわから朱華までバスから駅前まで40分。そこから電車に乗れば大体2時間はかかる場所だ。

すっかり夜になってしまった今、駅前行きのバスはもう終わってしまったかもしれない。彼女に問いかけると、ふふ、と軽く笑って髪をかきあげた。



「ふだんは寮で過ごしているの。でも、週末になるとこちらへ帰ってくるのよ。お手伝いもあるから」


「手伝い?」


「生家が学童をしているの。

── 真矢ちゃんとも仲良しなのよ」


妹の名前が出てきたことに驚く。学童みたいな所に行っていると聞いていたが、まさか知り合いだったとは。


そんな俺の様子に少女はにっこりと笑って頷いた。


「だからすぐに分かったわ。貴方、浜屋真弓くんでしょう?」


「まさか妹の知り合いだったなんて……てか、それでもよく分かったな?」


「ふふ、長く暮らしている町だもの。初めて会う人がいたら必然的に移住者とわかりますわ。


私、ここの町長の孫娘ですもの」


そう言って少女は屋上の柵越しに指を伸ばした。遠くに見える瓦屋根の大きな屋敷を示す。


「──あそこが私の家よ」


俺はしばらくその建物を眺め、それからぽつりと呟いた。


「あそこ、確か鈴代って名前の」

「急にこちらに転校してきて、大変だったと聞いたわ」


言葉が被さり、少女は「ごめんなさいね」と涼しげに此方に首を傾けたので、構わないと軽く手を振り言葉を返す。


「両親が海外赴任になっちゃったからさ。しかたねーっていうか」


「そう。それにしても、都会から此方に帰られるなんて変わっているのね」


「爺ちゃん達が住んでたから。それに昔ここに住んでたらしくって……ま、そこら辺記憶にねーんだけどさ」


「─── そう、覚えてないのね」



そういったきり、少女は何も言わず、じっと街を見下ろしていた。

ふたりの間を風が通り抜ける。他愛のない話をぽつりぽつりと交わしていったが、やがて話題がつき、しばらく無言で空を見上げていた。


「……ねぇ。良ければ連絡先を交換しません?」


制服のポケットからスマホを取り出し、浜屋の前に差し出した。


「え!? いや、いいけど、なんで俺?」


「もっとお話したいと思いましたの。此処で会えたのも何かのご縁でしょう?」


差し出されたスマホに、戸惑いながらも、自分のスマホを取り出して連絡先を交換する。


「改めまして」


少女はスカートの裾を軽くつまんで、お辞儀のような仕草をした。


「朱華女学院 二年生。鈴代(スズシロ) (ウイ)ですわ」


「しらかわ高等学園 二年、浜屋 真弓……って!!!」


その名前の響きに、鈴代が小さく笑った。そして、浜屋の耳に届いたその言葉──「うい」


浜屋は急いでカバンから一冊のノートを取り出す。


柄西の聞き取りで作った関係図ノート── 記憶と繋がる手がかりを記したモノだ。そこに書かれているメモの中に確かに書いてあったのだ。


「“ういちゃん”って、もしかして!」


その問いに、鈴代はまるで仕組まれていたかのように柔らかな笑みを浮かべて答えた。


「ええ。実は私達、幼馴染でしてよ」


鈴代の笑顔は、どこまでも優雅で、そしてほんの少し、何かを堪えているかのようにも見えた。



「貴方は忘れてしまっただろうけど、私はずっと覚えていたわ」


広げたノートの前に鈴代はしゃがみ、ノートを掴む手にそっと手を重ねた。跳ね上がる心臓。上がる体温に対して鈴代の手はひんやりと冷たく、柔らかだ。


「会えて嬉しい。これからどうぞよろしくね─── 真弓くん」



ザワザワと吹き荒れる風。

耳の奥で鳴り響くのは心音か、それとも木々のざわめきなのか、俺にはよく── 分からなかった。





遅くなりました〜!

これで主要人物 4人が揃いましたね。

ココで浜屋の章は一旦おしまいです。


次からは柄西紡の視点から始まります。

彼視点からみた「しらかわ」と幼馴染3人の変化。

自身が抱えているものを書いていけたらと思います!


ありがとうございました。

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