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苔下に梔子  作者: 遠野
第1章:浜屋真弓
7/11

道草②




「浜屋ぁ〜!今日居残りしねーんだろ?! 遊び行こうぜ〜!」



見辛い右側から勢いよく山田が飛びついてきた。突然のことに若干よろめき机とぶつかり掛けるが、なんとかその場に踏みとどまる。

こちらの気も知らずケラケラ笑う山田の頭を軽く叩くとイテー!と頬を膨らませた。


「悪ぃけど今回はパス。これから病院なんだわ」

「病院〜?なに、風邪とか」

「風邪引いてたら学校来ないっつーの。あれ、婆ちゃんの見舞い。それと通院だよ」


見舞いという言葉に 成程、と山田は納得した声を上げた。母親が地区担当と言っていただけにある程度事情は理解しているらしい。


「じゃあまた今度かぁ〜、あーあ、しゃーねぇな〜〜」

「そんな拗ねんなって。次誘われたら絶対行くから」

「そー言って大体先約あんじゃん。はーぁ、フラれて心傷ついた〜。俺は寂しく松本と帰りまぁす」


そう言い山田は他の同級生に飛びつきガヤガヤと教室を後にする。先程まで賑やかだった教室は一気に静まり返る。


「……ちょっと悪い事したな」


残された教室で独りごちる。

なんだかんだ誘われても柄西がいると、放課後はそちらの用を優先してあまり遊べていなかった。


何度も誘ってくれているのに蔑ろにしてしまえば拗ねるのも当然だろう。けど、今日の予定だけはどうしても外す事が出来ない。


(一応、明日謝っておくか)


少しだけ居心地の悪くなった教室を出てバス停へと歩き出す。

昇降口にいくとタイミング良く来たバスが来ており、慌てて靴を履き替え乗り場へと走った。

乗客で溢れたバスの入口を慎重に進んでいく。車内には同じような制服の学生が居るのでこの時間はやはり混み合うのだろう。


あとから乗ってくる人間に押されつつ降り口の近くに陣取る。

軽快な音を鳴らし、ようやくバスは発車した。車窓から流れる景色を眺めながら、改めて医師に伝えるべき事を振り返っておく。


(まず、引っ越してきてからの暮らし……生活の変化。それから頓服が無くなりかけてる事。あとは、それから───)




─── 家族との約束。




「…………」


念の為、忘れ物がないか確認しておこうと鞄のチャックを開け、中を覗き見た。

外側のチャックには教科書や筆記用具が入っていて、もう1つ、内側のチャックには学業とは別の必要なモノを仕舞っている。



病院の予約票と保険証。

頓服薬。薬手帳。

医師からの紹介状。



(とりま、忘れ物は大丈夫か)


ブロロロ、と車体を震わせゆっくりとバスが迂回し始める。揺れに振り回されないようしっかりと手すりを握りしめ体勢を整えた。


『次はァ〜てんがい病院前ェ〜。てんがい病院前でェ、ございます』


大分耳に馴染んだ車内放送を聞くと、チャックを閉め運転席へ向かう。少し前に纏め買いした回数券から一枚切り離し、車掌に手渡し降車した。



「……やっぱすげーでけ〜な……」



登下校時、車窓から毎日目にしていたが改めて見れば周りの建物と較べると立派な造りをしている。

古民家や田んぼが立ち並ぶ地区に似つかわしくないくらい、真新しく綺麗で、そしていかにも病院らしい外装をしていた。


ここは、てんがい総合病院。

この町にある唯一の医療施設。

そして、今日からこの病院の精神科に通院することになる。


それは最後までこの町で暮らすことを反対していた両親を説得するために交わした約束。


月に一度、必ずこの町の精神科に受診をするという約束だった。







■■■■■■



怪我を負った。

ただ、それだけだ。

それだけなのに、周りは俺に対し過剰なまでに反応をするようになった。


『記憶が無いなんて』

『白髪だらけで、耳もこんな』

『痛々しい目』

『親の責任が……』


『かわいそう』


仕方ないじゃん。

怪我をしたことについては、仕方ないと思っている。


なぜこうなったかの経緯は忘れたけど、特に気にしなかった。


だって、忘れたって事は、つまり俺にとって別にどーでもイイコトだったってワケで。


だから別になんとも思っちゃいなかった。


ソレに失くなったモノは戻りゃしない。


視力も傷も髪も元に戻らない。

だったら、嘆いて生きるよりも、楽しくやった方がイイに決まってる。


だからふつーに過ごせばいい。


俺は、カワイソウじゃないから。



そう、思っていた。



けど、それは俺だけが幸せな考えで、巻き込まれた家族はそうじゃない。



気付いた時にはもう、遅かった。



自分だけの考えの為に、どれだけの他人が犠牲になっていたんだろう。


食卓に並ぶのは、オムライス。

母さんの得意料理は和食だった。


昼飯に渡されるのは、袋パン。

皆が食べるのは学校の給食。


不自然な笑顔を自然だと勘違いしなければ、



痛みも知らないまま、

暮らせたのに




■■■■■■








「………っ」


瞬間、喉の奥がひりつき咄嗟にイヤーカフをぎゅっと摘んだ。

指先から伝わる冷たい金属の感触に、呼吸を整えていく。


「……っぱ、まだ駄目だな。仕方ねーけど、行くしかないか……」


あまり気乗りはしないが、思い出すということは、まだ自分には誰かの助けが必要だと実感してしまう。


意を決し嫌な振動を立てる自動ドアを潜り抜けた。



〜♪



見回した院内は清潔感のある明るい色で統一されていて、受付には印象的な笑顔をした女性が座っている。

院内には聞き馴染みのあるオルゴールが流れていて、覚えのあるメロディに少しだけ緊張がほぐれる。


(けど、やっぱ病院の雰囲気って苦手だな……)


なるべく他の患者を見ないよう、手早く受診手続きを済ませる。

受付で受診票を貰い、直ぐエレベーターへと向かった。



■◻︎■◻︎■◻︎



─── チン


 三階 精神科の受付。

一階の受付と違い、まるでホテルの待合室のような印象を受ける。


「……ここであってるよな」


エレベーターを降り、病棟受付に進む。受診票を出すと問診票を挟んだバインダーを手渡された。


項目を確認し、チェックを入れ回答していく。ソレを受付に戻すと、今度は三桁の数字が書かれた受付票というものを渡された。


「お呼び出しの際はそちらに記載された三桁の番号を読み上げますので診察室までお越しください。


診察後、番号をお呼びしますのでまた受付までお越しください。


受付票引替えに赤い精算ファイルのをお渡ししますので、そちらを持って一階精算窓口までお越しください」


一気に捲し立てると受付の女性はまた顔を伏せ事務作業に徹し始める。


(なんか、色んな票や番号でややこしいな〜……)


内心うんざりしつつ、受付票を手に歩き出す。


待合室に置かれたモニターには2桁と3桁の番号が並んでいて、恐らく声をかけられて聞こえない場合や離席中にもわかる仕様になっているらしい。


受付票の番号を確認し、適当な席に腰を下ろす。

時計も置いてない、緩やかな空間には同じように診察を待つ人達が無機質な表情でただ、じっとモニターを眺めて座っている。


(なんだか能面みたいだな……)


爺ちゃんちの居間に飾られている能面。表情に差違はあれど、そののっぺりとした表情に患者の姿が重なって見えた。


(俺もおんなじ顔してるのかな)


同じように椅子に座りのっぺりとした表情でモニターを眺める自分を思い浮かべた。


「……ちょっと、ねーわ」


重なる気味の悪さに逃れるよう、わざと背もたれに身体を預け、ズルズルとだらしなく座りこんだ。




■◻︎■◻︎■◻︎



「──568番さん。4番診察室へどうぞ」


 少し経ってから呼ばれ、診察室に入ると壮年の医師が迎えてくれた。


こざっぱりした部屋には机と椅子、そして気持ち程度の観葉植物が置いてある。


対面式の診察台はアクリルボードで仕切られていて、医師側には存在感のある大きめのデスクトップパソコンが置かれていた。


キーボードの近くには受付で渡した紹介状が封を開けて置かれている。






「初めまして、浜屋くん。今日は学校帰りかな?」


【里切】と書かれたネームプレートを付けた医師がこちらに問いかけた。細身で一見神経質そうに見える姿をしているが、声色は柔らかく、黒縁メガネから見える目は優しげに弧を描いている。


「ぁ、ハイ。ちょっと慣れるのに時間かかって、来るのが遅くなっちゃいました」


カチャカチャ、と俺の言葉の何を汲み取ったのか骨ばった指がキーボードをかき鳴らす。


「環境を整えるのは大切だからね。夜はぐっすり眠れてる?」


「……あんまりすね。寝れる時と寝れない時が交互にって感じっす。あ、でも眠剤は無かったんで大丈夫です。どうしても寝れない時は頓服使うんで」


カチャカチャカチャ。


「じゃあ頓服の残りは? 処方は二週間に纏めてのようだけど」


「あと二回分しか。出来たら纏めて出してくれると助かります」


カチャカチャ。骨ばった指が止まり、紹介状を拾い上げる。

楽譜をなぞるような仕草で手紙に指をさし確認をする。


「ここに来てから二週間経つけど、何か気になることはあるかな」


眼鏡の奥に見えた優しげな目が、探るようにコチラへと向けられる。


けど、実際見ているのはこの右目と左耳だろう。


あくまで俺の表情を伺っている、という流れで、自然に傷口を眺めているのがわかった。


(こっちにはバレバレなのにな)


恐らく医者として刺激しないように心掛けているのだろう。

ならこちらも気づいてない素振りで返すべきだ。


問いかけに萎縮したかのように装い、こちらを伺う里切の視線から目を逸らす。


「……特に何もないっす。

あ、でも最近、学校で発作起こしかけました」


カチャカチャカチャ。


「それは何かきっかけがあったのかな」


「いや、特に。放課後、教室に居たら急にグワーッ!て来た感じで」


カチャカチャカチャと打鍵音が響く。


「それは君の不安に触れるような出来事じゃなかったのかな」


「正直、俺もピンと来てないんンすよね。放課後でしたし……その日の昼飯もクるものはありませんでした。それに普段はスプーンを使ってるんで。そっち方面からのやつじゃないのは確かですね」


「なら疲れかもしれないね。環境が変わったばかりだし──」


「……それに、このあと婆ちゃんの見舞いに行く予定もあって。それでちょっと気ィ張ってるのかもしれません」


カチャ。打撃音が止まり、里切がこちらに視線を投げかける。


「お祖母さんがご入院されてるんだね」


「はい、ここの脳神経外科の方に。会うのだいぶ久しぶりなんすけど……」


「家族に会えるのはいいことだよ。穏やかな気持ちで会えるといいね」


 カチャカチャカチャ……カチ。とようやくキーボードから指が離れた。しんみりとした会話の後、里切は今回の処方について説明をしてくれた。


「前の処方と同じく頓服を出しておくからね。不安な時、眠れない時に使ってください」


「はい、お世話んなりました」


「それと── また何か気になる事、不安な事があれば、二週間待たずに直ぐ来てくださいね。


いつでも待ってますから」


「ぇ、」


有無を言わさぬ雰囲気に驚き、里切を見たが終始、穏やかな笑顔でこちらを眺めている。


穏やかな目。そういえば、ここの病院の受付も同じような目をしていた。


穏やかな、こちらをじっと見て、飲み込もうとする 雰囲気 ─── たしか、どこかで


「……浜屋くん?」


「ぇっ あ、いや!じゃ、また!」


急に呼び戻され、慌てて一礼をして診察室を飛び出した。


(なんだったんだ、いまの……)


疑問に思いつつ、診察室を出たあとは説明の通り受付票と交換で赤いファイルを渡された。 先程と同じ説明をすると再び受付の女性は顔を伏せ事務作業に専念する。


(……こういう場所だからかな。雰囲気に飲まれてすぎて、あまり気にしすぎるのも良くねーよな)


考えすぎだと首を振り、貰った赤いファイルをカバンにしまい込む。

あとは精算窓口へ行くだけだが……その前に、一つ寄るところがある。


エレベーターのボタンを押そうとし……、たが、辞めてそのままエレベーターから少し奥にある非常階段を使うことにした。



(一階降りるだけなら階段の方がはえーかもだし)


それに、先程乗った時は入院患者や看護士が多く乗っていて若干気まずさもあった。それなら気が楽な方を選びたい。



階段を降りる前に、次の目的を看板で確認する。


三階にある脳神経外科── 用があるのはその奥の入院病棟だ。

 


そこに祖母……俺の父方の婆ちゃんが入院している。


婆ちゃんとは一年前に電話で話したきりだった。


職業柄、上京することもある爺ちゃんと違い婆ちゃんはこの町から出る事が殆ど無い。


だから電話ならず、直接会うのはだいぶ久しぶりだった。尤もその当時婆ちゃんと暮らしていた記憶は一切無いのだけど。


(婆ちゃん、俺を見たらどんな反応すんだろ……)


画面越しでしか見たことが無い祖母。けれど浮かべる表情はいつだって優しく、俺の悩みにいつも寄り添ってくれていた。


この町もそうだ。婆ちゃんが話を聞いてくれたから越してこようと思えたんだ。


「爺ちゃんは見舞いに行くの気乗りしてなかったけど……少しくらいなら良いよな」


会ったらどんな話をしよう。

久しぶりに会う祖母に思いを馳せ、浜屋はやや駆け足で階段を降りていった。








閲覧ありがとうございます!

今のところ週1 火曜日更新でやっていくつもりです。


次回→7/22(火) 23時目安

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