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苔下に梔子  作者: 遠野
第1章:浜屋真弓
6/11

道草①




次の日。

教室に柄西の姿は無かった。

ホームルーム前の出欠で担任が「柄西は休みかぁ?」と言っていたので連絡も無いようだ。


(……調子悪そうだったもんな。休み時間にメッセ、入れてみるか)



その後は特に誰も反応することなく、通常運転通りの授業が進んでいく。けれど昨日の出来事が頭から離れず、浜屋は頬杖をつきぼんやりと窓の外を眺めていた。


「なぁ、柄西ってどこ住み?」


休み時間の度にメッセを入れても反応がない。流石に倒れているんじゃないかと心配になり、山田に聞いてみる事にした。

聞かれた山田は呆けた顔をしていたが、状況を把握すると、あーと気まずそうに視線を彷徨わせていた。


「浜屋は知らないもんな〜〜、そりゃ聞いちゃうよな〜〜」

「なんだよその勿体ぶった感じ」

「いやいや? まーぶっちゃけ俺も柄西がどこ住んでンか知らないんだよね」


綺麗に焼かれた卵焼きをつまみ、山田はうーんと唸った。窓の外からは限られた昼休みを遊び尽くそうとしている奴らの声がはしゃぎ声聞こえてくる。


「はァ〜、聞いて損した」

「いや、中学までは知ってたのよ。アイツちょいちょい学校休んでたからさ〜、俺ん家近いし。帰りにプリント届けにさ」

「家近いなら知ってんじゃん。なに、引っ越したとか?」

「ぁいや、んー……なんてか。アイツんち再婚してんだよね」


ガシャーン!と金網の悲鳴。その瞬間、山田の手がわずかに止まり、窓の外に視線を逸らした。

ワンテンポ遅れて「ファール!」という声と野次を飛ばす男子生徒の怒号。騒音にかき消されないよう、咀嚼を止めて耳を澄ませた。


「連れ子いるからって家出てんのよ、気まずいからって。うちカーチャンが地区担当だから相談しーや言ってんだけど、大丈夫の一点張りでさ」

「激重じゃん……」

「いやお前もなかなか重たいよ?」

「はぁ?」


心外と山田を睨むが気にせんばかりに手作り弁当を掻っ込んでいる。口の中のパンを飲み込み、缶ジュースを手に取る。


「そーいや山田、柄西と家近いなら俺のこと知ってたりする?」

「んーや全然。なんか転校したヤツいたなー位の認識。ってか、お前の言ってたヤツ、カーチャンに聞いたけど知らねーって」


カキーン!と今度は金属バットが震える音がした。先程より控えめなその音に驚くことなく、山田は水筒から麦茶を啜っていた。

外からはホームランにはしゃぐ歓声が聞こえてくる。


「……マジ?」

「まじまじ。ここいらで誘拐事件なんか滅多に起きねーし、なんなら子供が酷い目にあった事件なんてカーチャンは聞いた事ないって」


口ではそういうが山田の視線は浜屋の白濁とした右目に注がれていた。仲良くなった今なら聞けるかもしれないと山田に打ち明けてみたのだ。

引っ越す前に起きた"らしい"事件の一部について。

両親はもとい、祖父母も話したがらない内容だが事件の概要について──ある程度なら知っている。視力を失った、トラウマの原因として。なので、故郷にずっと住んでいる山田なら何か知っているかもしれないと思ったのだが、外れだったようだ。


「怪我も怪我だから結構デカイ噂になってるもんかと思ったのになー」

「なってたらもっと腫物扱いしてるっつーの」

「腫物扱い、て」


ホントだろ?とようやく食べ終わった弁当に手を合わせ、山田はうーんと伸びをする。こちらも食べ終わった菓子パンの袋をくしゃりと丸め鞄にしまった。


「てか柄西は幼馴染なんだろ?ならそっちに聞きゃいーじゃん」


さも当然のような顔で山田が言うが、その件については言葉を濁すしか無かった。何故って、ただでさえ忘れた幼馴染の関係を叩き込もうとしてくるのに、これに事件のことも上乗せされたらテスト勉強よりも面倒臭くなるのは確実だ。


(だから山田みたいな感じで軽く教えてくれたら楽なんだけどな〜……)


 昼休みが終わり、浜屋はまた頬杖をついて授業を聞き流す。退屈な授業の片隅、考えるのは昨日の事だ。


放課後、加護山と話していた時、急に割って入ってきた柄西の慌てたあの姿について。


加護山に対し、怯えているような、いや── 警戒してるような雰囲気があった。トラウマ……だろうか? あの時点でも大分苦しそうな感じはしていた。それから無断欠席となれば、やはり昨日の出来事が関係してるんじゃないかと考えてしまう。


── 例えば、そう。柄西が固執している、あの幼馴染の仲違いに関係あるんじゃないか……とか。


「……わっかんねー」


 考えれば考えるほど、混乱して頭の奥がピリピリする。


(幼馴染とか、再婚とかどんだけややこしいんだよ……)


と、ふとなんとなく自分の家族のことを思い出した。


両親は今、海外に赴任していて妹と一緒に祖父母の家に居候中だ。家族仲は……良くも悪くもなく、普通。

けれど、自分から切り離そうと思うには惜しい仲だと思っている。


(柄西はそれなのに、自分から切ったんだよな)


価値観も在り方も全然違うはずなのに、何故か切り離そうと考えるその姿がどこかひっかかってしまう。


──自分と柄西が似てる部分。


 この教室で明るく振る舞う自分と、放課後だけ幼馴染として話を合わせる柄西。

その間にある距離感は、果たして本当に友達と呼べるのだろうか?


視線をずらせば、鞄から呪符のように纏まった関係図ノートが顔をのぞかせている。


幼馴染か、友達か。

どちらとも言えないそんな関係が、なんとなく引っかかって仕方がなかった。




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