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苔下に梔子  作者: 遠野
第1章:浜屋真弓
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薄灯の下②





── 転入してから二週間が経った。


昼休みになると山田を筆頭に同級生の輪に絡め取られ、気づけば放課後も彼らと帰宅するようになっていた。


馴染んだ、いや──馴染みすぎたのかもしれない。案外ノリのいい連中に囲まれて、気づけば “充実した学生生活” なるものを謳歌していた。


けれど、その充実した生活の中で唯一引っかかる人物がいた。柄西紡。幼馴染だといい、転校初日からいきなりぶっ飛んだ発言をしてきたヤツ。


──協力して欲しい。


そうアイツに頼まれてから、柄西から誘われ時に限り放課後の教室でちょっとした話し合いをすることになった。そしてその間柄西が語ったのは "元に戻したい"と切望する幼馴染の事だけだった。


曰く、幼馴染の"まーちゃん" "ういちゃん" "さとるくん"


最初はピンと来なかったが、そのウチのまーちゃんが俺のことらしい。流石に今そう呼ばれンのは恥ずいから却下したけど。


『……俺達の中で1番行動力があるのが "ういちゃん" で、ニコイチだった浜屋はいつも巻き込まれて叱られてたんだ』


とりあえず忘れた関係を頭に入れ直そうと広げたノート書き込んだが話しながらあーじゃない、実はこうであり。と感想も兼ねぐちゃぐちゃに書き込んだせいで文と矢印が行き来し、結果として呪符のようなおかしなモノができてしまった。


「"まーちゃん"の仲良しが "ういちゃん" で "さとるくん" は皆の……あ〜?なんだこれ」


お陰でこうやって関係図を見直すにも下手くそすぎる字で壊滅的な有様だ。諦めてノート(呪符)を机に置き、ぐぅ〜!と伸びをする。


「柄西が居れば聞けたんだけどな〜……事情もジジョーだし、しかたねーかァ」


残された荷物を見て、ハァ〜と深く溜息を吐いた。


つい先程まで柄西から例の幼馴染事情とやらを聞いてたのだが……突然、見知らぬ生徒が教室に乱入してきたのだ。

そして捲り立てるように柄西に縋り付きわんわんと泣き始めた。


『が、がいぢょぉお!!だい、だいべんで、部活の予算っ 会計が合わなぐでぇ〜!』


【生徒会 会計】と書かれた腕章を付けたソイツは至る所に涙鼻水垂れ流し柄西の腰から離れなかった。もうビシャビシャだった。


その姿をみた柄西が「お前、またやったのか……」とガックリ肩を落としているものだから、つい「待っててやるから行ってこいよ」と言ってしまったのだ。


そうして何時に戻ってくるか分からない柄西の為、少しでも俺ができることをしようと思ったわけなのだが……もー、てんでさっぱりだ。


「さとるくん、さとるくんねぇ」


"さとるくん"に引っ張られた矢印の元は、隣の柄西から伸びている。そして、"まーちゃん"と"ういちゃん"からは……と文字を指で追いかけているとひとつ疑問が浮かび上がる。


「てか、俺たちはあだ名で書いてるけど……柄西はなんて呼ばれてたんだ?」


柄西が話してた内容をメモにしたから主観的な部分だけ書いてあって客観的なモンは分からないままなのか。後で聞いてみよう。付箋に要点を書いてノートに貼り付ける。


「……あー!終わった〜〜!」


ついにやることがなくなり、一層静かになった教室に夕陽が差し込んでくる。


誰も居なくなった教室は、一人取り残されている俺に対し無機質な沈黙を押し付けてきた。


生きている物が居ないこの場所は、呼吸している俺の方が異物みたいだ。


目が眩むような夕焼け。

カラスの鳴き声ひとつしない空間に気持ち悪さを感じ、思わず俺は教室を抜け出した。


「ちょ、流石に誰か、他に残ってるはず、だよな?」


静まり返った廊下を駆け足で抜け、階段を昇りきる。三階の窓からは、だだっ広いグラウンドとその奥に並ぶ屋根が見えた。山間に赤く染まる空が覗き、ジラジラと揺らめくソレはどこか、非現実的で。


(やば、なんだこれ、気持ち悪…っ)


頭のどこかで違和感が揺らぎ警報を鳴らす。


俺、

同じような夕焼けを見た事ある。


真っ赤だ。

影が伸びてる。

赤い、赤い夕焼け。


音がしない。

いやする。

ギィギィと軋んだ板。板?


揺れる、揺れた?

太い手が、俺?伸びて、髪の毛。

黒い。赤くて。赤?


「は、ハッ……」


喉の奥が詰まるような違和感。

チカチカと変動する景色に呼吸が早くなる。苦しい。


あ、やばい。これ、あれかも。


震える手で、息を、落ち着かせようと、喉に手を、ダメだ、鞄。薬、教室? やば、落ち着か、イヤーカフ、触って。


「ねぇ」


キュッとゴム底が擦れた音が、廊下の奥から聞こえた。


「── 居残りかな。もうとっくに下校時刻は過ぎてるよ」



振り返れば、夕陽の逆光に浮かぶ子供が一人。


穏やかなその表情にどうしてか、あんなに苦しかった呼吸が、いつの間にかしやすくなっていた。





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