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苔下に梔子  作者: 遠野
第2章:柄西紡
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羽化しない冬




季節は巡って、気付いたら冬になっていた。無人の精米所から出ると北風の冷たさが頬を刺す。ほぅ、息を吐けば体温が空気にとけ、ふわりと白鼠色の空に揺らいでいった。


(はやく、帰らないと)



 山間にはもう夜が迫っている。重たい米袋を抱え、早足で家へと帰る。少しばかり距離のある道から帰路に着けば、すっかり家の中は冷えきっていた。



「……ただいまぁ」



 返事はなかった。そのまま、誰もいない台所へ行き、米を置いた。買い物のメモを机に置き、毛玉の目立つ上着を椅子にかけて仏間へと足を運ぶ。


部屋に近づくにつれ、色んな人の笑い声が聞こえてくる。重くなる足取り。

一枚隔てた襖の向こうでは、ブラウン管テレビの前でぼんやりとした表情のおばあちゃんが座っている。



「……ただいま」



真っ暗な部屋でテレビの声だけが響いていた。



「……………ただいま、おばあちゃん」





 おばあちゃんの病気は、秋の終わりから一気に進んでいった。



 まず、夜中にふらふらと外を歩くようになった。鍋を火にかけたまま忘れてボヤを起こしかけた事もあった。


それに、お父さんの前でも怖いおばあちゃんになる事が増えてきた。近所の畑に勝手に入り込んだり、邪魔だからと他所の家の木を剪定したり。



『紡ちゃんは悪くないのよ……でも、おばあちゃんの事、もう少しなんとかならないかしら……』



この前は、近所のおばさんがおばあちゃんを連れて家に来た。確か、おばさんの家の洗濯物を汚してしまったんだっけ。「ごめんなさい……」と謝ることしかできなくて、そんな僕を見て、おばさんは大きく息を吐いて帰ってしまった。








「優也ァ〜? 帰ってきたん……こっちおいでな」





テレビを見終わったおばあちゃんがぼくを呼んでいる。甘く此方を呼ぶ声を聞くとキリキリと胃が痛くなる。



「ゆうやぁ、ゆうやぁ」




僕は、誰なんだろう?

なにもわからなくなってくる。

どうしたらいいんだろう。



 ── 夜、役所に相談に行くと言っていたお父さんが帰ってきた。玄関に座り込んでいるのを見かけ、声をかけるとお父さんは頭を抱え唸り声をあげる。



「……施設に入るのも順番待ちだってさ。はは、……全然相談も聞いてくれやしなかったよ。くそ……なんでだよ。なんでこんなことになったんだよ、紡ぅ...…。おばあちゃん、あんな状態になっちゃってさ……紡がもっと早く教えてくれてたら、俺だって、さぁ……」



そう呟く背中がどんどん遠くなっていく気がする。頑張ってここに居ようとしてるのに、まるで沖に流されているように、お父さんが離れていく。まるでアニメの中にいるみたいに。グワングワンと。歪んでく。





廊下の奥からは楽しそうなテレビの笑い声が聞こえてくる。まだおばあちゃんは起きてるのかな。



「……あれ、」



気付いたらお父さんはもう居なくて、玄関で一人ぼっち。



真っ暗な玄関は冷たいのに、引き戸越しにみるお月様は綺麗すぎてなんだかほっぺたが暖かくなる。


なんでだろうと思ったら、床にぼたぼた雫が落ちて、それがとても温かかったんだと、思った。





「おとうさん、おばあちゃん」





夏の日差しの下、庭で西瓜を切ってくれた祖母の笑顔がぼやけて消えていく。僕の頭を撫でてくれたお父さんの手が思い出せない。



冬なんて嫌いだ。

早く、夏に戻ってよ。










■◻︎■◻︎■◻︎




 

「最近、全然話してくれねーじゃん」


 放課後の校門を出たところで、まーちゃんと、ういちゃんに捕まった。


「顔が疲れてっし。なんかあったろ」


いつもは僕を振り回すういちゃんが珍しくそわそわとしている。心配、してくれてるんだ。



 ぼくは一瞬だけ、全部話してしまおうかと思った。家のこと、毎日の変化が怖いことを。


……でも、お父さんの余計なことは言うな、という言葉が胸の奥に重くのしかかってくる。もしも言ってしまったら、またお父さんは疲れてしまうかもしれない。そう思うと、何も言えなくなる。

 


「……なんもないよ。ただ、ちょっとつかれちゃってるだけ」



 口に出した瞬間、二人の表情が曇ったのがわかった。けど、それ以上聞かれたくなかった。


「お前さぁ」


「ごめんね、おばあちゃんが待ってるから先かえるね」





駆け足で通学路をいく。視界の端では雪ちらついていた。



もう、何もかも変わってしまった。

季節は夏から冬になり、周りの環境もガラリと姿を変えた。



 さとるくんは祭りの後も学校を休み、宗教団体の屋敷から出てこない。噂では「後継」のやり取りをしているらしい。


天蓋祭を見逃したから、あれから1度も会えていない。



 夜、茶の間で祖母の世話をしながら、時計の針の音を聞く。テレビの音は変わらず大きいのに、何故か時計の針の方がよく聞こえる気がする。


次第に部屋の隅の影が濃くなりゆっくりと瞼が閉じられていく。
















ああ、駄目だ。

思い出したくないのに。















時計の針が聞こえる。

3回、大きく鐘が鳴り、目を覚ました。









真っ暗な部屋。

テレビがカラーバーを映している。




こたつの奥、うっすらと開いた襖。

仏間の部屋。



その向こう側で、何かが蠢いて。




振り乱して。

唸って、叫んで。





「おばあちゃ」






─────砂嵐の音が、響いて






「ゆぅ、やぁ」




あ、ああああああああああああ?








■◻︎■◻︎■◻︎





「───ッ、ぁ」



息苦しさに目が覚めた。いつの間にか日が昇っていたらしい。中途半端にカーテンの開いた部屋に灯りが射し込んでいる。



「はぁ、……はー……ぁぁ」



じっとりと汗まみれの額を手で拭い、眩しすぎる朝日に目を細めた。泣いたまま寝てしまったからか、頬が乾燥し瞼が腫れぼったくて頭が痛い。



「もしかして本当に風邪ひいた……?」



蹴り飛ばした毛布が申し訳なさげに部屋の隅で丸まっているのが見える。気怠い身体と節々の痛みにガッカリと気落ちしたが───少しだけ、ほんの少しだけ、キチンとした休学の理由に安堵した。




「取り敢えず、父さんに返信して……」



元気になったら、ちゃんと学校に行こう。それで、また考えよう。







昔みたいに、

みんなといられる方法を。



そしてもう一度

本当のさとるくんに会える方法を。



火照る身体を丸め込み、そしてまた再び深い眠りに沈んで行った。







だいぶ遅くなりました〜!

これで柄西編は一旦おしまいです。

次は幕間挟んでからの浜屋編に戻る予定です。

もう暫くお付き合いくださいませ。

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