9 帰らぬラフィー
シエルは違和感を感じていた。
一転令息たちを受け入れはじめたラフィーに、彼女が男子生徒を侍らせているという噂はあっという間に再燃した。
授業中以外は男子生徒に囲まれているので、ラフィーとは最近言葉も交わせていない。
時折男子生徒からざまを見ろ的な視線を送られるが、学園での状況がどうなろうとラフィーの伴侶を男爵が選ぶということ自体は変わらないので、そんな「勝った」みたいな顔をされても・・・シエルはご愁傷さまですとしか思えなかった。
そして新学期がはじまって一週間。
定期的に顔を出すように決められているためシエルがエッセの紅茶店に行ったところ、大司教からの伝言を聞かされたのだ。
『スキルの謎解決のため、対象のフォロー含め、今回の任務はこれで終了とする』
ラフィーが夏季休暇に男爵夫人や家庭教師に教育を施されていたことは知っているので、フォローは終了でも問題はないのだが──・・・ラフィーの急な心変わりと今回の大司教からの指示にシエルはモヤモヤせずにはいられなかった。
更に新学期がはじまって一ヶ月経つ頃。
あんなに第一王子を嫌っていたラフィーが、その第一王子や側近と共に中庭でランチを摂る姿を見かけるようになったのだ。
あっという間にラフィーと第一王子たちは学園の噂の的になった。
それを注意するワイスハイツ公爵令嬢の姿もよく見かけるようになり、その時の対応から第一王子はワイスハイツ公爵令嬢のことを快く思っていないようだという噂も広まり始めた。
そして二人の不仲の原因であるラフィーに対する風当たりも強くなっていった。
その為ラフィーの横には常に第一王子か側近が侍るようになり、ラフィー様の伴侶の座を狙っていた男子生徒たちは諦めざるを終えなくなったようだ。
慌てて他の令嬢との仲を深めようとしているが、相手にもされていないらしい。
今度はシエルが勝ち誇った顔で見てやるべきなのだろうがそんな気持ちにはなれなかった。
殿下たちと共に過ごすラフィーはもう普通の貴族家から伴侶を選ぶのは無理だろう。
どうなるかは分からないが殿下は勿論側近の二人にも政略で結ばれた婚約者がいるはずだ。政略ならば事業等が関わってくるため簡単に崩れることはないだろうが、その婚約が潰れるようなことになればラフィーもただでは済まないかもしれない。
男爵令嬢の庶子では側妃になることも叶わないだろう。殿下の愛妾になるのか、それとも物語同様困難を乗り越え王太子妃を目指すのか──。そして卒業パーティーで婚約破棄という悪手を踏むつもりなのだろうか。
幸いラフィーが籍を置くのは成績優秀者が揃うAクラス。教室内では相手にされないだけで何も起きてはいないが、教室の外ではラフィーに対して「ワイスハイツ公爵令嬢のため」という言葉を免罪符に激しい嫌がらせをする者も出てきているらしい。そしていつもその場には第一王子が現れ、ラフィーを救い出すのだ。
以前ラフィーに聞いた通りの出来事が起こる。これがラフィーの言う物語を進めるということなのだろう。
更にその嫌がらせがフィリー・ワイスハイツ公爵令嬢をはじめとする側近の婚約者たちの差し金ではないかという噂が流れて来たものだからシエルは驚いてしまった。
ラフィーに聞いた話では、物語で第一王子たちがワイスハイツ公爵令嬢を「断罪」すると言っていた「罪」がこの嫌がらせだったからだ。
しかし公爵令嬢が男爵令嬢に嫌がらせをしたからどうしたというのか。そもそも先に婚約者を蔑ろにするという嫌がらせをしたのは第一王子たちの方なのに。
それに第一王子には『王族の影』が付いている。学園での様子は逐一報告されているはずなのに国王が王太子の醜聞を指を咥えてみている──これもラフィーのスキルの効果なのか。
夏期休暇明け、突然心変わりをしたラフィーの言動を含め、シエルは何かしらの意図を感じずにはいられなかった。
何もしなくても時は過ぎる。
いくら『王都の影』とはいえ王家のやることに口を挟めるわけもない。シエルは淡々と日々を過ごすしかなかった。
そしてまたしばらくたったある日の夜、食事も湯あみも済み、シエルが寝支度をしていたところにシラソル男爵家から早馬がやってきた。当主である父が対応してくれたが、なんとラフィーが未だ屋敷に帰ってきていないというのだ。
それでなくとも最近良くない噂の渦中にいるラフィーだ。
心配で仕方がなかったが、シエルは「最近ご一緒していないので分からない」との返事を預けることしかできなかった。
──表向きには。
シエルのスキルである『根』は植物の根を自在に操れるものではあるが、少しだけ違う使い方ができる。王都程度の広さであれば、『根』が張ってさえいればその周辺の気配を辿ることが出来るのだ。
『スキル』は巷で流行っている物語のように「魔力を使って行使する魔法」の類ではない。体力と一緒で使えば疲れたりはするが、訓練次第で無限に行使できる。
「いた」
木々に囲まれた街外れの一軒家?何故そんなところに?
・・・だが無事なようだ。
(あら?)
ラフィー様がいる建物の中に、もう一人見知った気配を感じた。何故彼が?
(──ここから近い・・・どうしたら・・・)
誰かに助けを求めるにしてもなんと説明する?しかもその間にラフィーに何かあったら・・・。
シエルは一瞬悩んだが、すぐに心を決めた。
休んでいるように見えるようベッドを整えると、闇に紛れることが出来るよう動きやすく暗い色の服に着替え、そっと裏口から外に出たのだった。