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8 夏季休暇

 あれから第一王子と側近はもちろん男子生徒たちにも絡まれることなく、シエルとラフィーは何事もなく過ごし学園は夏期休暇に入った。

 いや、婚約者がいるにも関わらずシエルに絡んできた令息の何人かが、婚約を破棄されたという風の噂は聞いたような気がする。そしてファブロス伯爵令息に言われたからか、こぞってシラソル男爵家に釣書を送りつけているとも。

 ラフィーは庶子の身で「この人たちは友達に絡んだから嫌です」とは言えなかったらしいが、別ルートからあの時の彼らの言い分がそのまま男爵の耳に入ったらしい。男爵からしてみたら不愉快極まりない話だろうし、そんな考えの令息に家督は譲りたくないだろう。端から男爵に断られているらしかった。

 本人たちはラフィーとランチを楽しみたかっただけだろうに気の毒──とはシエルは思わなかった。そしてシエルも当然彼らの名簿と共に父に一言一句漏らさず報告している。




 シエルは夏期休暇を領地や王都でのんびり──たまに仕事をして──過ごしていたのだが、ラフィーは違うらしい。

 まさかAクラス入りするとは思ってもみなかった男爵夫妻と家庭教師に、高位貴族と接するときのルールとマナーを詰め込まれているらしいのだ。


「今度男爵夫人と教会に併設された孤児院に慰問に行くことになりました。その後は夫人のお友達とお茶会をして、マナーの最終チェックなのだそうです」


 久しぶりに会ったラフィーは言葉遣いが変わり、所作は確かに以前とは比べ物にならない程きれいになっていた。

 喫茶店のテラス席は日除けがきちんとしてあり、大通りに面しているためとても目立つ。そこでお茶をしている客層でその店の格が決まるため、中途半端な所作の者が案内されることはない。

 そのテラス席に案内されたのだから、きっとマナーのチェックにも合格できるだろう。


「あぁ、平民に戻りたい」

「え?そうなのですか?」


 不意に漏らしたラフィーの言葉を聞き、シエルは意外に思った。

 確かに貴族は色々面倒くさいことは多いが、ラフィーは母親を亡くしたため子のいない男爵家に引き取られたと聞いた。市井に戻っても一人ぼっちのはずだ。


「キャー!引ったくりよ!!」


 その時叫び声が聞こえた。

 そちらに視線を向けると年老いたご婦人が倒れ、帽子を深く被った男がこちらに向かって人混みを駆け抜けて来ているのが見えた。手に持った女性用のバッグからこの男が引ったくり犯であることは容易にわかる。

 男の後ろから警らの騎士が追って来ていることを確認したシエルは、男の足元に張っている根を石畳の隙間から少し出した。

 起きてしまった事件の速やかな解決。これも『王都の影』の仕事である。


「おわっ!!」


 男が派手に転ぶ。その拍子に手に持っていたバッグが投げ出され、いつの間に移動したのかラフィーがキャッチした。


「「「おぉ~」」」


 その貴族令嬢とは思えない動きに、思わず歓声が上がる。

 ラフィーはそのままご婦人の元に駆け寄ると、バッグを手渡した。

 男は無事に警らの騎士に捕らえられた。頭に『?』を浮かべながら石畳を見ているが、すぐに『根』は引っ込めたので何もあるはずがなかった。






 夏期休暇も終わりに近付いた頃、シエルは新学期に使う文具を購入するために街に出た。


「フルーガ子爵令嬢?」


 お気に入りの文具店で商品を選んでいるところで名を呼ばれた。顔を上げるとそこにはレスト・ファブロス伯爵令息が立っていた。




「はい、どうぞ」


 そして何故かシエルは今、公園でレストからアイスティーを受け取っていた。

 自分の分は払うと申し出たのだが、女性に払わせるなんて甲斐性のないことをこんな人前でさせないでと強めの笑顔で言われてしまったので、受け取る以外の選択肢はなかったのだ。


「ありがとうございます・・・」


 シエルは自分はこんなところで何をしてるんだろうかと考えた。まぁ、レストに誘われたからなのだが。

 先日助けられたこともあり好感も持っているため、シエルには断るという選択肢はなかった。


「その後、困ったことはない?」


 おもむろにレストが聞いてきた。

 なるほど、また絡まれたりしていないのか心配してくれていたらしい。

 優しい人だ。


「ありがとうございます。大丈夫ですよ」


 その会話をきっかけに、授業内容や休暇中に新たに隣国で発表された論文の考察などの話題で意外と話が盛り上がり、楽しいひと時を過ごしてしまった。

 喉が渇き、シエルがすっかり氷が溶けてしまったアイスティーに口をつけようとすると、


「温くなってしまったね」


 そう言ってレストが指でカップを弾いた。


「!」


 その瞬間、アイスティーがまるで氷が入っているかのような冷たさを取り戻したのだ。

 ファブロス伯爵令息の顔を見ると、彼は人差し指を口許に当て、にっこりと微笑んだ。


「薄くなってしまったのはどうしようもないんだけどね」


 キンキンに冷えたアイスティーを手に、シエルは叫び出したいのを必死に堪えた。


(ラフィー様もファブロス伯爵令息も私の周囲の人は何故『スキル』をしっかり秘匿しないの!?)






 そんなこともあった夏季休暇も終わり新学期。

 レストによる突然の『スキル』開示事件の後、もうしばらくはこれ以上驚くことは勘弁してほしいと思っていたシエルに向かってラフィーが宣言した。


「物語を進めることにするので、しばらくランチは一緒に食べられません」と。


 この後シエルが学園でラフィーとランチを摂る機会は、本当に訪れなかった。

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