7 クソ司教への報告
「ほう」
エッセに大司教からの伝言を聞いたシエルは、指定された日に教会に赴き、ラフィーのスキルについて説明した。
荒唐無稽な話だ。
真面目な顔で聞いていた大司教も流石に驚いたらしく声を上げた。
「ヒロインとは他の世界の物語の主人公、ですか」
そう。
ラフィーが言うには彼女はこの国を舞台とした物語の『主人公』で、他には王太子である第一王子とその側近たち、ワイスハイツ公爵令嬢が主だった登場人物なのだそうだ。
それは男爵家の庶子が王子様に見初められるところからはじまる物語で、婚約者へのコンプレックスに悩む王子様と男爵家の庶子である令嬢の恋を描いているらしい。
ヒロインは庶子であるにも関わらず王族の寵愛を受けていることを理由に公爵令嬢をはじめとする周囲の令嬢からの嫌がらせを受け、それを庇う王子と共に苦難を乗り越え、最終的に王子の婚約者である公爵令嬢を退け、結ばれるシンデレラストーリー。ちなみにシンデレラも別の物語のヒロインらしい。
少し違うが分かりやすく言うと「男爵令嬢による下克上物語」らしい。
以前はストーリー通りに話が進んでいたため、第一王子や他の男子生徒がラフィーに執着していたのだと聞いた。
殿下に対する対応が不敬と取られないのも物語の作用なのだという。
ラフィーがシエルにこの話をしたのは、それを説明したかったのではないかと思われた。
もしもラフィー様がただの『ヒロイン』であれば、物語の通りにことは進んでいたのだそうだ。
「そして転生とは、他の世界で生命を終え、新たにこの世界で生まれ、更に過去生を思い出した存在、と言うわけですか」
大司教の言葉にシエルは頷き続ける。
「先程お話した物語はシラソル男爵令嬢が過去生きていた世界に在った物なのだそうです。
過去生の記憶により、その物語と同じ時間が流れている間の出来事や物語に関連する情報を先んじて知り、それを元に自分の望む結果になるように行動を起こすことが出来る──それが『転生ヒロイン』なのだそうです」
大司教は何を考えているのか、目を閉じ静かにシエルの報告に耳を傾けている。
「そして、過去生のシラソル男爵令嬢はお相手の王子殿下がお嫌いだったらしいのです」
物語の第一王子は自分を陰日向に支えてくれているワイスハイツ公爵令嬢を責めるだけでなく卒業式の後に行われる卒業パーティーで断罪。公衆の面前で婚約を破棄した挙げ句に罰まで与えるというのだ。
断罪後、他の卒業生の前で愛を誓って物語は終わる。だから『スキル』の効果は卒業式当日までなのらしいのだが、「そんな身勝手なヤツのどこを好きになれと言うのか」というのがラフィーの言い分だ。
とりあえずそう言う理由でラフィーは物語から離脱する努力をしているらしい。
ヒロインでありながら過去生を思い出したことにより、物語のストーリーに反して自由に動ける存在。
物語の通りに第一王子とのハッピーエンドを目指すもよし、物語から離脱してやりたいことをやるも良し。
「『スキル』に関しては報告は以上です。とりあえずフォローの方は友人である限り続けるつもりですが」
報告が終わったためシエルが立ち上がる。
「流石ですね。やはりあなたに任せてよかったです。あなたでなければこんなに早く分からなかったでしょう」
(同じクラスの『影』が私しかいなかっただけの癖によく言う!)
シエルは作り笑いでそれに答えた。
「今後のことはまたエッセを通じてお伝えしますね」
大司教はそれに気付いてか気付かないでか、そう言ってシエルを見送る。
「あぁ、そういえば」と、大司教がシエルを呼び止めた。
「公にはしていませんが、現在王都内でスキル持ちを狙った誘拐事件が数件発生しています。
事が事なので『王族の影』が動いていますがあなたも知っておいた方が良いでしょう」
『王族の影』が動いているにも関わらずシエルに知らされたと言うことは、シエルの身近で起こっている事件だと言うことに他ならない。
「分かりました。気を付けます」
こんなのでも一応権力者だ。シエルは深々と頭を下げると部屋から退出した。
さっさとその場からオサラバしたくて足早で教会を出たシエルは、大司教の独り言を耳にすることはなかった。
「『転生ヒロイン』──なるほど。それが本当なら、物語から離脱してもらっては困りますね──」