3 き、奇遇!?
さて、翌日の学園。
どうしたものかとシエルが然り気無く対象を観察していると、何故か昼休憩に入ってすぐあちらから接触してきた。
「フルーガさん、少しよろしいですか?」
「なんでしょう。シラソル男爵令嬢」
底辺の争いかもしれないがシエルは子爵令嬢で彼女は男爵令嬢。かろうじてシエルの方が身分は上だ。いや、それ以前に「さん」付けって・・・名前で呼ばれなかっただけマシなのか?
シエルは自分が敢えて「シラソル男爵令嬢」と呼ぶことで、察して欲しいと願ったのだが・・・
「折り入ってお願いがあるのです」
深刻そうなラフィーの言葉で、呼び名の件はどこか曖昧になってしまった。
初等科は身分の上下を身をもって理解するため爵位順でクラス分けをされているが、高等科からは成績順でクラス分けされる。
学力にあった内容を指導することにより国が一人でも優秀な人材を確保するための政策なのだが、嫡子以外の令息令嬢は上位クラス入りを果たすことで自身が有能であることを示し高位の貴族家の婚約者や使用人、文官を目指し、嫡子は上位クラス入りを果たすことで自身が主人に値するということを証明し優秀な側近を手に入れることを目的としている。
そんな上位クラスの中でもAクラスに在籍する者は伯爵以上の生徒が占め、子爵以下の家格の者はシエルとラフィーだけなのである。
「はぁ、では男子生徒にチヤホヤされることはシラソル男爵令嬢の本意ではないと──」
「勿論です。そんな好き好んで女性貴族の皆様を敵にまわすようなことしませんよ!しかも婚約者がいるのに他の女性に言い寄るって、最低な行為だと思います!」
あのまま教室に留まるのは不味いらしく、ラフィーに連れ出されたシエルは人気のない校舎裏で話を聞かされていた。
ラフィーはよく他クラスの女生徒にここへ呼び出されるが、誰も来ないので内緒話に最適なのだと聞いてシエルは心底驚いた。
ラフィーは話を聞く限りでは意外とちゃんとした倫理観を持っているようだった。が、それとシエルへのお願いが繋がらない。
「それで、私に頼みたいこととはなんですの?」
昼休憩には限りがあります。シエルがそう言って本題を話すよう促すと、ラフィーは突然頭を下げて右手を差し出した。
「私と、お友達になってくださいっ!」
(え、「お友達」?それにこの手はどういう意味かしら)
そのまま動かないラフィーと差し出された手に困惑するシエルは、「お顔を上げてください」と言って恐る恐るその手に触れた。
するとラフィーは顔をカバっと上げ、両手でシエルの手を掴むと満面の笑みでブンブンと振り回したのだ。
「ありがとう!」
(え、あの手に触れることが了承の意味だったの?平民の文化・・・なのかしら。
まぁ、任務のこともあるので否やはないのだけれど──)
ラフィーのお願いとは有り体に言えば同じクラスのシエルと友達になり一緒に過ごすことで男性陣を遠ざけたい、というものだった。勿論目的のためだけにシエルを利用するという意図は感じられなかったため、シエルは協力する旨を伝えた。
(まぁ私も利用させて貰うので、シラソル男爵令嬢も利用してもらうだけで構わないのだけど)
シエルはそう考えたが、友達が出来たとあまりにも嬉しそうにしているラフィーの勢いに押され、結局そのまま一緒にランチを食べることになった。
貴族としての生活より平民としての生活の方が長いラフィーは、これまで嫌だと思っても貴族から誘われると断ることが出来なかったらしい。
しかし──
彼女と学園に併設された下位貴族用のレストランに向かう途中で、何人かの男子生徒に声を掛けられたが、断る正当な理由を手に入れたラフィーはすべて「お友達と一緒にランチをするので!」と満面の笑みで答えて一蹴していったのだ。
(この調子では私が男子生徒の反感を買うのでは?)
そうシエルは思ったが、ラフィーにランチの誘いを断られた腹いせに私を睨み付けるような小物はこっちから願い下げなので、全く困らないことに気付き気にしないことにした。
下位貴族用のレストランはトレイに好みの食事を自らサーブするスタイルだ。
シエルとラフィーが並んでトレイを持ち、テーブルに着いて食事を摂りはじめたところに、小物の中の大物?大物なのに小物?な人たちがやってきた。
この国の王太子でもあるモディアス・リドラーン第一王子とその側近たちである。
「シラソル男爵令嬢、奇遇だね。同席してもいいかな?」
(き、奇遇!?)
ここは下位貴族用のレストランだ。そこに王族が存在するというこの不自然さを、第一王子は奇遇の一言で片付けてしまった。
第一王子には『王族の影』がついているはずだ。
彼らは王族の護衛と監視が一番の優先事項であるため、このように王族としての立場をわきまえない行動は国王陛下に報告が行くのでは?シエルは一瞬そんなことを考えたが、緊急でない限り報告が行くのは今夜か後日だろう。
しかし、問題は今ここで発生している。第一王子の心配をしている場合ではないし、助け?は来ない。
(え?王族が下位貴族用のレストランのテーブルに着くの!?私はどう行動すればいいの?
殿下はシラソル男爵令嬢との食事をお望みなのよね?
一度口をつけたのにこのトレイを持って移動?それって令嬢としてどうなのかしら。
でも殿下と同じテーブルに着くわけにも・・・)
シエルがそんなことを悩んでいた時、周囲の生徒も目を丸くして固まってしまっていた。同じ食堂にいる第一王子が席にも着いてないのに食事を続けていいものか?食事中だが第一王子が立っているのに座っていて良いものか。そう考え、食事の手を止め、立ち上がった者までいる。
第一王子と側近たちだけではない。そこにいた全ての生徒がラフィーの返事待ちとなった。
「いえ、私は今お友達と食事をしているので」
(え?王子殿下からの誘いを断るの!?しかも私とランチを食べることを理由に!)
他の令息同様満面の笑みで断るシラソル男爵令嬢に周囲の人も皆、目を丸くしている。
王族の言葉を否定するなんて不敬と取られかねない。
「そうか・・・」
驚くことに王子様御一行はそう言うと残念そうにしながら素直にレストランから出て行ってしまった。
生徒だけではない。
王族や高位貴族用のレストランと違って下位貴族のレストランは皿だって食材だって高位貴族用のレストランに比べ控えめに言っても見劣りする。
下位とはいえ貴族に料理を提供しているのだ。それなりに腕に自信はあるが、ここで提供される食事は日頃一流の料理人の作る食事を食べ慣れた第一王子の口に合うのか。毒味もないレストランの食事で万か一体調不良に陥った場合、誰が責任を取るのか──。
殿下は自身で食事を選び取るのか、それとも好みも分からないのに食事をサーブしなければならないのか?そもそもワントレーで持っていって良いものなのか──。
そんなことを悩んでいたレストランの料理人やホールスタッフも皆、王子様御一行の退出に安堵したのであった。