教室の天井は、いつも青い
小学生の頃から、もし二メートルの教科書があったらどんなことが起きるかなと繰り返し空想しては楽しんでいました。
そんな空想を物語にしてみました。
今年度から学校の教科書が二メートル×四十センチになった。教科書が巨大化したのは、今、流行している疫病のせいだ。
優秀な研究者が日々、研究を重ねているらしいけれど、その疫病のことは、ほとんど解明されていない。
感染すると心臓にダイレクトにダメージを与え、激しい動悸、息切れ、不整脈が起きる。酷い場合は心室細動を起こして死に至る場合もある。空気感染および飛沫感染する。
以上が疫病について、わかっていることだ。
感染予防策として推奨されているのが、換気とマスクの着用。
そのため、学校という人がたくさん集まる場所での換気は、必須だ。職員会議を重ねた結果、教室でなく屋外で授業を受けることに決まったらしい。
クラスごとに、中庭、運動場、ピロティ前の広場、校門から昇降口までの通路……などに分かれる。学校の敷地内に収まらない時は、近隣の公園やグラウンドで授業をすることも可らしい。
でも、どの学校も、校内で児童を収めることができたようだ。少子化の時代で本当によかった。
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そして、飛沫感染を防ぐために考えられたのが、巨大化した教科書。自分の前に二メートルの高さの教科書で壁を作る。教科書は机に立てるように置く。すると、前後に教科書の壁ができる。
そうすることで、くしゃみ、咳、会話での飛沫が飛ぶのを防ぐ。
教科書はビニール製で、重点しか書かれていないため薄いし軽い。しかし、難点もある。机に立てて置いているので、教科書のページの上に書いてある文字や数式は見にくい。
でも、先生が読み上げてくれるので、ほぼ見ることはない。
僕の三年一組は、校庭の端にある鉄棒の前から、二十メートル先の向かいにあるプールの前までが教室だ。
前から三番目、右側から三列目の席。一番前の子とは六メートルほど離れている。
机に嵌め込まれたタブレットで、はるか彼方の先生と板書を見る。
椅子の下には緊急用のAEDが一人ずつ設置されている。知らず知らずのうちに感染して、心臓の動きが急におかしくなった時に、周りの児童がそれを操作し、互いに助け合うのだ。
この間の全校集会(タブレットを通して、校長先生の話を聞く。)で、AEDの使い方も教わった。
僕達三年生でも、ちゃんと使えるか不安なのに、一年生や二年生は、もっと不安だろう。
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雨の日でも授業はある。巨大教科書がビニール製なのは、雨天時の対策だ。みんなカッパを着て席に着く。たまに、カッパと傘という厳重装備の子もいる。
僕は雨の日が好きだ。
濡れるし、教科書から雫が滴るし、嫌なこともある。でも、その分、雨の日は板書をせず、先生の話を聞くだけでいい。
僕が好きなのは、学校中に花が咲いたように、あちこちに色とりどりのかっぱが見えることだ。黄色、黄緑、水色、赤色、ピンク色。思わず見惚れてしまう。
そして、この巨大教科書。もちろん、ランドセルには入らない。だから、抱えて歩く。最初は感覚が掴めなくて、花壇にぶつかったり、赤信号の横断歩道を渡ろうとしたりしてしまった。
それに風が強い日は、向かい風でも追い風でも大変だ。体ごと飛ばされそうになる。必死に踏ん張って持ち堪える。おかげで、体幹が鍛えられた。
そんなこんなで、保護者から苦情が来たらしいのだけれど、ちょうどその時、二年生の女子児童が疫病にかかった。感染源は学校ではなく、日曜日に行った商業施設らしかった。
その子は大事に至らずに済んだけれど、その後も同じクラスから二名、感染者が出たこともあり、やはり巨大化教科書で我が子の身を守りたい! と親も思ったらしく、苦情は消え去った。
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今は授業中。タブレットから先生の声が聞こえる。
もしかして、教科書は巨大化したまま時代は進むのだろうか。それとも疫病が撲滅して、教科書は元の大きさに戻るのだろうか。
こんな馬鹿でかい教科書で勉強をしていた時代があったと、社会科の資料集に載ったりするのだろうか。
顔を上げる。するとそこには、青い絵の具を解いたような青空が広がっていた。
読んでいただき、ありがとうございました。