大きな君と時の止まった私
いつからだろう。
誰かのために生きられなかった
罰を受ける、なんて考え方を持ったのは。
輝いていた日常は、ある日、
なんでもない時間、誰もが過ごす瞬間、
突然にして奪われた。
私は当時、中学3年生だった。
私には2つ年の離れたかわいい
後輩がいて、幼なじみで、
同じ部活で、家も隣だった。
もはや、運命だったんだと思う。
彼はずっと私に懐いてくれていた。
部活の時も、汗だくになって
疲れているはずなのに、
部活が終わるのが遅い私を、
最後まで待っていてくれた。
そんなかわいくて、健気な
幼なじみが、好きだった。
部活の総合体育大会も終わり、
いよいよ受験に差し掛かってきた時期。
寒空の元、私は中学校へと
歩いていたとき。
「おはようございます!」
元気に声をかけてきたのは、
やはり幼なじみくん。
朝はテンションがいまいち
上がらなかったが、
彼と一緒にいると、なんだか
こっちまで元気になれた。
「おはよう。げんき?」
「はい!げんきっす!!」
「そっかそっか。」
いかにも中学1年らしい元気ぶり。
はっちゃけた感じも、幼くてかわいい。
と、口角を上げながら顔を
眺めていると、幼なじみくんが一言。
「…先輩って、彼氏とか、
いたりしないんすか?」
「へ?いないよ?
てか出来ないでしょ。これじゃ。」
冗談のように返す。
それを見て、彼はほっとした表情をした。
何だったのだろうか。
自分が置いていかれるのが
寂しかった、とか?
くぅ〜…かわいいなぁ。ほんと。
こんななんでもない日々を過ごしている
うちに、受験はやってきて、
緊張しながらもテストを解く。
その間、彼はずっと私を
待っていてくれて、緊張したことも、
あんまし問題が解けなかったことも、
ぜんぶぜんぶ聞いてくれた。
私よりも大人びてきている
彼が、また好きになった。
私が高1に上がるころ、
彼は中学2年生だった。
肌は焼けて茶色、顔も整っていて
センターパートで、さらさら。
いかにもサッカー部イケメン。
むかつく。あとまだかわいい。
告白もひっきりなしで、
ラブレターもすごい数らしい。
どうせ彼女のひとりやふたり、
作っては捨て、作っては捨て
しているんだろうなと思っていたが、
どうやら、すべて断っているらしい。
…どういう神経してるんだろうか?
そう考えながらも、
どこかほっとしている自分がいることに
不思議さを感じずにはいられなかった。
私が高2になるころ、
彼は中学3年生。
私たちが通った青春の中学は、
廃校となってしまうらしい。
ああ、時代というものは、
なんとも憎いものである。
それでも彼は、依然として
可愛く感じた…が、
なんか大人びてきている。
声も低い。テンションも…低め。
なんかダウナーになってきている。
でも私に対しては、昔のまんま。
…かっこかわいい?って感じで、ずるい。
そして高校3年生。
家族が、死んだ。父、母、弟。
全員事故死。突っ込まれたらしい。
私だけ、気が向かなくて行かなかった。
私はショックで部屋から出られなかった。
怖かった。独りが。
彼は、高一に上がったらしい。
私と同じ高校。
ずっと昔から聞いていた。
あなたと一緒に登校がしたい、って。
彼には親が死んだことは、
伝えていなかった。
だから家にも何度も来てくれていた。
でも、出れなかった。
彼まで失ってしまうのが怖くて。
情けない幼なじみの先輩でごめんね。
気持ちを無下にして、ごめんね。
私は私を責める言葉しか、
心から湧き出てこなかった。
私は、怖くてたまらない、
死に溢れる世界へと足を踏み入れた。
そして向かった先は、中学校。
高校の制服に身を包み、
手には睡眠薬を握りしめて。
敷地内に足を踏み入れると、
楽しげに部活に勤しむ子供たちの
声や、ホイッスルの音が聞こえてきた。
あの夏の日、彼とふたりで
向こうの方に見える海を眺めた
屋上も、今では見る影もない。
私は玄関口で、座り込んだ。
部活をする彼を見たあの日のように、
誰もいない校庭に、思い出の
種を意味もなく落とした。
でも、二度と生えてはこない。
1度枯れてしまった花は、分厚い記憶の
本の中で、からからの押し花になっている。
彼は隣にいない。
また独りを感じた。
つらくなった。
だから、これを飲んでしまえば、
もう現世とはおさらばできる。
常世の世界へ真っ逆さまだ。
彼には、申し訳なく思う。
ここまで私に懐いてくれていたのに。
ばいばい。また新しくて、
私より優しい女の人と結ばれてね。
お父さん、お母さん。
ごめんね、こんな情けない娘で。
それと、弟。
ごめん、こんなお姉ちゃんで。
そう思いながら、何十粒もの
薬を口に放り込んだ。
そのまま、私は眠りに落ちた。
私は、死んだのだろうか。
何時間も経った気がする。
頭は、痛くない。
それどころか、体も動かせない。
私は、植物人間になってしまったのだろうか?
いや、心臓は動いていない。
私は確かに死んだはずだ。
…これは、私が神様から与えられた
罰なんだろうか。
家族、彼の思いを無下にして、
生きようとしなかったことへの
罰なんだろうか?
嗚呼、私はまた、独りを感じてしまった。
悲しい。逢いたい。また、貴方に。
いつからだろう。
誰かのために生きられなかった
罰を受ける、なんて考え方を持ったのは。
今がいつなのかも、分からない。
雨粒が当たる感覚や、
雷がなる音なんかは聞こえたから、
触覚と、聴覚は辛うじて残されたらしい。
いっそのこと、死んでしまいたかった。
神様も、余計なことをしてくれる。
…寂しい。七不思議が怖いと2人で
騒ぎあっていた、あの頃に戻りたい。
セミがうるさく鳴く坂道を、
汗だくになりながら登ったあの頃に戻りたい。
そう考えても、思いは虚しく
闇へと沈むだけだった。
その瞬間、私は恐怖した。
何かが近づいてくる。
自転車か?走りでは無い。
怖い。たまらなく。
変な人だったらどうしよう。
さらわれて、内臓を売られたりしたら。
お願い神様。何もかも奪っていい。
私を助けて。お願い、助けて、幼なじみくん。
「な、なんで…」
はっとした。
聞き覚えのある低い声。
優しく抱き上げてくれて、きっと私を
驚愕した目で見つめているのだろう。
紛れもなく、彼だった。
「な、なあ。返事してくれよ。
なんで。2年前に失踪したって
なってたじゃねぇか。
…綺麗すぎんだろ。なんでだ?どうしてだ?
あの日のまんま……にしか見えない。」
私を抱える手は大きくて、
ごつごつしていた。
私の首に指を当て、
脈を測っているのがわかる。
手が小刻みに震えている。
(ごめんね…ごめんね……)
「み、脈がない…。
とりあえず、どうしよう……。
そうだ、屋上へ行こう。
そんで、考えよう。」
私を抱えて、彼は階段を上がる。
どうやら屋上へ着いたらしい。
古いドアの開く音が聞こえて、
私は座らされた。
またあの日のように、2人並んで、
海を眺めているかのように。
…私は、何も見えない。
でも、確かに隣に彼がいるのがわかる。
これほど嬉しいことはなかった。
孤独じゃなくなった。
また彼と一緒にいれた。
「…もう、死んでるけど…。
とりあえず、話はする。
俺、高校何年になったと思います?」
そこまで経っていないはずだな。
と思っていたが、私は彼の言動を思い出した。
と同時に彼も口を開いた。
「…俺、高校3年生になったんだよ。
…同い年に、なったんだよ。」
嗚咽を堪えながら話しているのが、
見えなくてもわかる。
今すぐにでも抱きしめたい。
頭を撫でて、ごめんね。と、
何度も言いたい。
でも、出来ない。
ごめん。ごめん。
それしか言う言葉が見つからなかった。
「先輩を、幸せにしてみせる。
…ま、そう言ったって、もう死んでるけど…。」
嬉しい。ありがとう。
そう言いたかった。
が、彼の口からは思わぬ事が飛び出した。
「俺、先輩のこと、ずっと好きでした。
中学の時……いや、もっともっと前から。」
私は驚愕した。
開かない口が開きっぱなしになった
ような感覚になった。
彼は私の肩を掴んで、
真っ直ぐな目で見ているのだろう。
鳴るはずのない胸が、
ドキドキと拍動している。
「…やっと言えた……返事が貰えてたら、
良かったんだけどな…
…今日は俺、帰りません。
一緒にいたいので。」
え、帰りなよ。と言いたかったが、
生きていたとしても、
多分無理だろう。
彼は私を抱き締めるようにして、
そのまま動かなかった。
時々、星がきれいと呟きながら。
そのうち、彼は寝てしまった。
私も、彼を感じながら、
夜が明けるのを待った。
あの頃と同じように、2人で。
「んん……」
彼が起きた。
どうやら、朝のようだ。
「おはよ……ございます……」
掠れた声で私に話しかける。
なんだか、学生時代に戻ったようで、
懐かしさを感じた。
彼は学校の水道で顔を洗って、帰ってきた。
「ふう。よし、デート行きましょう。」
は?と言いたくなった。
いきなりすぎだろ。
叫びたくなった。とても。
(ど、どこ連れてくの!?
てか私死んでんだよ!?)
「んー、遊園地とかどうでしょう?」
(話聞いてる!?
…あ、聞こえないのか…)
「よし、遊園地に行きましょう!!
さ、このスポーツ万能な筋肉の体で
お姫様抱っこしてあげますよぉ!」
(ちょいいってもう恥ずかしいから
あーもうやだこの後輩あぁぁぁぁぁぁ)
顔がものすごく熱い。
そんなはずは無いのだが。
されるがまま抱っこされ、
タクシーに揺られ、30分も
しないうちに遊園地に到着。最悪。
…いや最高かもしれないけど。
いまは最悪って感じだった。
「さ、行きましょう!!」
(な、なにに…?)
「お化け屋敷!」
(は?)
「…の前に、一応記念写真。
先輩との思い出に。せっかく会えましたし。」
見知らぬ人に声をかけ、
寝ているような私をかかえ、
片手を離す彼。
多分、ピースしている。
…どんな筋力してるんだろうか?
「さ、行きますよ〜、先輩!」
(最悪…)
まぁ動けないからどうしようもない。
またまたされるがままお化け屋敷へ。
叫ぶことも出来ないし、
見ることも出来ないので
多少マシかも知れないが、
何も見えない暗闇から爆音で
叫び声やらが聞こえたら、
どう思うだろうか?
そりゃビビるよねって話。
最悪のスタート。
(はぁ…はぁ…もうやだ……)
「あーっ、楽しかった!!」
(意味わからん……)
「次はジェットコースターに!」
(乗れるの…?私…)
てくてくとジェットコースターに
連れていかれる私。
なにやら係委員さんに話を
しているようで、私が乗れるかどうかを
聞いている。
頼むから乗れないでくれと願ったが、
寝ているだけということなら
大丈夫と言われてしまった。
多分普通はダメなので
現実では真似しないでほしい。
私だけこの苦しみを味わうのも
癪な感じだが。
「いやっはァァァッ!!!」
(うっ…何も入ってないはずなのに
なんか出そう……)
猛烈な嘔吐感に襲われながら
なんとかジェットコースターも踏破。
死にそう。
いや死んでるんだけど。
「…あれ、もう夕方かぁ。
じゃあ最後にメリーゴーランドに!」
(お、センスいいじゃん。)
「でしょ?」
(え?)
「…こうやって話してる風にしたら、
ほんとにデートしてるみたいですね…」
(び、びびらすなよ…
ごめんだけど……)
まさか通じているのかと思った。
そんなはずはないので、
まぁだろうなと肩を落とす。
メリーゴーランドは
苦しめられることはないので、
ゆっくり景色を想像しながら
楽しむことにする。
「…楽しいですね。こういうのも。」
(そーだねぇ。)
「もっと早く、告白しておくべきだった。」
(十分嬉しかったけどねぇ。)
「先輩がこうなることも、
なかったかもしれない。
助けられたかもしれない。」
(まぁまぁ、そう肩を落としなさんな。)
「…体は成長するのに、
心は中学生のまま。
また先輩に甘えたいって、何回も何回も
考えてしまう。できないのに。」
(………)
「ま、見つからずに二度と会えないよりは
マシですけどね!今の方が!」
(…そうだねぇ。ごめんね。)
心の中で会話してみる。
寂しそうな表情を、
無理やり明るくしている彼の姿が
ありありと目に浮かぶ。
そのたび、心の中で謝ってみる。
その瞬間、彼の手が、私の肩に乗せられた。
「動けないからって、好き勝手して
ごめんなさい。でも、これだけは
許して下さい。…いきますよ。」
(え?え??)
周りは景色が回転していて、きっと
お客さんにも見えていないはず。
私たちは馬車の席に座って、
向かい合わせになっている。
きっと馬に乗るよりは
周りから見えにくいのだろう。
…ということを踏んで、彼は
私にキスしてきた。
「…ありがとうございます。
ずっと、あなたとしたかった。」
(おいおいおいおい!!!
今!?今じゃないだろ!!!)
「…なんか、照れくさいですね。」
(おめぇのせいだろ!!!)
なぜか、鳴るはずの無い胸が
ドキドキし始めた…いや、
おかしい。
感覚がある。
体の奥底から、揺らすような、
拍動の衝撃が。
体が一瞬にして、燃え盛るような
熱を取り戻す。
触れられている手の温度も、
香水だろうか、彼の匂いも感じる。
私は、再び目を開ける。
目を丸くして、体を
動かせないでいる彼が目の前にいた。
「え……」
「…あー…た、ただいま…?」
「はぁ!?!?」
驚きを隠せないでいる様子だった。
当たり前だろう。
先程まで死んでいた私が、
1度のキスでお姫様のように
生き返ったのだから。
「い、いつから…?」
「んー、正確には、私の親が死んだ
時だから…君が高校1年のとき…?」
「に、2年前ぇ!?
てかせ、先輩親死んでたの…!?」
「あー、ごめん、言ってなかった。」
「言ってなかったじゃないだろ!!」
「おい年の差考えろ。」
「同じだろ!!」
「あ、」
「…ぷっ、はははは!!」
「お、おい!笑うなし!!…はははっ」
完全に忘れてた。
言いくるめられてしまった。
2人でメリーゴーランドが
終わるまで、笑い合った。
でも私は高3の姿のまま。
手も動く。良かった。
完全復活した。…と、思ったが、
「ほら、降りますよ。」
「あ、ありがとう。…あれ?」
左足が動かない。
そりゃあれだけ酸素を供給していなかったのだ。
足が動かなくなるくらい、
当然かもしれない。
「ご、ごめん。足動かんや。」
「あー、なら、肩貸しますよ。」
「ごめんね。」
彼に肩を借りる。
昔はあんなに小さかったのになぁ、
なんて思いながら、
逞しくなった彼の体に、
なぜか親心的な何かを感じる。
「あ、すいません。
ツーショ撮りたいんで、お願いします。」
見知らぬ人に声をかけ、
遊園地の看板の前で写真を撮る。
2人で抱き合いながら。
「もう1枚撮るの?
ちょ恥ずい。近いって。」
「大丈夫です。どーせ彼女にしか
見えてませんよ。」
「ほんとにもう…」
2人で抱き合いながら写真を撮り、
肩を借りて歩き出す。
「…ねえ。」
「?、なんですか?」
「…ここ人目ないしさ。
もいっかい、ぎゅーしてよ。」
「…ふふっ。いいですよ。」
2人で、もう一度抱き合った。
鼻と鼻が付きそうなくらい近くで。
「…同い年だねぇ。」
「そうっすねぇ。」
「じゃあさ。もう年の差カップルとか
言われなくて済むね?」
「…えっ、てことは…」
「君から言ってきたんじゃん。
それとも何?私が死んだと思って
勝手に告白した?」
「ち、違う!!ほんとに好きで…」
「いいの?こんな左足動かないような
本当は大学2年生の女で。」
「先輩しか見ずに生きてきましたから、
今更ほかの女の子みても
興奮しませんよ。」
「うーわ、ロマンの欠けらも無い…」
「あんたが言わせたんだろ!!」
「…へへっ、また生きれて、良かった。」
「そうですよ。足なんてどうにでもなる。
俺が手伝いますよ。」
「言ってくれたもんね?
俺が幸せにしてみせるっ、って。」
「そこまで聞いてたんですか…」
「へへへっ」
彼の言動をおもちゃのようにして
楽しんだ後、私たちは元来たように
タクシーを探しに行こうとする。
「あ、肩借りてい……」
「…肩じゃ変に見られます。
手、繋ぎましょ。」
「え、でも足が…」
「なんとかひこずって。
繋いだ方が、俺は好きです。」
「き、君がそう言うなら…」
そして、手を繋いでみる。
ごつごつしていて、温かい。
安心する。
私は動かない足を引きずって、
彼に手を引かれながら、
遊園地を後にした。
その後、私の体調は生前と
なんら変わりなく過ごせている。
彼はまだ高校3年生なので、
同居とかは出来ないが…
自由に動けない私の世話係として、
一緒に過ごす時間は増えている。
大学生になったら、
結婚して…とか言い出したので、
そろそろ本気で考えてみようと思う。
…いや前から考えてたけど。
成長的にも、止まっていたのが進み始めた。
いつまでもJKの体じゃ困る。
ま、駅とか、それこそ遊園地とかの
入場料が高校生料金使えるのは、
結構有難かったけどね。
…前となんら変わりなく生活出来ているのも、
きっとお母さんやお父さん、弟も、
まだ追いかけてくるな。
私たちの分まで生きろーって、
言ってくれてるんだと思う。
…勝手なこと言ってるかもしれないけど、
きっと、皆優しいから、そう言ってくれてるに
違いない。うん、きっと。
それじゃ、今日も頑張ります。
あと数十分したら彼が来る…って、
もう来たっぽい。ピンポンが鳴った。
今日も迷惑かけるなと思いながら、
私はドアを開けた。
「おはよ、先輩。」
「うん!おはよ!」