八話 久瑠家の当主
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八話 久瑠家の当主
猫探偵と心来が依頼を受けていた時、
久留秋雷は実家であり陰陽師の一族である久瑠家本家、
その当主からの呼び出しを食らっていた。
「久留家次女、久留秋雷ただ今参りました。」
秋雷が今居る久留家本家は古い日本の屋敷の形をしており、
屋敷の周囲には大きな建物も無く人里から隠れる様に建てられていた。
「入れ。」
渋い男の声と共に秋雷の目の前にある襖が開けられる。
襖が開けられると共に秋雷が立ち上がりその部屋に入ると、
当主とある程度の距離で止まり、その場に正座する。
「よく来てくれた。秋雷。」
当主が威圧感のある声で労いの言葉をかける。
この広い座敷で胡座をかくのは、
久留家の傍系ながらもその才と実力で
当主の地位にまで登り詰め、
その実力は他家の陰陽師の者達から一目置かれる存在であり、
そして秋雷の父であり久留家当主久留壮一が今、
静かに自身の娘である秋雷を見つめていた。
「秋雷以外の者は全員退出せよ。」
その言葉が当主の口から出ると、秋雷と当主の周りに居た使用人が全員部屋の外へ退出する。
最後の一人が退出するのを当主が確認すると、
先程の雰囲気とは一変して威圧感が消え失せる。
そのまま畳に寝転がり、
印象が威圧感を持った当主から休日のだらだら親父に転落する。
「秋雷、経緯は省く。猫殿と合ってどう思った?」
当主からの質問の意図がよく分からないまま、
取り敢えず秋雷が答える。
「凄まじい力と繊細な技術を持った真面目な人だなと思いました。」
「そうか、他には何か思った事はあるか?」
十数秒の沈黙の後、秋雷が絞り出すように答える。
「……猫みたいな人だなと思いました。」
その返答に当主が寝転がりながら考えていると、
今の質問に疑問を持った秋雷が当主に質問する。
「父上、師匠とはどの様な関係で?」
秋雷の質問について考えながら、当主がよいしょと起き上がる。
「なぁに、ただの腐れ縁だ。
昔、あいつに決闘を申し込んだんだが、
ボッコボコにやられてな。
昔の俺はその事が認められず、何度も何度も挑んだ。
そして負けた。今はもうあいつに挑む気はさらさらないが、
あいつ、猫殿に負けず嫌いな所を気に入られてな……たまにあっちから絡んでくる……」
当主が猫探偵との関係を話し終わると共に、
大きく深い溜息を吐く。
嫌な事でも思い出したのか、当主から暗い雰囲気が漂う。
暗い雰囲気を変えるために、秋雷が話題を変える。
「父上、いい加減家族だけにその姿を晒すのを辞めたらどうですか。
いつまでも使用人達に格好良くいるのも疲れますよ。」
「そういわれても、何度も言っているように俺は庶民だ。
実家は久瑠家の末端の末端だぞ。当主になってもそれは変わらん。
この姿を晒した瞬間当主としての威厳が崩れ去るだろ。
家族の前くらいだらだらさせてくれ。」
当主の雰囲気がさらに暗くなる。
結果、当主に追い打ち掛けることになった。
完全に失言した秋雷は、いたたまれなくなったためその場から立ち上がり、
逃げるように廊下に繋がる襖に向かう。
「秋雷。」
当主が秋雷を呼び止め、秋雷は襖に向かっていた足を止める。
「久瑠家当主として助言する。『妖霊家の怒りをかってはならない。』
これだけは覚えていてくれ。」
「妖霊家……妖霊って師匠の名字と同じ……」
秋雷が振り返り当主の顔を見る。
当主は何も喋らない。秋雷はそれを肯定と受け取る。
「……」
秋雷はその助言について思考を巡らすが、
考えがまとまらず、助言は取り敢えず保留にした。
助言を一旦保留にした秋雷が襖に手を掛けた時、
ふと昨日の事を思い出す。
「そう言えば、師匠が久瑠家に電話した時に
聞こえた声ってもしか――「何のことかな?」
秋雷の声に当主の声が被さる。
「父上、あの声は――「何のことかな?」
秋雷の声にもう一度声を被せる。
その事を揉み消したいという事を察した秋雷は、
そのまま襖を開けて部屋を後にした。