六話 老婆の探し物
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六話 老婆の探し物
翌日
太陽が傾いてきた猫の目探偵事務所にて。
「―――で、何故君達がここに居る?」
猫探偵が目の前の光景に対して頭を抱えていた。
「僕がここに居ても特に問題はないと思うけどなぁ。」
そう言いつつ、煎餅をかじっている彼岸部長と、
「教師として、生徒のバイト先を視察しに来ただけだが。」
同じ様に煎餅を一つ食べ終え、茶を啜っている小林先生がいた。
「それが問題なんだ!ここを第二の部室にされては困る!あと心来!」
「はい?!」
猫探偵からの突然の大声により、二人の煎餅と茶を用意し終えた心来が驚く。
「律儀に茶と煎餅を出さなくてもいい!事務所に入り浸れても困る!」
猫探偵が不満を大声で出し切り、精神的に息切れを起こした。
息切れを起こしている猫探偵に対して、小林先生が疑問を投げつけた。
「猫探偵さんだったか?……聞きたいことがあるんだが。」
「なんだ。」
「昨日の件でボロボロになった体育館のことなんだが……なんで傷一つ無く
完全修復されているんだ?」
「その事か……知り合いに頼んで直してもらった。
…………気にしなくていいぞ。日本術士連合会
経由で頼んだから、そこまでのことじゃない。」
猫探偵が説明した後、大声と息切れによって余計に疲れた猫探偵が椅子に座り、
改めて応接室内を見渡すと口下手な弟子が居ないことに気付いた。
「そう言えば秋雷はどうした。」
その言葉に対し、小林先生が返答する。
「久瑠なら、実家に呼び出されて早退したと聞いている。」
「そうか……丁度いいから誘おうと思ったんだが。」
猫探偵がそう言うと、椅子から立ち上がり煎餅をかじっている二人に向けて言い放す。
「今日は一旦閉めるから帰れ!」
その言葉を聞いた二人は、渋々ながら帰る準備を始める。
「猫さん。」
その言葉に気付いた心来が声を掛ける。
「ああ、依頼だ。」
「依頼主は原村句美子、
今年で86歳の老婆だ。」
ガタッ、ゴトン
「老婆って。」
「事実だ、続けるぞ。
依頼内容は失せ物探し。去年他界した夫との思い出の品。
婚約指輪、手作りマフラー、外国人形の計三つだ。」
ガタッ、ゴトン
「一つ聞きたいんですけど、何処を探せばいいのか、
目星は付いていますか?」
「それくらい聞いている。三つとも家の敷地
にある蔵に置いているらしい。
依頼主の話だと、蔵に置いてあることは覚えているが
どこにあるか覚えておらず、人手が欲しいそうだ。
蔵に置いた理由だが、夫が他界した事がショックで
一度悲しい事を忘れる為に、蔵にしまったそうだ。
そして、最近になって悲しみも晴れてきたから、
思い出の品をもう一度見て触れたいそうだ。
そう言えば。ついでに、
それと並行して蔵の中を整理して欲しいとも言っていたな。」
ガタッ、ゴトン
「そうですか。そう言えばなんですけど、今回の目的地ってどこですか?
電車に乗っているから遠いという事は分かりますけど。」
心来がそういうと同時に、電車のアナウンスが鳴り響く。
『―――駅~お降りのお客様は足元に注意してお降り下さい~』
「降りるぞ。」
「ってこの駅で降りるんですか、先に言って下さいよ!」
猫探偵が立ち上がり電車から降りると、
あっけに取られていた心来が猫探偵を追いかけていった。
「来たね。それじゃあこっちに来てくれるかい?」
猫探偵と心来の目の前にいる老婆、原村句美子が出迎えると、
杖を突きながら二人を蔵に案内する。
「その子は探偵さんの助手かい?」
その質問に心来が答える。
「はい。助手をしている狐烙心来と申します。」
「そうかい。」
他愛のない会話を続けていると、家の裏手にある蔵に到着する。
「孫が探偵さんに助けられたと聞いてね、期待してるよ。
もし何か聞きたいことがあったら、遠慮なく聞いて来ていいからね。
取り敢えず、何かあるまで家の中にいるから。」
依頼主が家の中に戻っていくと、
猫探偵と心来はガタついていた蔵の扉開ける。
「暗い上に埃っぽいですね。」
「そうだな。あまり埃を舞い上がらせるなよ。」
二人が蔵の中に入り、乱雑に
置かれていた箱や入れ物の整理と並行して、失せ物探しを始める。
蔵の中にある物を一度外に出し、箱の中身を確認していく。
それを二十分程繰り返していると、
心来が蔵の外にいる猫探偵に向かって大声で叫ぶ。
「猫さん!外国人形ありましたよ!」
その声が聞こえた猫探偵が急ぎ足で蔵の中に入っていくと、
心来が人形を高く持ち上げ、足元には人形が入っていたと思われる
白をベースとした花柄の箱があった。
「猫さん。失せ物の一つはこれで合ってますか?…………猫さん?」
猫探偵に対して質問を投げかけるが、反応が無い為
もう一度声をかけると、猫探偵が口を開いた。
「心来…………左。」
「左ですか?左……うわぁぁ!」
猫探偵の目の前に、そして心来の左側に居たのは、
心来が持っている人形を見つめていた、老人の幽霊だった。
心来は真横に老人の幽霊がいた事に驚き、
尻餅をついたが何とか人形を死守する。
「心来、人形に札を。」
猫探偵がそれだけ言うと、老人の幽霊の前に立つ。
心来が尻餅で痛めた箇所を擦りながら、
猫探偵に言われた通りに人形に札を貼り付ける。
その事を猫探偵が確認すると、老人の幽霊の右腕を掴み、捻り上げる
「〈幽霊・一本背負投げ〉!」
その声と同時に、猫探偵が幽霊を心来が持っている
人形に向けて一本背負投げをかますと、その幽霊が人形に吸い込まれる。
「がはっ、……儂は……ここは、蔵なのか?」
人形に幽霊が吸い込まれると、その人形が動き、喋り始めた。
今の状況を飲み込めず、人形があたふたしていると、
自身の周りにいる猫探偵と心来の存在に気付く。
「君は、原村伝助か?」
猫探偵が幽霊に対してこの名前の人物か確かめる。
「何故……儂の名前を知っておる……」
猫探偵がその言葉が肯定と受け取ると、
その幽霊、原村伝助の質問を返す。
「私達は原村句美子から依頼を受けている探偵だ。
依頼内容は原村伝助との思い出の品、
婚約指輪、手作りマフラー、外国人形をこの蔵の何処か
にあるから探せという依頼だ。
さて、私から君に一つ頼みがある。」
「なんじゃ、儂に頼みとは。」
原村伝助が怪訝な様子で聞き返す。
「今言った君に深く関連のある物品。
その捜索を頼みたい。君に強く関係のある物品なら
手に取るように分かるはずだ。当然、君には相応の報酬を払う。」
「……お主らが儂に何の報酬を払うのか?」
原村伝助が、猫探偵達に何の報酬を払うのか聞くと、
猫探偵が人形の耳の当たる部分に対して小さく囁く。
「分かった。出来る限り探してみよう。」
その言葉を聞いた原村伝助は、
その報酬の為に、猫探偵達に協力する体制を取る。
「始めに一つ言っておくが、三つ内一つはもう見つかっているんだ。」
「それは何処にあるんだ?」
その質問に対して猫探偵は答えることは無く、
原村伝助の入っている人形をただ見つめていた。
「……原村さんが入っている人形がそうです。」
猫探偵と原村伝助の会話を一歩下がって見ていた
心来がその質問に答えた。
原村伝助の協力により、探し物と蔵の整理を十七時前に終わらす事が出来た。
「失せ物探しの品はこの三つであっているか?」
原村句美子が、出された婚約指輪、手作りマフラー、外国人形
を確認する。
一点一点を確認し終わると、猫探偵に向かって頭を下げる。
「ありがとうございます。まさか、こんなにも早く
見つかるなんて思っても見なかったわ。」
お礼と共に猫探偵が報酬を受け取ると、
原村句美子に対しておもむろに
一つの眼鏡を差し出した。
「あら、この眼鏡は……」
「掛けてみたら世界が変わるはずだ。」
猫探偵から渡された眼鏡に疑問を持ちつつも、
ゆっくりとその眼鏡を掛ける。
眼鏡から見えた光景は、本来もう会えないはずの人物を映し出していた。
「………伝助……さん。」
その声からは信じられないと言う感情が零れ出ていた。
原村句美子と原村伝助との間に数十秒の沈黙が流れ、
固まっていた原村句美子に原村伝助が声を掛ける。
「猫探偵さんから……すべて聞いた。
句美子が何故、儂との思い出を蔵にしまったのか。
そして、今頃になって……もう一度思い出そうとしたのかを。」
「伝助さん……本当に伝助さんなの?」
「やっぱり、疑り深いのは変わらないな。」
猫探偵が原村伝助に対する報酬。
それは、原村句美子にもう一度会い、話しをするというものだった。
本来、霊は特別な環境や場所でなければ、
人に視認される事すら儘ならない。
そして、強い自我や現世に縛り付けるなどの
呪いが無ければ、徐々に存在が薄くなり
自然成仏する。
現に、原村伝助は自我が薄くなり、まさに成仏寸前だったが、
猫探偵の荒業によって人形に押し込められ、
成仏の先延ばし及び、延命措置を行った。
流石に、依頼主に出す人形に入れっぱなしは不味いので、
心来が急いで用意した眼鏡に押し込み、
原村伝助の報酬を払う為に強引にならない様に原村句美子渡し、
眼鏡を掛けさせる事に成功した。
「それじゃあ邪魔者は帰らせてもらうぞ。
後、その眼鏡に原村伝助の霊を押し込んで延命措置をしただけだ。
私の見立てじゃ一月後には成仏する。行くぞ心来。」
「は、はい。」
その言葉を残して、立ち去ろうとした猫探偵の背中を老人の
二人は静かに見つめていた。
原村句美子は、猫探偵に聞こえるかどうかの声量で声を漏らす。
「孫が言っていた様に、貴方は本当にお人よしだね。」
ガタッ、ゴトン
「流石に疲れましたね。猫さん。」
「ああ。戦闘を除けば久々の重労働だった。」
「はわぁ。眠い……」
「ふぅ、ただ電車に間に合って良かった。
二十時に駅で迎えで合ってる筈だよな。」
ガタッ、ゴトン
「はい。二十時に迎えで合ってます。」
「ふぅ、良かった。心来の老執事の冷え切った目が、
何とも言えない怖さが滲み出てからな。」
「私の執事に文句ですか?喧嘩なら買いますよ。」
ガタッ、ゴトン
「事実だ。さて、私は少し眠る。
着いたら起こしてくれ。」
「分かりました。はわぁ、私も何だか眠く……」
二人が寝静まると同時に電車がトンネルに入って行く。
その暗い空間の中、電車の中でアナウンスが鳴り響いた。
『次は~きさらぎ駅~きさらぎ駅~』
序話に出て来た妖の名称
催変妖
強さ・危険度
妖魔中位