一話 心来
猫探偵と心来の一日を書きました。
序話からちょいと時間が経った日常です。
一話 心来
この世界には妖怪や幽霊、怪異を総称した
妖と呼ばれている存在がいた。
本来人々はそれらの存在を見ることは叶わず、
それらを見ることの出来る者たちによって、
現世の均衡を保っていた。
暖かい日差しが体を包む。
静かに小鳥の囀る声が聞こえる。
このまま動かず眠りに沈み…
「起きてください猫さん!!もう九時過ぎてますよ!」
元気のいい声が事務所中に響き渡る。
「ふあぁ、眠い。」
「いつまで寝ているんですか、閑古鳥が鳴いているからといって、来るときは来ますからね。」
猫さんと呼ばれた女性が、寝ていたソファーからゆっくりと起き上がり、
腕を上にあげて背伸びをした。
「心来、そこの棚にコーヒーパックがあったはずだ。
コーヒーと砂糖を頼む。」
心来と呼ばれた少女が、猫の指先にある棚を漁り、
コーヒーと砂糖を用意する。
猫さん及び猫探偵は、その内に応接室から別の部屋に行き、
着ていた寝間着からスーツに着替えた。
「猫さん、コーヒーと砂糖の用意ができましたよ。」
心来がコーヒー等の用意ができると同時に、
別の部屋から、お湯入りのカップラーメンを持った猫探偵が出てきた。
「またそれですか、毎朝それだと健康に悪いですよ。」
「すぐ食べるとなったら便利だからだ。」
心来の言葉に、猫探偵は嫌な顔をしつつ反論をした。
それから三分経つと、猫探偵がカップラーメンのふたを開ける。
その中に、冷蔵庫から持ってきたであろう氷をいくつも入れ、
猫探偵がそのカップラーメンを食べる。
「相変わらずの猫舌ですね。」
「一言多い。」
猫探偵と心来は、言い合いながらも依頼が来るまで暇つぶしをした。
数時間後
太陽が頭上を過ぎた頃。
「誰か来たな。」
心来とチェスをしていた猫探偵が口を開いた。
「チェック、私が行きますか?」
誰か来たという言葉に、心来が立ち上がろうとするが、
猫探偵がそれを止める。
「チェックメイト、私が行く。」
「あっ…」
今ので五連敗した心来を尻目に、猫探偵が事務所の玄関に向かう。
数分後、大きめの段ボールを持った猫探偵が戻ってきた。
猫探偵は、段ボールを置く場所に困りながらも、
心来とチェスをしていた応接室の机の上に置く。
「もしかして、また仕送りですか?」
その呆れ気味な言葉に、猫探偵は小さく頷く。
「月一で来てますね。まあ、前回の呪いの人形より
マシだと願いたいです…」
その言葉に二人の目が遠くなる。
仕送り主の名は妖霊千華、妖霊猫の母親である。
「母さんは悪戯好きだからな、だからと言って
前回のは洒落にならなかったが。」
猫探偵はその時の惨事を思い出しつつ、応接室にある棚を見る。
視線の先には〝封〟と書かれた札が大量に貼られた木箱があった。
「それで、今回の仕送りは大丈夫ですか?」
心来は警戒心全開の声と共に、
懐から取り出した札を段ボールに向けてかざした。
「落ち着け落ち着け、呪いや妖術の類は感じないから。」
猫探偵が心来を落ち着けると、心来が札を懐に戻した。
猫探偵がそれを確認すると共に、ゆっくりと段ボールを開ける。
段ボールの中に入っていたのは、保冷剤に包まれた食品だった。
「物理的トラップ無し、爆発物無し、刃物無し、毒物は…無いか。
後は手紙と入っている物のリスト。はぁぁ、大丈夫だ心来。」
段ボールを検査し終えると、猫探偵はソファーにもたれ掛かった。
「それじゃあ冷蔵庫に入れてきますね。」
心来は立ち上がり、段ボールに入っていた食品を隣の部屋に持って行っく。
猫探偵は段ボールの中にあった手紙を読む。
手紙の内容は、今年のうちに家族全員で食事をしようという旨の内容だった。
猫探偵が手紙を読み終え、少しばかり考え事をしていると、
「そういえば」と何かを思い出した。
食品を冷蔵庫に入れていた心来が戻って来ると、
猫探偵が質問を投げかけた。
「明日……そういえば、高校だったか?」
「そうですね。明日から高校の入学式が始まりますけど。
まさか、忘れてたんですか。」
冷たい視線が猫探偵に刺さる。
「はぁ、というわけで明日から高校生活が始まるので、
平日の時は夕方に来ることになりますね。」
心来は呆れながらも、猫探偵の質問に答えた。
その言葉に事務所内の空気が少し悪くなるが、
猫探偵の視線が心来の手元に移る。
「将棋…」
心来の手元には、別の部屋から
持ってきたであろう将棋盤があった。
「次は将棋で勝負です。今度こそは勝ちますよ。」
その言葉に猫探偵は小さな笑みを浮かべる。
「そう簡単には負けないぞ。」
二人は机の上を整理し、将棋を指し始めた。
日が沈み、月が静かに輝く頃。
「王手。」
「あぁぁ……」
事務所内では、猫探偵に王手を指された心来が撃沈していた。
心来はそのまま机に突っ伏し、12連敗の現実を受け止める。
「だから言ったろ。そう簡単には負けないと。」
その言葉を聞き、心来は突っ伏したまま
少し恨めしそうに猫探偵を見る。
「そんなことしてないで片付けるぞ。
迎えが来るだろ、早く立て。」
心来はむくれながらも立ち上がり、将棋盤を片付ける。
片付けが終わり、少し経つと応接室に初老の男が入ってきた。
「お嬢様。お迎えに上がりました。」
初老の男はそれだけ言うと、事務所を出て
外にある車の準備を始めた。
「それじゃあ猫さん。さっきも言いまけど、明日は高校なので夕方に来ますね。」
「分かってるよ。それじゃあ高校生活頑張れ。」
先程とは違い、心来は元気な声で事務所を出た。
猫探偵は心来が乗った車を見送ると、
応接室に戻り大きな欠伸をした。
「……」
猫探偵は何かに気付いたかのように目を細める。
「何があった。」
その言葉が、応接室に小さく木霊する。
「総司令。少々不味い事が起きましました。」
猫探偵しか居ないはずの応接室に、もう一つの声が響く。
その声が、猫探偵の耳元で小さく囁く。
声が囁くと共に、猫探偵がソファーにもたれ掛かった。
「分かった。お前は下がれ、私が対応すると伝えろ。」
「御意。」
その言葉と共に声が聞こえなくなる。
猫探偵は、ソファーにもたれ掛かりながら天を仰ぐ。
そのまま猫探偵は小さく声を漏らした。
「妖喰いか……」
翌日
一般人には到底辿り着けないような豪邸にて。
「おはよ~。」
「おはようございます、お嬢様。」
豪華なベットに眠っていた心来が起きる。
ベットから降りた心来を、お付きのメイドが着替えさせる。
高校制服に着替えた心来は、自室を出て廊下を渡りダイニングに向かう。
ダイニングには心来の父と母が食事を終え、それぞれの事をしていた。
「今日はいつもより早く起きているわね。」
「それだけ楽しみだったと言う事だろう。」
心来の父と母は少し嬉しそうに話す。
「楽しみに決まってるよ。」
親子の会話しながら、周りのメイドや執事は心来の食事を用意する。
食事が用意されると、心来は椅子に座り、
目の前にある豪華な食事を食べ始める。
それらを食べ切ると、心来はメイドが持ってきたバックを持つ。
「お嬢様。送迎の準備は済んでいますが、どうしますか?」
初老の執事が心来に聞く。
心来は少し悩んだ後、口を開いた。
「今日は歩いていくよ、そこまで遠くないし。」
「承知いたしました。君たち、運転手に連絡を。」
初老の執事は、近くに居たメイドに送迎は無しと連絡を頼んだ。
「それじゃあパパ、ママ、行ってきます!」
心来は豪邸から外に出て、使用人たちに見送られながら高校に向かった。
狐烙心来、
大手グループの幹部である父と大企業の女社長である母を持ち、
自身は英才教育と特異な才能により、
遊戯以外は万能にこなすことの出来る、
超絶優秀なお嬢様である。