九話 逃走とその反動
どうぞご覧ください。
九話 逃走とその反動
秋雷が久瑠家での呼び出しを終えた次の日、
休日に入り学校がない為、猫の目探偵事務所に来ていた秋雷はその光景に愕然としていた。
「何があったのですか……」
まず秋雷の目に映ったのは心来だった。
心来はソファーの上に寝転がっていたが、
何故か頭を抱えてのたうち回っていた。
しかも、のたうち回る時の衝撃がソファーに吸収されているため、
静かにのたうち回っていた。
次に秋雷の目に映ったのは、応接室の奥にある机の上に
突っ伏している猫探偵姿だったが、その体はピクリとも動かず。
その上、猫探偵の頭や手首には包帯が巻かれていた。
「あぁ、秋雷か……これには事情があってな――――――」
猫探偵が突っ伏した状態で昨日の起こった事を話す。
「つまり、その妖の結界から脱出する為に行なった
侵蝕侵入の反動で、狐烙さんが苦しんでいると?」
「そうだ。私が心来に教えた侵蝕侵入は、
あらゆる結界、あらゆる封印を解く事が出来る。
その代わり、結界や封印が複雑になるほど時間がかかり、
代償として筋肉痛の様に一日遅れで頭に激痛が走る。
安心しろ、死にはしない。
ただし、連発して使うと激痛だけじゃ済まなくなるが……」
体がピクリとも動かないまま猫探偵が秋雷の質問を答えた。
「本当に大丈夫ですか?私の目には凄く苦しんでいる様にしか見えないんですけど。」
先程からずっとのたうち回っている心来の様子に、
秋雷の口から心来を本気で心配する声が零れる。
「恐らく今が痛みの山だろう。あと数分も経てば痛みも治まるはずだ。
痛み止め用の札も貼ってあるしな。」
その声を聞いた秋雷が心来の額を覗き込むと、
猫探偵が言っていた通り心来の額に札が貼られていた。
取り敢えず心来については安心した秋雷だったが、心来の次にやばそうな
様子の猫探偵に視線を向ける。
「師匠は師匠で大丈夫なんですか?……体が全く動いていないんですけど。」
先程から変わらず、ピクリとも動かない猫探偵に声を掛ける。
「二日連続で戦闘をした反動だ。昨日の電車衝突が一番大きいが……
あと、この傷のお陰で秋雷に師匠らしい事をするつもりだったんだが、当分延期だ。」
「……そうですか。」
秋雷が残念そうに声を下げる。
そのまま喋ることが無くなり、応接室が静寂に包まれていると。
「なあ。」
秋雷が予想外の声にびくりと驚き、声の主を探しに後ろを向くと、
そこにはコーラを片手に壁に寄りかかっていた彼岸部長の姿があった。
「いつからいたんですか……?」
「秋雷が事務所に来る前から居たぞ。」
彼岸部長の代わりに猫探偵が答える。
声を発するまで気づかなかった影の薄さと存在感の無さに秋雷が驚いていると、
彼岸部長が秋雷を無視し猫探偵に質問をする。
「〝そういうこと〟を一般人である僕の前で話していいのか?」
猫探偵と秋雷が脳内で彼岸部長が言う〝そういうこと〟を、
妖や術師に関する事と解釈する。
「不味いな。」
「規約違反ですね。」
「駄目じゃん……」
猫探偵と秋雷が同時に答える。
その回答に、彼岸部長が頭を抱えながら声を零した。
「じゃあ何故そのことを知っている僕を放置しているんだ?」
秋雷がそういえばと怪訝な顔をしていると、秋雷の代わりに猫探偵が答える。
「妖や幽霊について知っている人は居るぞ。
生まれつき見えたり、妖が関わっている事件に巻き込まれたり。
それらが放置されている理由は、〝常識が覆ることは無い〟からだ。
幽霊は居ない。常識的に考えて。そんなものはフィクションだ。
本気で言ったとしても、大衆に狂言として処理されるだけだ。
少数の狂人よりも大勢の常識人の方が安心するだろ?」
「まぁ、そりゃあ……」
「理解者が多いほど人はそれが常識になる。
テレビのオカルト番組はフィクションと理解しているからこそ楽しめる。
だからこそ、誰もが本当に起きて欲しいとは思わない。本当の狂人で無い限りは。
もし、自身の目の前に妖や幽霊が現れたとしても、常識という名の鎖が
それを否定してしまう。
故に、目の前に居る一般人にこれらのことを話しても大した問題にはならない。」
先程と変わらず突っ伏した状態で猫探偵が説明しきる。
「…………」
彼岸部長が目を伏せて静かに考え込む。
一分近く考え込むと、手に持っていたコーラを一口飲み応接室の扉の前に移動する。
「一般人にそんな話しをされてもそんなすぐには理解しきれないし、今日は一旦帰る。」
そう言い残すと、そのまま扉を開け事務所を出ていった。
彼岸部長が帰ったことにより、少々気まずい空間に
残された秋雷は心来がのたうち回っているソファーの反対側にあるソファーに座った。
少しばかり時間が経つと、心来がのたうち回るのを止め立ち上がる。
「痛みは引いたか?」
「はい。もう大丈夫だと思います。まさか、家に保管していた
痛み止め用の札が切れていたとは……一生の不覚です。」
猫探偵が心来の状態を聞き、反動が治まった事を確認すると、
心来に痛み止め用の札が保管されている棚を教える。
心来が五枚ほど札を取り出すと、そのまま応接室の扉の前に移動する。
「それじゃあ私は帰りますね。」
これで当分は大丈夫かな、と呟きながら扉を開け心来が帰っていく。
秋雷が心来を見送ると、猫探偵から声が掛けられる。
「今日は帰れ。流石に、この状態じゃ今日は何も出来ないしな。」
帰れと言われた秋雷はその言葉に従い、そのまま帰っていった。
秋雷が帰っていき、応接室が静寂に包まれていると突然、
猫探偵のひび割れたスマホが鳴り始める。
腕をぷるぷるとさせながら猫探偵がスマホを取り、画面を見る。
電話が着ていたため、猫探偵はそれに応答して自身の耳に当てた。
きさらぎ駅での猫探偵の負傷
左腕 骨折
あばら骨 三本ひび割れ
裂傷 計十三
右手の骨 ひび割れ