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第5話

 

 今僕たちは、テーブルを挟んで母さんと父さんと向かい合って椅子に座っていた。結局ナナちゃんを車椅子に乗せて、足をバスタオルで巻きながら膝に毛布を掛けた状態で、家の中へと招き入れることになった。ナナちゃんって、僕と会ったときもそうだが、人見知りをしない子なんだな。僕の隣では車椅子に座ったナナちゃんが、僕の両親にも臆することなく、その眩しいほどの笑顔を向けていた。

 そんな中、ナナちゃんは改めて父さん達に自己紹介した。


「あの、初めまして。私は、ナナと申します」

「そ、そうか、ナナちゃんて言うのか。可愛い名前だね~ あ、あの俺はね、この馬鹿息子の父親、堅一郎です。どうぞよろしく」


 そう言うと父さんは馴れ馴れしくナナちゃんに握手する。やはり男の性というのだろうか、可愛いナナちゃんを見てから父さんは終始鼻の下を伸ばしっぱなしだ。酒の入っていることもあるだろうが、父さんの顔は真っ赤になっている。

 いやだなぁ~こんな人間が僕の父親だなんて……

 いやだなぁ~そんな父親をナナちゃんに見られて……

 そんな父さんは、ナナちゃんに飲み物だとか食べ物を勧めていて、ナナちゃんはちょっと困惑気味である。そんな光景を、僕の目の前に座っている母さんは冷静に見ている。

 ……なんか気まずいよなぁ………なんて説明すればいいんだろう……

 僕は落ち着き無く膝の上で指を動かしたり、額にかいた汗を拭ったりする。


「…それで、真一。ナナちゃんとはどんな関係なの?」


 ……うっ、ついに母さんの重い口が開いた……


「いやぁ、その、友達という関係、ですけど……」


 僕は母さんの顔を直視できずに上目づかいでそう答えた。母さんは真っ直ぐこっちに顔を向け僕のことを見ていた。

 母さんは別にそんなに怖い性格ではないのだ。むしろ冷静で落ち着いた、良識ある人だ。僕は母さんの怒った姿を知らないし、慌てている様子も見たことがない。マイペースというか、大らかというか、まぁ、そんな感じの人間だ。

 ……でもやっぱりこんな状況では、いくらそんな母さんでも、当然疑問に思うところもあるわけでして……


「ところで、ナナちゃんの着ている服だけど、あれ真一のよねぇ」

「………………いや……その……ちょっと、海で遊んでたら……あの、ナナちゃんが、その、水に濡れてしまいまして…ですね……」


「そう、それは大変だったわね。じゃあナナちゃんのお洋服を洗濯しましょう」

「えっ、洋服………あ、あ、あれで、そう、波に持っていかれちゃって………」


「……着ていた服、波で流されちゃったの?」

 僕は何も言わず頷いた。


 そんなっ、着ている服を流されちゃいましたって……一体僕たちはどんな遊びをしていたというんだ。……いい言い訳が思いつかない………

 母さんはいつものような落ち着いた口調なのだが、それが今逆に恐ろしく感じられた。


「……そう、それは分かったけど、何で物置小屋に連れてきたの?」

「いや、だって、ほら、いきなり裸の女の子を連れて来たらさ、まずいじゃないですか」


「…着ていた服、下着も全部流されちゃったの? 裸でここまで連れてきたの?」

「い、いや、違くて、その、間違い、今の間違い。ごめんなさい、言い間違えました。あの、その………あっ、あれです、あのナナちゃんは、実はですね、足がちょっと悪くて、その、まず車椅子を探していたの。うん、そうそう、そうだった」


「そう言えばその車椅子、おじいちゃんが使っていた物よね。良く見つけたわね」

「ええ、そりゃあ、まあ、大変でした」


「ところで、ナナちゃんはどうやってここまで来たの? 使っていた車椅子はどうしちゃったの? それよりもナナちゃんはどこから来たの?」

「………………あの……ナナちゃんが使っていた車椅子も……浜で、壊れました……」


「それで、ナナちゃんはどこに住んでるの?」

「……………うーん…………………」


「もうこんな時間だから、ご家族の方に連絡しないとね。ちゃんと事情も説明しないと」

「………う………うーん………………」


「じゃあ、ナナちゃん本人から聞いてみるしかないわね」

「ちょ、ちょっと待って、母さん。待ってください。本当に、その、問題ないから、大丈夫だから、僕が責任持つから、だから……だから何も聞かずに、今夜ナナちゃんを泊めてあげてください。お願いします」


 僕は額をテーブルの上につけた。でも母さんは僕の横にいるナナちゃんに尋ねた。


「………ねぇ、ナナちゃん? ナナちゃんはどう考えているの?」

「わ、私……ですか? 私は……その、真一さんに助けていただいて……それで……これからどうすればいいのか……分からなくて……」


 母さんは、ナナちゃんの目を見ながら、しばらくの間考え込んでいた。


「…あ、あの、それで、一晩泊めて上げられないかな……駄目かな…母さん……」


 僕は母さんの目を見ながら懇願した。父さんは人の気も知らず、相変わらずナナちゃんに対して話しかけている。


「………分かったわ」


 母さんは溜息混じりにそう言った。


「……ありがとう、母さん!」


 僕は思わず嬉しさのあまり立ち上がって叫んでしまった。


「あなた、いつまでナナちゃんと話しているんですか? 明日も仕事早いんでしょ。今日はもう休んでください」


 母さんはそう言うと横にいる父さんを追い払うように押しのけて、ナナちゃんに向かって笑顔で語りかける。


「ねぇ、ナナちゃん、お夕飯はどう? 何か食べる?」

「あ、いえ、大丈夫です」


「そぉ、じゃあお風呂に入ったら? 海で濡れちゃったんでしょ?」

「あ……はい。でも、よろしいのでしょうか?」


「全然構わないのよ。真一、浴室まで案内してあげなさい。今着替えを探してくるから」

「あ、うん、分かった」


 僕はナナちゃんの乗る車椅子を押して、名残惜しそうにしている父さんを置いて風呂場へと向かった。ナナちゃんが一人で入浴できるのか僕は心配だったが、こればっかりは一緒に入ることは出来なかった。ナナちゃん本人は別に抵抗はないだろうが、さすがに家族の前で一緒にお風呂に入るなど、大胆な行動は出来るはずもない。

 僕は一通りお湯の出し方や、道具の使い方などをナナちゃんに教えて、浴室を出ることにした。それでも気になるもんで、風呂場の前の廊下を行ったり来たりしている。


「真一、そこで何してるの?」


 そこへ着替えを持った母さんがやって来た。


「あ、いあ、一人で大丈夫かな~って思って…… ほら、ナナちゃん足が悪いからさっ」

「そんなに心配なら、私が見てきましょうか?」

「あ~ いいからいいから。多分大丈夫だと思うから」


 僕は母さんが中に入ろうとするのを慌てて止める。


「どうしたの、着替えを渡しに行くだけでしょ」

「あ、あ~っと、それなら僕がやっとくから……それより父さんは?」


「あの人ならもう寝かせました。あの人もナナちゃんのことが大層お気に入りのようね」

「は、はあ………」


「ちなみに私もナナちゃんのことが大好きよ」

「はあ、そうですか……」


「こう見えても私は人を見る目はあるんですからね。ナナちゃんは優しそうな子だから、真一がしっかりと守ってあげるんですよ」


 そう言うと手にした着替えを僕に渡した。


「今日ナナちゃんには、奥の座敷で寝てもらいましょう。今から布団を敷いてくるから、ナナちゃんがお風呂から上がったら、来てもらってね」


 そう言うと母さんは奥の方へと歩いていった。

 奥の座敷といえば、昔おじいちゃんが使っていた部屋だ。今では客間として使われている部屋で、ナナちゃんは当然その部屋で休むことになるだろう。できれば僕はナナちゃんと一緒にお喋りしながら寝れたらな~と考えていたが、それはやっぱり無理なようだ。

 僕が脱衣所に着替えを置いてから数分後、ナナちゃんは服を身につけて出てきた。上半身はピンクの寝間着を身につけていた。しかし、下半身にはもちろん何も身につけておらず、ただバスタオルが巻いてあるだけである。

 手には本来下半身に身につけるはずであった下着と寝間着を持っており、僕に「これはどうしましょうか?」と、困ったように差し出してきた。これを受け取っても僕の方が困ってしまうわけで、やはりこの問題は早急に解決しなくてはならないようだ。

 湯上がりのナナちゃんは、真っ白だった肌がほんのり赤みを帯びて、なんだか色っぽく見えた。長い髪の毛は腰まで真っ直ぐ流れており、まだ水気を帯びた髪は妖しく黒く光っていた。それになんか、ナナちゃんの体から石鹸のいい香りが漂ってくる。いつも僕たちが使っている普通の石鹸やシャンプーのはずなのだが、何故かもの凄くいい匂いがする。

 座敷の襖を開けると、部屋には既に布団が敷かれた状態であった。部屋からはおじいちゃんの匂い、というか、ほんのりお線香の匂いが漂っていた。

 僕は車椅子を止め、ナナちゃんを抱きかかえると、布団の上へとゆっくりと降ろした。


「今日は悪いけどここで休んでもらえるかな」

「あ、はい。今日は本当にありがとうございます」


「あと、ナナちゃんにお願いがあるんだけど……」

「え、私にですか?」


「そのね、ナナちゃんの足は誰にも見せないで、内緒にしていてもらいたいんだけど」

「え………この足のことですか…………はい、分かりました。内緒にしておきます」


 何とか分かってもらえたようだ。これでナナちゃんから不用意に正体を明かす危険は少なくなったようだ。僕はナナちゃんの上に布団を掛けてあげる。


「あ、あの、真一さん?」

「え、なに?」


 ナナちゃんは布団から、顔の口から上だけを出しながら僕に尋ねてきた。


「あ、あの、私、明日まで、ここに居てもいいんでしょうか?」

「そんなこと、いいに決まってるじゃん。そうだ、明日になったら、いろんな場所に行ってみようか?」


 明日まで……そんな寂しいこと言わないで、いつまでもここに居てもらいたかった。むしろ僕はいつまでもここに居てくれるものだと考えていた。でも実際、ナナちゃんの帰る場所だって、家族だってあるかもしれない。今は一時的にナナちゃんの記憶が戻るまで、ここにいるようなものだ。それに母さんだってどう考えているか……今日は取りあえず一泊という考えで、明日からはそんなことは許されないかもしれない。

 そう考えると僕は妙な悲しみに包まれた。


「本当ですか? 私、嬉しいです。明日楽しみにしてますね」


 ナナちゃんは笑顔になると、嬉しさで布団から飛び出すようにそう言った。

 そんなナナちゃんの姿が僕の沈んだ気持ちを忘れさせてくれた。

 そして……ナナちゃんはずうっと僕の方を微笑みながら見つめている。何か話しづらくなっちゃったな……ホントはこれからナナちゃんのことを色々聞きたかったんだけど……


「え、え~と、じゃあ、お休み」


 取りあえず僕は就寝前の挨拶をした。


「はい、お休みなさい、真一さん」


 ナナちゃんもそれに返した。

 僕はこの部屋から出て襖を閉じ、一つ溜息をついた。

 今日はいつもより早めに布団に入ることにした。本来ならせっかくの春休み期間中、テレビの深夜番組でもダラダラと見ているつもりであったが、明日早く起きてナナちゃんに会いたい思いで寝ることにした。といってもまだ興奮している僕は寝付く様子はない。

 僕は布団の奥深くに潜り込み、目を閉じながらナナちゃんの姿を思い浮かべた。

 それにしても綺麗だよな~ナナちゃんて。しかも人魚だし……でも本当に人魚なんているのかな……いや、そんなことよりもナナちゃんの記憶が戻るといいんだけど…ナナちゃんのこと,もっと知りたいし、聞きたいという気持ちもあるけど……

 あっ、でも、もしこのまま記憶が戻らなかったら、いつまでもここに居てくれるのかな~って、なに不謹慎なことを考えているんだろう僕は……

 ……ところでナナちゃんは何処で言葉を覚えたんだろう……それに妙に人懐っこいというか、人見知りしないと言うか……あんなに母さんや父さんにまで普通に接して……

 それにしても、ホント綺麗な子だよな~ 性格もいいし。そう言えばあの見事なまでの綺麗な黒い髪、普通、海の中にいると痛んでしまうのに………あれは僕たち人間の中でも持ち合わせている人は少ないんじゃないかな……

 で、ナナちゃんは海の中で、いつもはどんなことしてるのかな…どこに住んでるんだろう…食べ物は?飲み物は?寝る時は? ……どうしてるんだろう……

 そんなことを考えながら、何一つ結論のでないまま僕は眠りへと落ちていった……

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