第3話
エブリスタに投稿する際に下書きとして利用したものが、うっかり予約投稿されたので、この際全部放出しようかと……
………さっきまで気を失っていた人に、僕は大丈夫ですかと気遣われてしまった……なんて情けない人間なんだ僕は……でも彼女の一言によって僕は落ち着きを取り戻した。落ち着いたと言うよりも、落ち込んだといった方が近い。
彼女は別段、僕に対して警戒したり怯えたりする様子もなく、さらに身を乗り出しながら僕に尋ねてきた。
「あの失礼ですけど、どなた様でしょうか?」
透き通るように高く繊細な彼女の声に、僕は何とか正気を保ちながら自己紹介をする。
「ぼ、僕は、本庄真一。真実の真に、あの、一つの一。え~と、それで君の名前は?」
彼女は僕にそう聞かれて、右手を額に当て、うつむきながら波の音に掻き消されそうなくらいの小さな声で答えた。
「わ、私は………な、なな………」
「なな? ナナちゃん、っていうの?」
僕は馴れ馴れしく、ナナさんのことをちゃん付けで呼んでしまった。ナナが奈々なのか、奈菜、七菜なのかは分からないが、読みはナナでいいのだろう。
その僕の目の前にいるナナちゃんは、自分の名前を答えてから、そのままの状態で何も話さなくなってしまった。そこで僕は今までの経緯を話してみることにした。
「あ、あのね、ナナちゃん。さっきまでナナちゃんは浜辺で倒れていて、それをたまたま通りかかった僕が見つけて、その~安全な場所まで連れてきたんだけど………あの~ナナちゃんは何処から来て、何であそこに倒れていたのかなぁ?」
僕は出来るだけゆっくりと優しく語りかけた。
「…………………それが………分からないんです…………」
「……え? 分からない?」
「…はい……その、本当に…今までのことが……思い出せないんです。ごめんなさい…」
ナナちゃんは、なんとかその言葉を絞り出すようにして言った。
……え? なんか大変なことになったぞ。じゃあ何であそこに倒れていたのかも、ここまでやって来た経緯も、ナナちゃんの生まれも育ちも分からないと言うことなの?
実は僕はナナちゃんがどこから来たのか、どんな人生を送り、どんな生活をしていたのか知りたかったのだ。でも、そんな僕のちっぽけな探求心よりも、もっと重要な問題が発生してしまったようだ。
「……あの…それで、ここはいったい何処なんでしょう?」
ナナちゃんは顔を上げると、不安げな顔を僕に向けてそう言った。
「…あ、え~と、ここは福井ってとこだけど……」
なんてアバウトなことを言っているのだろうか、僕は…… 確かにここは福井県だけど……もっと具体的な地名を上げれば良かったのだろうか。それとも福井なんて言われても分からないかもしれない。日本といった方が良かったかも……
「…ふくい? 福井県のことですか?」
「……あ、うん、そう。日本の福井県」
…以外にもナナちゃんには通じた。もしかしたら僕の思っている以上に、福井の知名度は高いのかもしれない。
……すると、突然強い風が横から吹き付けてきた。僕の目の前でナナちゃんの髪の毛が大きく翻った。ナナちゃんは両腕で体を抱え込むようにして丸くなる。
そう言えばナナちゃんは裸のままであった。僕は今上着としてパーカーを着ていると言っても、少し肌寒いくらいだ。やはりこの状態はまずいだろう。
僕は急いで上着を脱ぐと、小刻みに震えているナナちゃんの肩に掛けてあげた。
「あの、ごめん、気づかなくて。寒いから良かったらこれ着て」
「あっ……ありがとうございます……」
ナナちゃんは肩に掛かった上着に手を当てる。
僕はナナちゃんが上着に袖を通そうとするところで視線を外し、海岸沿いに延びる後方の道路へと目を移す。ヘッドライトを灯した車が一台横切っていくのが見えた。
これからどうしようか……このまま放って置くわけにはいかないし、何より僕はせっかく巡り会えた人魚と思わしきナナちゃんと別れたくなかった。今の僕には一つのことしか考えられなかった。それは、取りあえずナナちゃんを家に連れて行くこと。別にやましい気持ちで家に連れ込むわけではない。もっとナナちゃんといろんな話をしたい。ただそれだけだ。それに本人はどうやら記憶喪失みたいだし。だったら、ナナちゃんが記憶を取り戻すまで家で過ごしていればいいんだ。もちろん僕の両親は黙ってはいないだろうが……まぁ、後のことは後で考えればいいんだ。
僕はそう決心すると、振り返ってナナちゃんの様子を見た。ナナちゃんはちょうど上着を着終えたところで、ファスナーを下から胸元まで上げているところであった。
「あっ、これとっても暖かいです。ありがとうございます」
ナナちゃんは両手を広げて見せると、笑顔でそう言った。
僕はその愛らしい笑顔に、思わずつられて笑顔になってしまった。
僕の上着はナナちゃんにはちょっと大きめらしく、指先が袖からちょっと出るくらいで、丈は腰よりも少し下の方まですっぽりと覆っている。そしてそのまま視線を下ろす………そこで僕は思い出した。腰から下は魚のシッポであるということを……
やっぱり今見ても、腰から下は魚にしか見えない。
……どうしよう…ナナちゃんに聞いてみようか。でももしかすると、ナナちゃんはその事を非常に気にしていて、僕の質問によって傷ついてしまうかもしれない………
「あの~どうかしましたか?」
しばらく立ち尽くしていた僕のことを、心配そうにナナちゃんが声を掛けてきた。
「…あ……いや…その……なんでもないいんだよ。大丈夫。ははは」
取りあえず笑ってごまかす。
「私のシッポに何かついていますか?」
………今…シッポって聞こえたんだけど……もしかしてナナちゃん、自分でこの足のことをシッポって認めてるの?
「……あ、いやぁ、その、これ、魚のシッポに見えるけど……」
「はい、私の足は魚のシッポみたいになってますけど……」
そうナナちゃんは平然と言うと、その魚の尾ひれを上下に振って見せた。
「いや、ね、その、ちょっと僕は初めて見るもので、ビックリしちゃって……」
「真一さんは初めてですか?」
尾ひれはナナちゃんの意志に従って動いているように、さらに上下に振っている。
あまりにも自由に動くシッポを見て、僕はこれが本当に体の一部なのか確認したくなってしまった。
「……あの~出来れば、で、いいんだけど、その~触ってみてもいい?」
「……えっ?」
今まで軽快に動いていたシッポがピタッと止まった。
なんて失礼なことを言っているんだ僕は。本当にどうしようもない男だ。そんな年頃の女性に対して、触ってもいいですか?なんて聞くか普通。
「あ、いや、ちがくて、その、そうだ。このままこの場所にいるのもあれだし……あの、もし良かったら、僕の家に来ないかな~って思ったんだけど…… ナナちゃんさえよければ、これから家に来ない? ここからすぐの場所だけど……」
え? 今さっき会った初対面の女性に、家に来ませんか?なんて言わないよな~ ばかだなぁ~自分。更に墓穴を掘ってしまったようだ。
ところがナナちゃんにはそうは思わなかったらしい。
「えっ、これから真一さんのお宅にですか? 私、お邪魔してみたいです。本当によろしいのですか?」
……もの凄く喜んでいるようだ。まるで、釣り針の餌に食いつく魚のような喜びようだ。本当にこんなのでいいのだろうか?
それよりどうやって家まで行こうか。魚の足では歩いていくことは出来ないし……しかも、本人は人に見られるのに抵抗はないようだが、一般の人がナナちゃんの足を見たらえらい騒ぎになるし…… ナナちゃんは期待の眼差しを僕の方へと向けてる。こうなったら、何とかやってみるほか無さそうだ。