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第36話

 

 海はそれを見る人の性格やその時の気分によって映り方が違う。今の僕にとって目の前に広がる海は、夜空から降り注ぐ月や星達の輝きさえも飲み込む真っ黒い水が、どこまでも果てしなく続いているように感じられた。

 海中は冷たく、暗く、静寂さに包み込まれた孤独な世界。それが限りなくどこまで行っても同じように続いている、そんな世界。それは美しくもあり、常にとどまることなく変化する儚さと、広大な海原に自分が一人ぼっちで取り残されたような孤独感と悲しみ。

 水は痛いほど冷たく、温もりなどない。岸までやって来る波につかまると、もう二度と戻ってくることが出来ない深く暗い海の中へと、引きずり込まれるような恐怖。

 

 今の僕にとっては目の前に広がる海は、そんな風にしか見えない。では、今僕が押している車椅子に座っているナナちゃんの目には、この海はどう映っているのだろうか……


  家の近くの海岸までやって来て、果てしなく続く海を眺めるのは、僕にとっては子どもの頃からの日課となっていた。それは僕にとって尊敬や憧れ、それと恋に似たような感情の対象となっていた物語の登場人物「人魚姫」に会いたかったからだ。

 でもそれは所詮おとぎばなしであって、物語は絵空事にすぎない。空想と現実…… どんな楽しいことでも終わりがあり、生きている人が必ず最後には死んでしまう様に。

 そうやっていつも、何事もなく一日が終わってしまっていた。

 結局、物語に出てくるような人魚なんて存在しなかった。でも僕はこの海岸で、ナナちゃんという僕にとってかけがえのない女の子と出会うことが出来た。


 僕はナナちゃんの顔から、闇が広がる海へと視線を移す。


 ……そして僕はナナちゃんと過ごした日々のことを思い出す……


 この場所でナナちゃんが倒れていてビックリしたこと。家に連れて帰って、父さんたちに見つかって必死に弁解したこと。ナナちゃんと一緒に買い物に行ったこと。エルさんという意地悪なんだけど寂しがり屋で友達思いの子と出会ったこと。ワンちゃんというかわいくて素直な子馬と出会ったこと。そしてナナちゃんが悪い奴らに連れて行かれて、助け出しに向かったこと。


 僕はナナちゃんと初めて出会った場所までやってくると、そこで車椅子を止めてナナちゃんを砂浜へと下ろした。僕はナナちゃんの左横に寄り添うように並んで腰を下ろした。


 夜の浜辺に二人っきり… そんな様子にナナちゃんは頬を染めながら微笑んだので、僕も照れ臭くなって笑って返した。そして二人で目の前に広がった波音を立てる海を見つめると、僕達の過ごしてきた日々を回想し、その一つ一つ味わいながら、今も二人で一緒にいられることへの束の間の喜びを、記憶という名の日記に丹念に刻み込んでいった。


 しばらくナナちゃんは目の前に広がる海を見つめていた。僕は海よりもナナちゃんの横顔を間近で見ていた。どことなく愁いを帯びた瞳の中には、強い意志が感じ取れた。


 そして僕は上着のポケットから一枚の写真を取り出す。その写真には僕とナナちゃん、そしてエルさんとワンちゃんが写っていた。ついこの前まではみんな一緒にいたのに。そしてそれがいつまでも続くと思っていたのに。


 僕はこの写真をナナちゃんに差し出し、二人で写真の片方ずつを持ちながら、一緒に顔を近づけながら眺めた。ナナちゃんはこの写真を、もう二度と戻ってくることのない楽しい日々を思い出すかのように、寂しそうに見つめていた。

 もうエルさんとワンちゃんの動く姿は、僕達の思い出の中にしか存在しなかった。そしてこのみんなと撮った唯一の写真、この姿はしっかりと僕達の心の中に刻み込まれた。ナナちゃんは食い入るように見つめる。それは決して忘れないように、しっかりと目に焼き付けように。ここで見ておかなければ二度と見ることはできないかもしれない。


 そう、この写真を海の中へ持っていくことは出来ないのだから……

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