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僕の憧れのマーメイドは、オーダーメイド、マンメイド  作者: 夜狩仁志
第6章 オーダーメイド・マーメイド
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第34話

 

 そんなはずはない。僕はもう一度ドアを叩こうとした。



「………はい……」



 中から女の子の声が聞こえた。とても小さく聞き取りにくかったが、その声は確かにナナちゃんの声であった。


「ナナちゃん? そこにいるのはナナちゃんなの? 僕だよ、真一だよ」


 僕はドアに顔を押し付けると、周りを気にすることなく大声で叫んだ。


「真一さん? 真一さんですか!」


 僕は急いでドアを開けようとロックを解除する。


「ちょっと待ってて、今ドアを開けるから」


 そしてドアは勢いよく横へ開く。


 すでに目の前には白いシャツを着たナナちゃんが待っており、ドアが開くと同時に僕の顔を見て抱きついてくる。僕は胸に飛び込んできたナナちゃんを体で受け止めると、もうどこにも行かないように両手で強く抱きしめる。


 やっと会うことが出来た。昨日までは二人で仲良く話していたというのに、それがずいぶん昔のように感じられた。もう僕にとってはナナちゃんの存在は、なくてはならない僕の生活の一部となっていたのだ。そう、僕は誰よりもナナちゃんのことが好きなんだ。

 何度諦めようと思ったことか。もう二度と会えないのだとも思った。それでもこうやって諦めずにきてナナちゃんと再び会えたことに、僕はこの上ない喜びを感じていた。


「真一さん…無事でよかったです…あの人たちに酷い事されたんじゃないかと……でも、本当によかった……また真一さんに会えて」


 ナナちゃんは擦れた声で言った。僕はこのままナナちゃんの温もりを感じていたかったが、このような状況ではそうも言ってはおれず、僕はナナちゃんを抱きかかえる。


「とにかく急いでここから出よう。エルさん達も待ってるから」

「エルさん達もですか………はい」


 僕の手の上にいるナナちゃんは、嬉し涙をいっぱい溜め込んだ目で僕の顔を見ながら言った。ナナちゃんの両手は僕の首の後ろで硬く組まれて、もう二度と離れないようにとの思いが伝わってきた。僕はナナちゃんが僕のことを思っていてくれていたこと、僕との再会を喜んでくれたことが、とっても嬉しかった。


 僕はナナちゃんを抱えながら、急いで来た道をたどって行く。わき目も触れず、ホテル風の空間を二人だけで、赤い絨毯の上を駆けて行く。何も考えずにただ走る。ナナちゃんもそれに振り落とされまいと、より体を密着させる。

 気がつくとこの空間と水槽が並ぶ通路への連絡口の前についていた。またあの場所を通るのかと思うとゾッとするが、帰り道はそこしかない。僕はナナちゃんを抱いたままロックを解除して扉を開ける。

 まずは僕が顔だけを覗かせて周囲に人がいるか確認する。僕が通ってきた通路には人の気配はなかった。今度は横に向けるが、エルさんから言われていた陸上動物のエリアへと続く通路は、先が真っ暗でよく見えなかった。

 このまま真っ直ぐ走れば出口は間近だ。ここを抜ければ、またみんなと一緒の生活が送れるんだ。そう思うと僕は嬉しくなって、つい顔がほころんでしまう。

 僕は意を決して通路へと飛び出す。そしてそのまま加速して、水槽の並ぶ通路を駆け抜こうとした。



「そこまでだ」



 その鋭く尖った声が、僕の胸に刺さるようにして全身を振るわせた。


 僕は頭の中が真っ白になって、床に垂直に立っている気がしなかった。まるで目の前の床が僕に迫ってくるような………今にも倒れそうな感じがした。


 見つかった! そんな…ここまできて……一体どこに、誰が………これでもう終わりなのだろうか。僕たちはもう……

 僕は昨日体験したような、死に直面したときの恐怖に陥った。


「所長………さん」


 ナナちゃんは自ら僕の体に身を寄せると、その声の持ち主のほうを見てそういった。僕はナナちゃんが顔を向けている方に顔をゆっくりと向ける。

 ナナちゃんが所長と呼んだ人物は、あの公園に来ていた男で、昨日僕とナナちゃんを引き離した人物であった。あの時と同じ黒いスーツを着た男は、暗闇に覆われた通路に同化するように立っていた。右手には拳銃が握り締められており、銃身が真っ直ぐ僕の方へ向けられていた。まるで地獄からやってきた死神のようだ。僕はその恐怖に震える足で、その場に立っていることが精一杯だった。


「貴様の仕業か。ナナを奪い出すためだけに、忍び込むとはな」


 この男が所長…ということはナナちゃんやエルさん、ワンちゃん達に悲しい思いをさせてきた張本人。そしてここで見てきた生き物を生み出してきた研究所の総責任者。この男がすべての元凶なのか。僕はこの男に言ってやりたいことがいっぱいある。でも、今の僕は口を開くこともままならない。


「違うんです。真一さんは何もしてないんです。私が悪いんです」


 ナナちゃんは泣きそうな声で、その男に対して自分の非を詫びた。僕はまたナナちゃんにかばわれた。本来なら僕がナナちゃんのことを助け出す人間なのに。


「な、なんで、こんなことを…するんだ」


 僕は震える声でその言葉を口にした。静まり返ったこの通路で僕の弱々しいしい叫び声が空しく響いた。


「ナナちゃんたちをこんな風にして、作ったり、売りさばいたりして……遺伝子をいじって…人間にこんなことして…」


 うまく言葉にならない。頭の中では言ってやりたい事があるってゆうのに。


「何が悪いというのだ。愛玩動物を飼育、売買して」


 男は僕の言葉にまったく臆することなく、抑揚のない口調でサラッと答えた。

 愛玩動物? ペットだって? 何を言ってるんだ! この男は。


「まさか貴様が抱いている生き物が人間だと思っているんじゃなかろうな。下半身が魚類の人間なんて聞いた事がない」


 男は嘲りながら言った。


 ナナちゃんがペットだって? ふざけるな。人を動物のように言って。ナナちゃんをこんな姿にしておいて。 

 僕は今の一言に怒りを覚えて、男に言い放った。


「こんなことしていいのか? 人の遺伝子を勝手に操作していいのかよ」

「物分りの悪いガキだ。言ってるだろ、こいつ等は人間ではないと。犬や猫の血統のために近親交配させ、競走馬の精子や卵子の売買をし、胚細胞を用いて優良牛の大量生産さえも既に行われているというのに、今更、何を言う。人間だって例外ではない。優れた人間の遺伝子情報や精子、卵子も取引されている。それを貴様は何が悪いというのだ。むしろ俺に言わせれば、勝手にここに侵入した貴様の方に問題がある」


「そうじゃない。勝手に変えたら悪いと、遺伝子を組み替えたらいけないと…」

「新しい遺伝子を導入したトランスジェニック動物や、遺伝子組み換えホルモン剤の注入、特定遺伝子を欠失させた疾患モデル動物、人間の遺伝子を導入した動物工場、遺伝子組み換え作物、これらはすでに既存技術だ。それを貴様は全て否定するというのか?」


「うっ………それは、違う、違うんだ。人の遺伝子を変えて………売り物にしては……」

「何が違うというのだ? なら貴様は特定の遺伝子疾患を持つ人間は、遺伝子操作を行って治療してはいけないというのか?」


「そ、それは…違う、そんな問題じゃない…その………」


 くそっ、言い返せない。こいつのしている事は悪いことだ。悪いことだと分かってはいるのだが、反論する事が出来ない。悔しい………こんな奴に、こんな悪党に負けるなんて、既に口先だけで負けているなんて………悔しい。

 涙が鼻をかすめて落ちていったのに気づいた。僕はいつの間にか泣いていた。それが悔悔しいからか、悲しいからか、怖いからかなのかは分からない。


「我々の研究は人々の欲求を満たすために存在する。現に多くの者達が満たされてきた。貴様だってそうだろ? そいつの事が気に入り、こんな大それたことを引き起こしたのだ。そいつのどこに興味が引かれたかは分からんが、その容姿は我々が多くの人間に受け入れられるように人工的に作り上げたものだ。貴様が惚れ込むのも無理はない。貴様も金さえ出せば好みの愛玩動物を製作してやるものを……」


 確かに僕はナナちゃんの事が好きだ。確かにナナちゃんは可愛いよ。でもそれは違う。違うんだ。ナナちゃんはナナちゃんであって、こいつらに作られた物としてではなく……


「さぁ、お喋りは終わりだ。ナナ、そいつから離れろ」


 男は一歩踏み出しながら言った。それでもナナちゃんは離れようとしない。むしろ僕のことをかばうように強くしがみ付く。


「ナナ、お前にはどれだけの費用を費やしたと思っているんだ。早くどけ」

「いやです! 離れません」


 ナナちゃんはそう言うが事態は変わらない。僕はきっと助からないだろう。なら、ナナちゃんだけでも生き延びてほしい。


「ナナ、お前は自分が特別な存在で、俺が手を出せないと思っているようだが、それは大きな間違いだ。俺に言わせれば、お前など失敗作だ」


 男の言葉にナナちゃんがピクッと反応するのが肌を通して伝わってきた。

 こいつ、ナナちゃんのことを失敗作だなんて言って。よくもそんなことを……


「フッ、お前は失敗作だよ。動物の分際で人間のような人格を持ちやがって。ペットにそんなものは不必要だ」

「さっきから、ナナちゃんに酷い事を言って!」


 僕はありったけの声で怒鳴った。しかし男はそんなことには動じず、続けて言った。


「後ろを見てみろ。それが本来の完成された姿だ」


 後ろ? 男は顎で僕の後ろを指す。僕はゆっくりと振り返った。

 僕の背後には水槽があり、その中に………何人かのナナちゃんそっくりの姿をした人が水中を泳いでいた。みんなおんなじ顔……ナナちゃんと一緒の顔をしている。

 そして下半身もおんなじ魚…… ただ一つ違うのは水中を泳ぐ彼女達の瞳には生気や意思というものが感じられず、まるで本当の魚のようにただ本能のまま泳いでいた。


 僕はそれを見て愕然として、膝を突いて床に座り込んだ。このとき、僕は改めてナナちゃんがこの研究所で誕生した動物であることを実感してしまった。エルさんが語っていたこと、僕はそれを表面的には信じていたが、心の片隅では否定していた。

 そんなことは実際起きていないのだと、いつものようにエルさんの冗談なんだと。しかしこの光景を目にして、エルさんの言っていたこと、この男が言っていることはすべて本当だったと……


 今まで僕が築いてきたものが、一気に音を立てて崩れてしまったような気がした。

 僕は思わず水槽の中のナナちゃんと、今僕の腕の中にいるナナちゃんを見比べてしまった。もしかすると、僕の探していたナナちゃんは、この水槽の中にいるのかもしれない。そんなことはないと、分かってはいる。ナナちゃんは今ここにいるのがナナちゃんだ。でも、そう思えるくらい、ナナちゃんの姿をした女の子が何人もいた。

 ナナちゃんは自分の人には見られたくない汚点を見透かされたように、硬く瞳を閉じて唇をかみ締めながら耐えていた。

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